56 / 88
四章
神さまの街へ
しおりを挟む南大陸の人口は少ない。
とはいえ、北の大陸に比べればの話で、決して土地が痩せているわけではない。
むしろ、砂漠の砂土というのは、水さえあれば肥沃といってよい。
地下水を汲み上げて作った畑を、農民が手押し車を押して回る。
「なにあれ?」
相変わらず、アルゴの上で寝そべるミグが聞いた。
一人だけ楽する形だが、ラクレアが甘やかすので仕方がない。
「さあねえ……。種まきかしら? 季節外れに思えるけれど」
ノンダスにも分からない。
軍隊育ちで次が飲み屋の店主、今はパーティの料理人兼保護者。
農業はからっきしだった。
「聞いてみようか? おーい、すいませーん!」
ユーク、このパーティのリーダーは、森育ちで狩りの経験はあっても畑仕事には疎い。
近くの農民に声をかけ、尋ねる。
「これかね。これは塩を取ってるんじゃよ」
「え!? 土から塩が取れるの?」
寝ていたミグが、がばっと起きる。
「土と言うか、水じゃな。地下水を使い続けると、少しずつ蓄まる。雨が少ないからのう」
そうなんだーと、素直に感心するミグに、農民が以外そうにきく。
「お嬢ちゃん、魔法使いじゃろ? これも魔法の道具じゃよ。ありがたいことじゃて」
魔法使いが褒められ、馬の上で『あら、そんな事もございませんわ』な表情をするミグを見て、ユークが一言付け加えた。
「こいつが出来るのは、爆発炎上だけですから」
「んなっ!? こいつとは何よ! わたしだってあれくらい作れるわよ!」
平気で大嘘をつき、口喧嘩を始めた二人を後ろにやって、ノンダスはこの先の道を尋ねる。
「シル・ルクをご存知ですか? あたし達はそこへ行くのですが」
「ほう、そりゃまた遠いのう。歩けば十日はかかる。じゃが、迷う道ではないな。右手に海を見ながら進めば良いが……ひょっとして、パドルメから来たのかえ?」
この辺りにも、パドルメで起きた戦いは伝わっていた。
『ちょっと待ってな』といい、農民は、畑の脇に植えた果樹から幾つかの実をもいで差し出した。
「遠慮せんで良い。この辺の次男や三男坊も戦いに呼ばれることがある。シル・ルクは医術の街じゃ。大きな怪我をすれば、みなそこへ行く」
礼を言って、手を振って別れた。
南国らしく固い殻に包まれた果実は甘かった。
しばらく、四人は無言で殻を割りながら歩く。
何時の間にか、サキュバスのリリンがやってきて、果実に手を出す。
もう冬だったが、雪の降る気配もなく穏やかな道中だった。
「なんか……しみる」
ミグが、ぼそりといった。
すぐにラクレアが反応する。
「まあまあ歯ですか? ちょっと見せてください。はい、あーん」
お酒が入ってない時のラクレアは、面倒見が良い。
ミグも逆らうことなく口を開ける。
王宮育ちにとって、身の回りも自身も世話をされる事に慣れていた。
四人が同時に覗き込む。
「あら、これは」
「虫歯、ですねえ」
「へー。ヒトって不便ね」
「み、見えない……」
いささか気恥ずかしいが、十七歳の元王女はあんぐりと口を開いたまま。
「どうしましょ?」
「抜くほどじゃないですね。歯の治療師にかかれば直ぐでしょう」
ノンダスとラクレアが、シル・ルクでついでに治そうと決めた。
「あ、これか」
奥歯の黒い点を、ユークがようやく見つけた。
これとばかりにミグの顎を掴み、ほっぺを引っ張って眺める。
「ひょっひょ、ひゃにすんのよ……」
幾ら何でもこの扱いはないだろうとミグも気付くが、顎にかかった手が気になって振りほどけない。
「ひょう……ひゃなして」、もう離してと頼んでみたが、ユークは更に大胆な行動に出た。
田舎育ちのユークに、デリカシーなど欠片もない。
『そういや、妹も虫歯になったな。糸で巻いて鼻に焼けた炭を近づけて抜いたけど』と、口に出せば激怒されることを考えながら見ただけ。
しかし七つも下の妹と、一つしか違わない少女とでは勝手が違う。
自分を見上げる口の中で、貯まった唾液が狭い喉の奥に吸い込まれる。
歯も小さく、どれも白く順序よく並び、右奥だけ少し変色している。
その中で、あざやかな桜色の舌が、ユークの視線から逃げるように右へ左をさまよう。
ユークに、悪意はなかった。
ただ本能的に『捕まえてみたい』と思い、口の端にかけた指をそっと伸ばしてしまった。
思い切り口を閉じなかったのは、せめてもの優しさ。
その代わりに、ミスリルの篭手を付けた右で、十センチほどに迫っていた顔をミグはぶん殴った。
このところの急成長で、まともに攻撃を貰うことのなかったユークも避けられない。
苦情を言ったのはミグが先だった。
「あ、あ、あんたね! 女の子の口に指を突っ込んで、舌に触れるなんて! な、なにを!?」
「あー、それはユークちゃんが悪いわ」
「それはユークさまが悪い」
「もっと太いのを突っ込まれることもあるのにー」
最後のサキュバスの台詞に突っ込む者はいなかった。
「わ、悪気はなかったんだよ。つい……」
怒りを隠さずに歩き出すミグと一行。
その最後尾を、小声で言い訳しながらユークは着いていった。
十日ほど、異常もなく過ぎた。
魔物が出なくもなかったが、脅威になったものはない。
唯一、オアシスで水浴びをした時。
五十メートルは離れたとこに追いやられたユークのとこへ、大きな砂ワニがあらわれた。
追いかけっこをした挙げ句、長い尻尾に跳ねられたユークは、オアシスに飛び込んだ。
下腹の紋様を隠して逃げ回るミグと、やれやれといった感じで全裸のままメイスで仕留めたラクレア。
このワニは、道中の食料になった。
「ねえ? 絶対にわざとやってるでしょ?」
「違うよ! あのワニが急にあらわれて! 守ろうとしたんだよ……?」
「どーだか」
ユークとミグは、出会ってから三ヶ月余り。
右肩上がりだったユークへの評価が、ここへきて急降下していた。
しかし、宗教都市シル・ルクへは無事に着いた。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。
神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。
どうやら、食料事情がよくないらしい。
俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと!
そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。
これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。
しかし、それが意味するところは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる