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四章
神と魔法のある世界
しおりを挟む「なんで神殿って、高台や丘の上に作るのかな……」
シル・ルクの神殿群を見上げながら、ユークがぼやく。
「それはね、神様に近いからよ」
ドヤ顔でノンダスが答えた。
古くからの神殿を中心に広がったシル・ルクの市街。
祀られた神の数は、予想を遥かに超えていた。
大小合わせて五百はあると、今聞かされたところだった。
丘を三つほど占領した神殿群の下、門前町の中ほど、シル・ルクの冒険者ギルドにユーク達はいた。
「あんたも登録したら?」
リリンにも冒険者になれとミグが勧める。
「えっ、うちが? 働く神さまとか聞いたことないしー」
「悪魔でしょ?」
「違うって! うかつな事はやめてくれるかなー。ここらへん、うちの主神の気配が強いし……」
サキュバスだったり母神の使いだったりするリリンにも、系列の偉い神さまは怖い存在。
力の源でもあるが、力を取り上げられ塵に戻されるのも簡単なこと。
『触らぬ神に祟りなし……』と、不信心なことを言いながら消えてしまった。
その触らぬ神に祟られたミグの元へ、ギルドの職員が街の地図を持ってきた。
「どーぞ、どーぞ。こちらでよろしいですか? いえいえ、沢山あるので一枚差し上げます」
やけに愛想が良い。
何か厄介な依頼でもあるのかと、ユークは推察したが、違った。
パドルメでの話を聞かせて欲しいと。
魔法の連絡網で、ユーク達が参戦したことは情報として載っている。
それに加え、テーバイを出るころにはユークが八級、ミグが七級だった冒険者の格付けが、二つずつ上がっていた。
ノンダスは軍歴を加味されてミグと同じ五級、ラクレアは七級だった。
一級や二級の冒険者は少ない。
恥ずかしいことに、”二つ名”付きで呼ばれる有名人だったりする。
三から五級の冒険者が率いる団は、信頼出来るとみなされて扱いも良くなる。
ユークとノンダスが、あれやこれやと戦いの話を広げる間、あとの二人は出された飲み物をちびちびと傾けていた。
ただの果汁だったが、魔法で作った氷が落としてある。
「うーむ、これが激戦を生き延びたご褒美かしら」
透き通った氷を見ながらミグがぼやく。
「まあまあ。別に大歓迎されたいわけではないでしょ? 冷えてて美味しいですよ」
「そりゃあね。不満じゃないのよ。なんていうか、襲われて荒れ果てた所と、平和な所の差っていうかさ……」
ミグが感じていたのは不条理。
数万単位で死者が出る国もあれば、氷で喉を潤しながらその話を聞く場所もある。
ただ、この心優しい王女は、全員が不幸になれば良いのにとは微塵も思わなかった。
「まあ、それも分かりますけど……。って、あれ何でしょう? わめいてますが」
ラクレアが見つけたのは、丘のふもとで大声で喋り倒す男。
道行く人々、特に神殿へ向かう人達へ言葉をぶつけている。
「ああ、あれですか」
ギルドの職員がやってきて、二人に説明してくれた。
「なんでも、一神教っていうんですか、神は一つだって変わった教えを広めてるそうですよ。ヤハウェとか言ったかな……」
「なにそれ? 何でもかんでも一人の神さまがやってくれてるってこと?」
よく分からないって顔をしてミグが尋ねた。
「いえ、そうでもなくて。人は死んでから唯一絶対の神に抱かれるので、邪教の神殿などぶち壊してしまえ、って主張してます」
「死んでからどうこうして貰っても、意味ないじゃないの。生きてる時に力を貸してくれてるのにね。新手の詐欺かしら?」
「そうですね。みんなそう思ってますよ。ほら誰も足を止めない」
ギルドの職員は、ああいうのもここの名物ですからと付け加えた。
現実に力を撒き散らす神がいる世界で、思想上の神は意味を持たない。
別の世界でなら開祖になれたであろう宗教家の横を通り過ぎ、一行は丘を登る。
まず最初に、歯医神の神殿へ行く。
大混雑だが仕える神官も多い、僅かなお布施であっさりとミグの虫歯が治る。
次に、大地母神レアーの神殿へ向かう。
「これは立派ねぇ……」
主神の一柱だけあり、その館も馬鹿でかい。
ノンダスも思わず見上げるほどの豪勢な造り。
「これ、わたし一人で行くの?」
不安になったミグが聞いた。
レアーの神殿に出入りしているのは、夫婦や奥様といった、子供が欲しい人々。
ここに乙女が一人で踏み込むのは勇気がいる。
かといって、ユークと行けば何処からどう見ても若夫婦。
「ラクレア!」
「はいはい。一緒にいきましょうね」
二人は連れ立って、豊穣と多産の女神の家へと踏み込んだ。
ユークとノンダスは、何となく居心地が悪いが、神殿の前で大人しく待つ。
さほども待たずに、二人が飛び出てきた。
しかも聖職者らに追われて。
「その紋様は何処で!?」
「し、知らないわよ! 勝手に付けられたの!」
「それほど見事な神授は初めて見た! 是非研究させてくれ!」
「イヤよ!!」
中でレアーに仕える者どもに腹の紋様を見せると、解除以前に人の技ではない、これは神の子を産む娘かと奥へ通されそうになった。
そこで慌ててミグとラクレアは出口へ走った。
「に、逃げるわよ!」
また四人は逃げ出した。
聖職者に追われる一行は人目に付いたが、当然捕まるわけもなく簡単に振り切る。
「ま、撒いたわね?」
「たぶんね……」
あの紋様が外れないと分かり、ユークは残念に思っていた。
時折訪れる機会をものにしたいと、若者なら当然だが、ユークは願っていたが、父親確定は流石に重い。
口には出さないが魅力的な少女と旅をするだけというのは、ユークにも辛かった。
早くも宗教都市シル・ルクに用無しになった一行に、声をかける者があった。
それも意外な呼びかけで。
「姫様! ミルグレッタ様! おおお……よくぞご無事で……」
涙を流さんばかりに感激した老人だった。
その顔を見て、ミグが返事をする。
「じいや……。どうしてここに?」
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