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四章

戦闘用メイド

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「げっ! サラーシャ、来てたの……?」

 露骨に動揺するミグとは別に、ユークも軽く重心を下げた。
 直感的に強いと分かり、右目の”弱者の物差”がそれを裏付ける。

 長いスカートにエプロン、黒い髪でユーク好みの美女だったが、戦闘力は1000を超えた。

「そんな下品な言葉使い、教えた覚えはございませんよ」
 サラーシャは丁重に頭を下げて挨拶したが、ユークを見る目は厳しかった。

 それから、「お家のことですので、手出しなさいませんよう」と断ってから、ゆらりと体を傾けた。

『速い!』としか、ノンダスもユークも言えぬ動きで、簡単にミグの背後をとる。
 後ろから抱え込むように左手で左手を掴み、右手も掴もうとしたところで、ミグが反撃した。

 バシン! と大きく魔力が弾けて、ミグが逃げる。
 既に”金羊毛の加護”、黄金色の魔力を発現して全力状態。

 物理障壁を幾重にも展開して距離をとろうとするが、サラーシャが逃さない。
 直ぐに距離を詰めると、銀のナックルで障壁を叩き割る。

「ほー、接近戦の専門かしらね。魔法使いには不利ねえ」
 ノンダスは悠長に解説する。
 サラーシャがミグを傷つける気がないのは簡単に見て取れた。
『首根っこを捕まえて、お尻を叩こうってとこかしら』と、ノンダスは当たりを付ける。

 当然ながら、この世界のメイドも強い。
 王族に仕える最上級の侍女となれば、強さと美しさも要求される。
 コルキスの下級貴族出身で、ミグの5つ上の22歳、10歳で近侍候補として召し出されたサラーシャはどちらの条件も備えていた。

 素軽いステップでミグを追い詰めたサラーシャは、その目の前で指を鳴らした。
 指先から火花が飛び散る。

「あら、火打ち石ね」
 魔法ではなく小細工だとノンダスが見抜くが、魔力が無いところから出た火花で、逆にミグは動揺した。
 そのままあっさりと後ろを取ると、羽交い締めにして持ち上げる。

「強くなられましたね……ミルグレッタ様」
 サラーシャは、感慨深げに抱えたミグに伝えた。

「そうかしら。まだ、終わってないわよ……?」
 ミグの頭上、十数メートルのところに輝くシリウスがあった。
 漏れ出る熱気で、サラーシャもそれに気付く。
 そのまま振り下ろせば、魔法障壁のない者は黒焦げになる。

「これは……! これ程とは、本当にお強くなられました」
 羽交い締めから柔らかく抱きかかえると、最後にミグのお腹をひとなでしてから、サラーシャは地面に下ろす。

 ミグも魔法を引っ込め、サラーシャに問うた。
「聞いてたのね、わたし達の話」

「はい、もちろん。隣の部屋で。見ても分かりましたが、あの様な嘘を付かれるとは悲しゅうございます。老公方がショック死されたらどうするのかと」

「ま、それは悪かったわ……。っていうか、見ても分かるの?」
「それはもちろん。男を知れば、体型も変わりますから!」

「わーっ!」と大声を出して、ミグが発言を打ち消す。
 そこまで直球の話を、ユークに聞かれたくなかった。

 サラーシャは、もう一度きつくユークを睨んでから、今度はミグの正面に立つ。
 主の前で、ありったけの愛情と哀惜を込めた目で謝った。

「アレクシス様のこと、私にとっても痛恨の極みでございます。私事で離れておらねばあの様な……」
 ミグが途中で割り込んだ。

「なに言ってるの! あなたのせいではないわ。むしろ兄様のせいだけど……。それにねサラーシャ、あなたが居ても死体が一つ増えただけよ。あれはそれ程の存在だったわ」

 サラーシャは納得し難いが、ミグは強引に承服させて話題を変えた。

「ところで、子供は無事に生まれたの?  兄様アレクシスとあなたの子供だものきっと強くなるわ」
 アレクシスが孕ませた侍女とは、サラーシャのこと。

「はい、女子ですが無事に。今は母に見てもらってます」
 ミグは満足げに頷いて、提案した。

「そうだ、庶子だなんて言わず、正式に王族にしましょう。まあ意味があるか分からないけど、わたしの初めての姪っ子だもの」
 ミグとしては明るい話題のつもりだった。
 だが、サラーシャは言いにくそうに答えた。

「あのそれが……アレクシス様のお子は……私の子で少なくとも五人目で……」
「へっ?」
「そのまあ、ああいう方でしたからあちこちに……」

『そりゃまあ、モテただろうな』と、ユークもアレクシスを思い出す。
 ユークが一緒に居たのは一ヶ月ほどだったが、強さと優しさを兼ね、ミグの兄だけあって見目も抜群に良かった。

 本日一番の動揺を受けたミグだったが、思い当たる節もあった。
「ねえ、王宮に居た頃から、わたしの侍女が時々いなくなることがあったけど……?」
「はい……実は、ミルグレッタ様の侍女の半分くらいはお手つきです。私も最初に、その迫られたのは15の時で」

「な、七年も前じゃないの! あのクソ兄貴!」
「ミ、ミルグレッタ様、そのような言葉使いは!」

 しばらく、怒る王女になだめる侍女の光景が、遥か異国の路上で繰り広げられる。

 その間にノンダスが、そっとユークに囁いた。
「おかしいと思わない? 直系が五人も居て、その上の世代のミグを慌てて嫁に出す必要あるかしら? ミグの力は、王家をまとめるにも重要なはずでしょ」

 そう言われればそうだと、ユークも気付く。
 違和感は、話の途中からあった。
 五人の老官が、ミグを国から遠ざけようとしているとユークでさえ薄々感じていた。

「ねえ」と、ユークがミグに話しかけようとしたが、すっとサラーシャが遮った。
 そして今度は、ユークに戦いを申し入れた。

「その剣を持つに相応しいか、確かめてあげます。ミルグレッタ様をたぶらかす、痴れ者め!」

 完全な言いがかりだったが、サラーシャにとっては正当な理由だった。
 ユークは、誰か止めてくれないかと、辺りを見回したが。

「サラーシャでも無理よ。今はユークの方が強いわ」
 ミグが煽っただけだった。
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