上 下
3 / 88
一章

いきなり魔王

しおりを挟む

 この場所で正気を保てるかは、彼女にかかっていた。
 ミグという少女にすれば、このまま死んだ方がマシかも知れないが、ユークは呼び続けた。

「うぅ……あ……」
 ユークの腕の中で、次第にミグが意識を取り戻す。
 そして目を開くやいなや、盛大に吐いた。
 
「な、なにこの臭い……?」
 まだ意識がはっきりせず、それだけ喋るのが精一杯だった。

「無事か?」
 呼びかけには答えず、彼女は『水』とだけ言った。

 幸運なことに、剣も他の荷物もなくなったが、腰の水筒だけは残っていた。
 ユークがそれを与えると、ミグは一息で飲み干した。

 最後の水が細い喉を通るのを見て、ユークも喉が焼け付いているのに気付く。
 口の水分を集めて飲み込み、もう一度聞いた。

「大丈夫か?」
「ユ、ユーク……?」

「ああそうだ。それで、何があった?」
 ミグは質問で返した。
「アレクシスは……?」

 ユークが視線をアレクシスに向ける。
 胸の真ん中にこぶし程の穴が空き、それは背中から突き抜けていた。

 闇の中で首を横に振ったが、思い直してはっきりと口に出した。
「もう……死んでる」

 ミグは下唇を噛み締めて、数秒ほど我慢していたが、こらえきれずに泣き出した。
 ほんの数分だが、声に出さずに泣く少女を抱えたまま、ユークは微動だにしなかった。

 その間に、ユークの右目は平常に戻っていた。
『さっきの数字は?』
 このヒント、いや答えはゴブリンの言っていた”戦闘力”にあると、ユークにも察しは付く。

 しかし答え合わせをする前に、視界に新たな信号――警戒表示――が現れた。
 矢印の方向へ視線を送ると、馬も並んで通れるほどの大扉が、音も立てずにゆっくりと開く。

 そして、その奥から。
「何か来る!」
 ユークはミグを抱えたまま、急いでその場を離れようとした。

「待って!」と、ミグが制止する。
「アレクシスの剣、剣だけでも。お願い」

 こんな時にとユークは感じたが、せめて形見くらいの想いもあるのだろうと、アレクシスの遺体から剣と鞘を外す。

 ユークは暗闇に慣れてきていた。
 辺り一面に死体が転がっているのが分かる。

 今日、この魔王城には、百人を超える冒険者や戦士に傭兵が突入した。
 数時間前に無事を誓いあった仲間たちが、皆死んでいた。

 そして死体の山の向こう、扉の中から魔王が姿を見せる。
 ユークの右目の数値は、凄まじい勢いで上昇し続け、遂に六桁を超えた。

『この城には魔王が居る』と伝えられてきた。
 しかし、その姿を確認して戻ってきた者はいまだない。

 本来なら、玉座や主塔の最上階で待つべき存在が、城の最下層でうごめいている。
 もしユーク達が無事に帰れれば、初めての報告者になる。

 巨大なイモムシに何本も触手を貼り付け、頭部からは人型の上半身が角のように生えている。
 威厳も知性も感じさせぬ”それ”は、部屋へと入ってくると、手当たり次第に散らばった死体を喰らい始めた。

「ねえ……何が起きてるの……?」
 震えた声でミグが聞くが、彼女にもおよそ検討はついていた。
 血をすすり骨を砕く音が響く中で、これが悪夢だと祈るのみだった。

 だがユークが奪った<<弱者の物差パワースケール>>が、はっきりと映し出す。
 最初は五十万を少し超える数値が、食事を進める度に上昇していく。

 床に叩きつけられたユークが『5』で、ミグが『68』
『これが強さの数字なら、差があるってものじゃない。野ネズミとアムール虎だってもう少しマシだ』と、やけに澄んだ頭でそんな事を考えていた。

 百を超える死体を喰い終わった城の主は、その最後に壁際にうずくまるデザートに目を向けた。
 それから大きな体をゆすって、のそりと二人の方に歩み寄る。

 ユークは、アレクシスの遺体から剥ぎ取った剣を強く握りしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢
ファンタジー
ある朝、ギルドが崩壊していた。 ギルド戦での敗北から3日、アドラーの所属するギルドは崩壊した。 ごたごたの中で団長に就任したアドラーは、ギルドの再建を団の守り神から頼まれる。 団長になったアドラーは自分の力に気付く。 彼のスキルの本質は『指揮下の者だけ能力を倍増させる』ものだった。 守り神の猫娘、居場所のない混血エルフ、引きこもりの魔女、生まれたての竜姫、加勢するかつての仲間。 変わり者ばかりが集まるギルドは、何時しか大陸最強の戦闘集団になる。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!

鏑木 うりこ
ファンタジー
 幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。 勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた! 「家庭菜園だけかよーー!」  元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?  大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー

処理中です...