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四章

神さまの街へ

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 南大陸メガラニカの人口は少ない。
 とはいえ、北の大陸に比べればの話で、決して土地が痩せているわけではない。

 むしろ、砂漠の砂土というのは、水さえあれば肥沃といってよい。
 地下水を汲み上げて作った畑を、農民が手押し車を押して回る。

「なにあれ?」
 相変わらず、アルゴの上で寝そべるミグが聞いた。
 一人だけ楽する形だが、ラクレアが甘やかすので仕方がない。

「さあねえ……。種まきかしら? 季節外れに思えるけれど」
 ノンダスにも分からない。
 軍隊育ちで次が飲み屋の店主、今はパーティの料理人兼保護者。
 農業はからっきしだった。

「聞いてみようか? おーい、すいませーん!」
 ユーク、このパーティのリーダーは、森育ちで狩りの経験はあっても畑仕事には疎い。
 近くの農民に声をかけ、尋ねる。

「これかね。これは塩を取ってるんじゃよ」
「え!? 土から塩が取れるの?」
 寝ていたミグが、がばっと起きる。

「土と言うか、水じゃな。地下水を使い続けると、少しずつ蓄まる。雨が少ないからのう」
 そうなんだーと、素直に感心するミグに、農民が以外そうにきく。

「お嬢ちゃん、魔法使いじゃろ? これも魔法の道具じゃよ。ありがたいことじゃて」

 魔法使いが褒められ、馬の上で『あら、そんな事もございませんわ』な表情をするミグを見て、ユークが一言付け加えた。

「こいつが出来るのは、爆発炎上だけですから」
「んなっ!? こいつとは何よ! わたしだってあれくらい作れるわよ!」
 
 平気で大嘘をつき、口喧嘩を始めた二人を後ろにやって、ノンダスはこの先の道を尋ねる。

「シル・ルクをご存知ですか? あたし達はそこへ行くのですが」
「ほう、そりゃまた遠いのう。歩けば十日はかかる。じゃが、迷う道ではないな。右手に海を見ながら進めば良いが……ひょっとして、パドルメから来たのかえ?」

 この辺りにも、パドルメで起きた戦いは伝わっていた。
『ちょっと待ってな』といい、農民は、畑の脇に植えた果樹から幾つかの実をもいで差し出した。

「遠慮せんで良い。この辺の次男や三男坊も戦いに呼ばれることがある。シル・ルクは医術の街じゃ。大きな怪我をすれば、みなそこへ行く」

 礼を言って、手を振って別れた。
 南国らしく固い殻に包まれた果実は甘かった。

 しばらく、四人は無言で殻を割りながら歩く。
 何時の間にか、サキュバスのリリンがやってきて、果実に手を出す。
 もう冬だったが、雪の降る気配もなく穏やかな道中だった。

「なんか……しみる」
 ミグが、ぼそりといった。
 すぐにラクレアが反応する。

「まあまあ歯ですか? ちょっと見せてください。はい、あーん」
 お酒が入ってない時のラクレアは、面倒見が良い。

 ミグも逆らうことなく口を開ける。
 王宮育ちにとって、身の回りも自身も世話をされる事に慣れていた。
 四人が同時に覗き込む。

「あら、これは」
「虫歯、ですねえ」
「へー。ヒトって不便ね」
「み、見えない……」
 いささか気恥ずかしいが、十七歳の元王女はあんぐりと口を開いたまま。

「どうしましょ?」
「抜くほどじゃないですね。歯の治療師にかかれば直ぐでしょう」
 ノンダスとラクレアが、シル・ルクでついでに治そうと決めた。

「あ、これか」
 奥歯の黒い点を、ユークがようやく見つけた。
 これとばかりにミグの顎を掴み、ほっぺを引っ張って眺める。

「ひょっひょ、ひゃにすんのよ……」
 幾ら何でもこの扱いはないだろうとミグも気付くが、顎にかかった手が気になって振りほどけない。

「ひょう……ひゃなして」、もう離してと頼んでみたが、ユークは更に大胆な行動に出た。

 田舎育ちのユークに、デリカシーなど欠片もない。
『そういや、妹も虫歯になったな。糸で巻いて鼻に焼けた炭を近づけて抜いたけど』と、口に出せば激怒されることを考えながら見ただけ。

 しかし七つも下の妹と、一つしか違わない少女とでは勝手が違う。
 自分を見上げる口の中で、貯まった唾液が狭い喉の奥に吸い込まれる。

 歯も小さく、どれも白く順序よく並び、右奥だけ少し変色している。
 その中で、あざやかな桜色の舌が、ユークの視線から逃げるように右へ左をさまよう。

 ユークに、悪意はなかった。
 ただ本能的に『捕まえてみたい』と思い、口の端にかけた指をそっと伸ばしてしまった。

 思い切り口を閉じなかったのは、せめてもの優しさ。
 その代わりに、ミスリルの篭手を付けた右で、十センチほどに迫っていた顔をミグはぶん殴った。

 このところの急成長で、まともに攻撃を貰うことのなかったユークも避けられない。
 苦情を言ったのはミグが先だった。

「あ、あ、あんたね! 女の子の口に指を突っ込んで、舌に触れるなんて! な、なにを!?」

「あー、それはユークちゃんが悪いわ」
「それはユークさまが悪い」
「もっと太いのを突っ込まれることもあるのにー」
 最後のサキュバスの台詞に突っ込む者はいなかった。

「わ、悪気はなかったんだよ。つい……」
 怒りを隠さずに歩き出すミグと一行。
 その最後尾を、小声で言い訳しながらユークは着いていった。

 十日ほど、異常もなく過ぎた。
 魔物が出なくもなかったが、脅威になったものはない。

 唯一、オアシスで水浴びをした時。
 五十メートルは離れたとこに追いやられたユークのとこへ、大きな砂ワニがあらわれた。

 追いかけっこをした挙げ句、長い尻尾に跳ねられたユークは、オアシスに飛び込んだ。
 下腹の紋様を隠して逃げ回るミグと、やれやれといった感じで全裸のままメイスで仕留めたラクレア。
 このワニは、道中の食料になった。

「ねえ? 絶対にわざとやってるでしょ?」
「違うよ! あのワニが急にあらわれて! 守ろうとしたんだよ……?」
「どーだか」

 ユークとミグは、出会ってから三ヶ月余り。
 右肩上がりだったユークへの評価が、ここへきて急降下していた。
 しかし、宗教都市シル・ルクへは無事に着いた。
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