上 下
65 / 88
四章

大商人

しおりを挟む

 この街の大商人や宝石商を呼びつけた。

 ユークは、特にすることがない。
「あんたが出たら、逆効果でしょ」
 とても機嫌の良いミグが、楽しそうにからかう。

 そのミグも、ほとんど出番はない。
 広間のバルコニーから、ちらっと姿を見せただけで声もかけない。

 王女が本物かはともかく、宰相は本物だった。
 貴族や有力者は、固有の印章を持つ。
 多くは指輪だったり印鑑だったり、これは魔法で作られたもので、本人しか使えず偽造も不可能。

 宰相は、気は進まないが進行はする。
「ご承知の通り、我が国は苦境にあり、王女殿下が民の為ならこの冠を譲って良いとの仰せで」

 商人相手に情報を隠しても意味がない、宰相は率直に述べる。
 どうせ国の事情は知れているのだ。

 お披露目されたティアラは、充分に商人たちの目をひきつけた。
 白金造りで細工も装飾の宝石も一級品。
 このままでも金貨五百枚にはなる。

 商人たちの連れてきた目利きも、品質に太鼓判を押す。
 あとは、付加価値だった。

「王女殿下のお品であると、確証の持てるものを頂ければ……」
 一人の商人が勇気を出した。
 それがあれば、最終的な価値は何倍にも跳ね上がる。

『無礼な!』と怒鳴りたいのを、宰相はぐっと堪える。
 姫様が自ら売ったと思われるのは、宰相には耐えられぬ。
 あくまで、お国の苦しい時に、姫様の内意を受け臣下が手配しただけのこと。

『ミルグレッタ、17歳です。わたしの大事なものを売ります。買って下さい』
 などといった文章を残すわけにはいかない。

「私の添え書きでは足りぬか?」
 宰相は、穏便に済ませようとした。
 だが、商人が欲しいのは王女の私物である証拠。
 本人の一筆がどうしても欲しい。

 商談は膠着する……かに思えたが、侍従長が解決策を持ってきた。
「なに? それは!」
「いえ、姫様が」
「しかし」
「構わぬとの仰せで」

 宰相と侍従長の密談が終わり、侍従長は懐から水晶球を取り出した。
「これを付けてもよろしい。殿下のお姿を映しとったものである」

 少し遡る。
 苦戦する宰相に、ミグは助け舟を出そうとした。
 魔法で作った自分の立像、あれもまとめて売れと言い出した。

「姫様のお姿を晒すなど!」
 当然、侍従長は反対し、ミグもそれは『嫌』だったが、ラクレアが更に舟を出した。
 ユークに一枚のメモを渡す。
『これを喋れ』と書かれたメモに、ユークは天を仰いだが旅費の為に覚悟を決めた。

「あー、えっと。大丈夫だよ、実物の方が……かわいいよ?」
 ユークは、女の子を面と向かって褒めるのは、初めてだった。

 ミグの目が大きく見開き、きょろきょろと見回したあと、照れた顔になったが、作り物よりもかわいいなと不覚にも思ってしまう。

 甘酸っぱい空気が流れる中で、言われた方は勝利を確信していた。
 これは告白されたも同然と、有頂天のミグは侍従長を笑顔で送り出した。

 入札が始まる。
 穏やかに美しく作られた王女の魔法立像とティアラ。

 どの商人も金貨二千枚以上の値を付けたが、一人だけ外れた評価をした者があった。
 キャラバンと交易船を束ねる大商人、バルカ。
 彼が付けた値段は、金貨で三千五百枚、しかも手形でなく即金。

 大商人バルカは、うやうやしくティアラを受け取ると、宰相に一つ願い出た。
 王女に会いたいと。
 北と南の大陸中に連絡網を持つバルカは、ミグが本物だと知っていた。

 宰相は、もちろん会わせるつもりなど無い。
 だがバルカは、大金で恩を着せる訳でもなく、丁寧に理由を述べた。

「私、イフリーキアの生まれでございます。先だって、王女殿下と御一行に国を救っていただきました。それに、当地では私の息子も参戦しておりまして、命の恩人であると手紙にもありました。是非、四名様方へ、お礼だけでも申し上げたいのです」

 そういう理由ならば、宰相も断れぬ。
 もちろんユークにも断る理由がない。
 自己紹介するバルカを見て、ノンダスが気付く。

「あら、ひょっとしてイフリーキアの副官の?」
「そうです。あれは息子です」
 有能な副官の父は、これも南の大陸を代表する商人だった。

 少し、話はそれる。
 かつて魔王城に襲われたトゥルス国。

 そこの騎士団の副団長だったジューコフは、今では団長を追い越し王国軍を束ねる立場になっていた。
 縦深の防衛陣地を二つの川の間に築き、この二ヶ月の間、ひたすら魔物の侵入を防いでいた。

 イフリーキアの副官、彼もまたここから出世を遂げる。
 事務仕事も有能だが、将軍としての才は更に優れていた。

 各地で、優秀な戦士が産声をあげる時代が始まっていた。
 大商人バルカは、ノンダスと多く話したが、ユークにもまた目を止めた。

「いずれは……いや、今でも高名な戦士殿だと伺っております。もし何か入り用があれば、お申し付けください」とまで言った。

 ユークは、遠慮しなかった。
「これから、アトラス山脈へ行きます。そこから二週間から一ヶ月もあれば戻るつもりです。北へ渡る船が欲しい」

 若者の要請を、大商人は快く請け負った。

 三千五百枚の金貨、この内の五百を手元に置いて、五百を冒険者ギルドに預けた。
 残りでありったけの食料を買い入れ、老臣達が国へ運ぶ。

 それから老人達は、愛する王女と最期の別れをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さみだれの初恋が晴れるまで

