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一章
魔王の食卓
しおりを挟む特別な能力がなくとも、世界の枠からハズれた存在だと分かる。
自然と膝を折るか、心を閉じて諦めるしか許されぬ恐怖。
しかし感覚でなく数字で確認したことで、ユークは伏し負けずに済んだ。
そして傍観者のように、冷静に決めることが出来た。
『ミグを殺し、それから自分の喉を突く。生きたまま食われるよりは』と。
合理的に決断し、迷いなく剣の柄を掴んだところで異変が起きた。
カンカンカン! 天井から金属を打ち鳴らす音。
その音はしつこく鳴り続け、魔王は不愉快そうに仰ぎ見ると、ぐるりと反転して大扉へと歩きだした。
魔王が消え、ゆっくりと扉も閉まる
「……助かった、のか?」
左手で抱え込んだミグに聞いても返事はない。
「なに……あれ……?」
繊細な魔法使いは、ユークよりも深く魔王を感じ取っていた。
体が硬直したまま汗が吹き出し、心を肉体に繋ぎ止めるのが精一杯。
このまま食事部屋に居る限り、二人の命運は決まっている。
だが救いの神は、またも上からやってきた。
天井の中央部が開き、そこから昇降機が降りてくる。
その上には、けたたましく喋る2体のゴブリンが乗っていた。
「おめさ、魔王様のお食事を急かして良いと思ってるだか?」
「いや、さっきのヤツの首でも転がってないかと思ってな」
「見つけてどうすっだ?」
「おらの潰れた右目と取り替えるだよ」
「そりゃ無茶だべ……」
緊張感のない会話が、ユークとミグを現実へ引き戻す。
「それにしてもだ。魔王様はよく食べなさるな」
「仕方がないべ、まだ幼体でいらっしゃる。あと二度は変身されるそうだ」
掃除係のゴブリン達は、ホースで水を撒きながら、ユークの首を探し始める。
二匹ともに、魔王の姿を見ての生存者はないと確信していた。
恐ろしい会話を聞いた気がするが、ユーク達は生きるために動く必要があった。
重なるような姿勢のままで目を合わせる。
互いが、相手が正気なのを確認すると気力が戻ってきた。
それから素早く、手信号で役割を決める。
同じパーティに居たので、やりとりは慣れたもの。
闇に紛れ、血が浸す床を音を立てずに進む。
こちらに背中を向けた隙に、抜き打ちで真っ二つにする。
そのつもりだったが、ユークが手にしたアレクシスの剣は鞘から抜けずに、そのままゴブリンの後頭部を直撃した。
それでも、ガツン! と派手な音がして、ゴブリンはその場にひっくり返る。
「どしただ!?」
走り寄ろうとしたもう一匹の足のすねに、ミグが杖を思い切り叩きつける。
ぎゃっ! と短く叫び、二匹目のゴブリンもその場に転がった。
ユークが昇降機に飛び乗り、足を引きずるミグに手を貸して引き上げる。
上向きの三角形のボタンを押すと、天井に向けて動き始めた。
「こら、おめーら! 戻ってくるだ!」
下でゴブリンが叫ぶが、戻るわけがない。
幸いなことに、上層の小さな部屋には何もいなかった。
目立つものと言えば、下へ送る水を貯めてある大きな水桶。
二人揃って水桶に飛びつき、思う存分飲んでやっと一息つく。
絶望から生き延びた興奮と安心が混ざり、二人は顔を見合わせてから笑いあった。
明るい場所で見る互いの姿は、酷いものだった。
血の気の引いた顔に、装備も服も汚れきってボロボロ。
「この鎧は、もう駄目だな」
ユークは装備を捨て、身軽になって逃げることに決めた。
ミグにはもっと切実な問題があった。
死体の血や脂に埃が混ざり、髪も身体もベタベタだったのだ。
「うーん……10分ちょうだい。体を拭くから」
「そんな悠長な!」
当然の苦情を申し立てようとしたユークの顔に、魔法使いの杖が飛んできた。
ミグは既に上着を脱いで、スカートに手をかけているとこだった。
「戸を見張ってなさい。こっち見たら焼き殺すから」
この状況で滅茶苦茶だと思いながらも、少しだけ何時もの調子に戻ったミグに、ユークは安堵していた。
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