上 下
25 / 88
二章

クラーケン2

しおりを挟む

「くそったれ! タコに食われて死んじまえ!」
 ニケ島に着くや、ユークは直前の祈りを撤回した。

 二十二名の冒険者の1/3は、島に付いた途端に消えてしまった。
 小さな島なので探せば見つかるが、戦う気の無い者を連れて行っても仕方がない。
 手付け金が良すぎたのだ。

 次に四人のパーティが、ユークが止めるのも聞かずに単独で侵入する。
 そのパーティのリーダーは、制止するユークを見てこう言った。

「お前らも前払い目当てだろ。ガキに女二人とか舐めたことしてると、何時か死ぬぞ?」
 それが先の罵倒に繋がった。

「まあまあ。そんなことは思っても口に出してはいけませんよ?」
 このところ、保護者の位置に落ち着いたラクレアがたしなめる。

 しかしこれで残ったのは十一名。
 ユーク達ともう一つ三人のパーティと、ディオン達が五人。

「よし。まとまって行こう、強敵のはずだからね」
 ディオンが提案し、異論は出なかった。
 何よりもクラーケンに備えた武器――数十本の投げ槍――を持ってきていたのはディオン達だけだった。

 元は海軍の施設、レンガ造りの頑丈な建物へと入る。
 宿舎・倉庫・造船所・乾ドック・船の引き上げ場を備え、さらに外洋へと漕ぎ出せる巨大なもの。

 海へ向かって下りながら、ユーク達は歩を進める。
 あと少しで軍船を十隻は並べることが出来る広大な乾ドック、そこでユークが異変に気付く。

『止まれ』と右手をあげて、しゃがみ込んで床を観察する。
 先に行った4人組の足跡意外にも、何かの痕跡が残っている。
 それも新しい。

 水の垂れたような……雨漏りか? と天井を見上げると、そこには何かが這った跡がはっきり残っていた。
 まだ何の反応もないが、腰からカウカソスを抜きながら警告を出した。

「何か居る。小さいけど、たぶん多い」

 全員が静かに戦闘態勢を取った。
 ゆっくりと、警戒を怠らずに進む。

 その時、行く手から叫び声がした。
 例の4人組、それと同時にユークの右目に多数の反応が出た。
 前方から、それに後ろにも。

「囲まれてるぞ!」
 ユークの声に全員で円陣を取ったが、敵の姿が見えない。
 しかし反応は徐々に近づいて、包囲網を狭めてくる。
 もう視界に入っても良いはずだが……。

「……何処から?」
 誰かがポツリと呟いて、ユークがやっと気付く。
「天井からだ! ここはまずい、広い所へ!」

 狭い通路での挟み撃ちだけは避けたい、まず先頭をディオンが走った。
 あとの十名もそれに続く。

 その直後、後方の天井の割れ目、隙間からボトボトと魔物がこぼれ落ちてきた。
 同じ様に前方からも続々と現れる。

 ディオンは、右手のドアを肩で押し開ける。
 転がり込んだ先は乾ドック、その先は斜面と海が見える。

 そこで四人組が戦って、いや既に二人になっていた。
 テンタクルスや大蟹、フナムシのような魔物に巨大なウミウシ。
 生き残っている二人に襲いかかり、死んだ二人には更に多くが群がっていた。

「扉を閉めろ!」
 今度はディオンが指示した。
「ちょっと待って!」と、ミグが魔法を練り上げて今来た通路に投げ込み、その直後に扉は閉められた。

 シューとかキューといった、湿ったものが焼かれる音が鉄製の扉の向こうで起きた。

 強大な魔物、例えば魔王の後を、小型の魔物が追ってくることは珍しくない。
 だが、二晩でこうなるとは誰も予想してなかった。

「こりゃ、あの前払いじゃ安かったな」
 誰かが軽口を叩いたが、笑う者はない。

 ざっと見ても、乾ドックの中だけで二十匹はいる。
 ユークは素早く戦力を測り、「大丈夫だ、俺達なら勝てる!」と鼓舞して突っ込んだ。

 大きな反応は――クラーケンも含めて――出ていない。
 せいぜい二桁の半ば、きちんと装備した冒険者達は100前後の戦闘力はある。
 訓練された兵士とそう変わらない。
 ミグとラクレアに、200近いディオンが居れば、二十程度なら何とでもなる。

 ユークの読みは正しく、確実に魔物を退けて生き延びた二人と合流する。
「すまねえ。助かった」と言うだけの余力はあった。

 二人増え、十三人で戦うが、この隊には明確な指揮官が居ない。
「なんだかバラバラね」とは、後ろから戦況を眺めるミグの感想。

 陸地に居た魔物を片付けた後も、海から新手が上がってくる。
 冒険者の一団は 引くに引けず、沸いてくる魔物を叩くのが精一杯、そして。

「これは……! クラーケンだ、クラーケンが来るぞ!」
 ユークは桁違いの戦闘力を捉えた。

 銛を取りに行く者、海に向かって構え直す者、目の前の魔物に苦戦する者、基本は個人か少数で行動する冒険者の脆さが出た。

 海から頭を出したクラーケンは、乾ドックへ腕を伸ばし一人の冒険者を捕まえた。

 そのまま素早く海へ隠れ、不幸な冒険者を連れて行った。
 ミグの魔法を警戒してるのは明らかだった。

 鎧ごと砕かれる音が、僅かに海面から漏れる。
「ちょっとマズいかもね……せっかく<<シリウス>>を改良してきたのに」

 戦況を見つめるミグの前をラクレアが固める。
 残りの十人で、クラーケンを引きずり出さねばならない。
 強力な魔法を使える冒険者は貴重で、とっておきの切り札。

 まずユーク、次にディオンがクラーケンの間合いに入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢
ファンタジー
ある朝、ギルドが崩壊していた。 ギルド戦での敗北から3日、アドラーの所属するギルドは崩壊した。 ごたごたの中で団長に就任したアドラーは、ギルドの再建を団の守り神から頼まれる。 団長になったアドラーは自分の力に気付く。 彼のスキルの本質は『指揮下の者だけ能力を倍増させる』ものだった。 守り神の猫娘、居場所のない混血エルフ、引きこもりの魔女、生まれたての竜姫、加勢するかつての仲間。 変わり者ばかりが集まるギルドは、何時しか大陸最強の戦闘集団になる。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!

鏑木 うりこ
ファンタジー
 幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。 勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた! 「家庭菜園だけかよーー!」  元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?  大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

処理中です...