める太
BL
出会う前に戻りたい。出会わなければ、こんな苦しさも切なさも味わうことはなかった。恋なんて、知らずにいられたのに。 幼馴染を庇護する美貌のアルファ×ベータ体質の健気なオメガ 浅葱伊織はオメガだが、生まれつきフェロモンが弱い体質である。そのお陰で、伊織は限りなくベータに近い生活を送ることができている。しかし、高校二年生の春、早月環という美貌の同級生と出会う。環は伊織がオメガであると初めて"嗅ぎ分けた"アルファであった。 伊織はいつしか環に恋心を寄せるようになるが、環には可憐なオメガの幼馴染がいた。幾度も傷付きながらも、伊織は想いを諦めきることができないまま、長雨のような恋をしている。 互いに惹かれ合いつつもすれ違う二人が、結ばれるまでのお話。 4/20 後日談として「さみだれの初恋が晴れるまで-AFTER-」を投稿しました ※一言でも感想等頂ければ嬉しいです、励みになります ※タイトル表記にて、R-15表現は「*」R-18表現は「※」 ※オメガバースには独自解釈による設定あり ※高校生編、大学生編、社会人編の三部構成になります ※表紙はオンライン画像出力サービス「同人誌表紙メーカー」https://dojin-support.net/ で作成しております ※別サイトでも連載中の作品になります

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

初恋の幼馴染兼世界を救った騎士に『恋愛対象外』だと思われている件について

皇 翼
恋愛
「フェルって本当、脳筋ゴリラだよな~。もうそこいらの男より強いじゃん?そんなんじゃ恋愛対象外認定で貰い手見つからなかったりしてな」 魔王討伐後の仲間内での祝勝会。今現在恋心を抱いている相手から言われたその言葉によって、フェリシアの心はズタズタに切り裂かれた。知っていた。この失礼で女たらしの騎士は自分のことを誰にでも基本的に『脳筋ゴリラ』や『恋愛対象外』などと言いふらして、女として見ていない事など。なにせフェリシアは彼の幼馴染だ。 しかし幼馴染だからこそそれを肯定するようなことも、テキトーに返事を返して引き下がるようなことも出来なかった。 「そんなんなら今からでも貰い手見つけてやるわよ!!」 お酒が入っていた所為だろう。気が大きくなってしまった彼女は『出来もしない』ことを片思い中の騎士・ディランに宣言してしまう。 ****** ・『私の片思い中の勇者が妹にプロポーズするみたいなので、諦めて逃亡したいと思います(完結済み)』のディランルート的な何かです。前々から連載希望がチラホラあったので、調子に乗って連載を始めました。 ・ちゃんと単体でも読めるように執筆していくつもりです。 ・でも多分、前作読んでいたほうが読みやすいかとは思います。(前作URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/609317899) ・前作とは別次元のお話だと思って見てやってください。(恋愛ADVゲーム的な) ・感想欄は連載終了後に開く予定です。 ・ダラダラ更新します。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】 幼女魔王の婚約者希望、保護者達が絶対別れさせる。勇者は絶対ダメ!

BBやっこ
恋愛
魔王それは魔の国の王であり、強者が治める国らしく強い者が王! しかし、今代に魔王様が倒され、次の魔王様が選出された。 それと言うのも、幼いお嬢様に顎をアッパーさっれたのだ。さすがお嬢様。 「だからだお髭はイヤ」とおっしゃってたのを嫌がるのも可愛いって、しつこいから。 魔王を倒した者が次の魔王(魔の国所属の者に限る)四天王をそのまま、幼女魔王が玉座に! 婚約などするか!我々があの笑顔を守る!

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

【完結】体を代償に魔法の才能を得る俺は、無邪気で嫉妬深い妖精卿に執着されている

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 同類になれる存在を探していた、無邪気で嫉妬深い妖精種の魔法使い VS 自衛の為に魔法を覚える代償として、体を捧げることにした人間不信青年 \ファイ!/ ■作品傾向:ハピエン確約のすれ違い&性行為から始まる恋 ■性癖:異世界ファンタジーBL×種族差×魔力を言い訳にした性行為 虐げられた経験から自分の身を犠牲にしてでも力を欲していた受けが、自分の為に変わっていく攻めに絆される異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 転生しても魔法の才能がなかったグレイシスは、成人した途端に保護施設から殺し合いと凌辱を強要された。 結果追い詰められた兄弟分に殺されそうになるが、同類になることを条件に妖精卿ヴァルネラに救われる。 しかし同類である妖精種になるには、性行為を介して魔力を高める必要があると知る。 強い魔法を求めるグレイシスは嫌々ながら了承し、寝台の上で手解きされる日々が始まった。 ※R-18,R-15の表記は大体でつけてます、全話R-18くらいの感じで読んでください。内容もざっくりです。

魔王となった勇者は運命に抗う

魔王勇者アストラル・サード
ファンタジー
魔王勇者とは、勇者の身でありながら魔王の力を手にし、その力を正しい事に使う者の事を言う。だが、時にその力は周りからの憎悪の対象となってしまう。それが魔王の力を手に入れる代償。どれだけ魔王の力を正しく使おうが魔王の力である事は変わらないのだ。これは魔王の力を手に入れた、勇者たちの物語。 なろう、カクヨムの方もよろしく! 感想の方も是非お願いします!

処理中です...