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一章
たったの5
しおりを挟む「ユーク、ここで別れよう」
リーダーのアレクシスが、さらに付け加える。
「 はっきり言って、この先の戦いにはついてこれそうもない」
パーティから追い出される中では、まだ穏当な方だった。
ただし、ここが魔王城の深部でなければだが。
ここまで来て、魔王を目の前にして『帰れ』はひどい。
『冗談だろ? ふざけないでくれ』と言いたいところを、ぐっと押さえてユークが頼み込む。
「命も惜しくない! 連れて行ってくれ!」とまで説得しても、アレクシスはうんと言わない。
確かに、戦闘能力に限ればユークは下位。
しかし先日、野営地がモンゴリアンデスワームの襲撃を受けた際、真っ先に気付いたのは彼だった。
ささやかな地響きや異変、さらに罠や足跡など、異変に気付くことの出来る素養がユークにはあった。
それに、このパーティは強い。
この隊なら魔王を倒して故郷を取り戻す、ついでに英雄になれるかもとの夢を描けるほどにだ。
しかし、メンバーの一人が追い打ちをかける。
「そんな実力と装備で、ここまで来れただけで奇跡みたいなものでしょ。死ぬ前に帰りなさいよ」
上から目線で何事もはっきりと言う、この隊で唯一の女性で魔法使い、ミグの声だった。
彼女自慢の髪色を『綺麗な灰色だね』と表現して以来、何かと喧嘩が絶えぬ。
ただ銀色とさえ言っておけば、もう少し仲も良かったのだが。
「うるさいな。装備の問題じゃないだろ」
そう言い返したが、残念ながら小柄な魔法使いの指摘は正しい。
何処で揃えたのか、一介の冒険者には過ぎた装備をアレクシス達は持っていた。
それに対して、一ヶ月前からパーティに入ったユークの装備は、安物の初級用。
だがそれも仕方がない。
良い武具は金をかけるか、今も世界中に眠ると伝説の武器を探すか、あとは誰かに貰うしかない。
そのどれもユークには無理だった。
「黙ってなさい、ミグ」
アレクシスの叱責には、『はーい』と素直に口を閉じる。
「わたしの判断だ。従ってもらう」
アレクシスはもう一度告げると、脇に居た戦士に合図をする。
戦士は懐から革袋を取り出すと、五枚の金貨をユークに握らせた。
「それで故郷に帰りなさい。大地の加護のあらんことを」
お決まりの挨拶をすると、アレクシスたち五人は、振り返ることもなく深部へ進んでいく。
「……故郷なんて、もうねえよ」
見送りながらぽつりと答えたユークの返事は、聞く者もなく魔王城の壁に吸い込まれた。
ほんの少しだけ、少年はその場で佇んでいた。
金の為にこんな所まで来たのではないと、握りしめた金貨を叩きつけようとしたが、少し迷ってから懐にしまい込む。
文明圏の東端にあった、小さな村出身のユーク。
成長の緩やかな東方部族で、十八になるが体が出来たとは言い難い。
黒い髪と低めの鼻、目立つところの無い少年で、将来性はともかく即戦力としては未熟。
「はぁ……」
大きくため息を付いてから、とぼとぼと城外へ戻る。
貧乏な彼にとって、金貨五枚は望外の報酬ではあったが。
来た時は、20組が同時に侵攻する『魔王城突入大作戦』が上手くいったのか、城内の敵は薄かった。
代わりに落とし穴だらけだったが。
しかしユークには、幼い頃から森で狩りをしていた経験があり、罠の気配や痕跡を見つけるのが上手かった。
時折現れる魔物は、アレクシスやミグが一瞬でボコボコにする。
道中の安全はユークが担当し、結成1ヶ月の急造パーティにしては驚くほど上手く機能していた。
しかしそれも先程まで。
ここからは、魔物掃討が終わった道を戻るのみ。
油断さえしなければ、一人でも無事に外まで出られるはず。
だがユークは、見つけてしまう。
「なんだ、あれ?」
来た時にはなかった隠し通路が、ぽっかりと口を開けていた。
しばし、通路の前で考え込む。奥には宝箱が一つ。
常識ではあり得ないが、ここは魔王の城。
これくらいの事は起こるかもしれないと。
床面に視線を合わせて、じっくりと観察しても罠の跡はない。
壁や天井にも、仕組まれてる様子はない。
宝箱自体が罠だったりミミックの可能性もあるが……ユークは好奇心に負けた。
そっと近寄って、開ける前に宝箱に触る。
中に魔物でも入っていれば、何かしらの気配を感じ取れるはずだ。
「何もないか……」と、ユークが判断した瞬間、床全体が光を放つ。
『まさか、魔法の罠!?』そう気づいた時には遅かった。
ユークの体は、城のさらに下層へと強制転移させられていた。
ドスン! と、空中から放り出されて床に転がる。
衝撃で肺の空気が押し出されたが、声をなるのだけはかろうじて避けることが出来た。
ユークは動かずに、周囲の気配を探る。
今のところ動くものはない。
寝転がったままで、ダメージを確認した。
幸いにも骨は無事だったが、行動を起こす前に扉の開く気配がした。
「死んだべか?」
「いやー分かんね」
入って来たのは2体。
この方言は、ゴブリン。
「おめちょっと確認してけれ」
「ちょと待つで。戦闘力……たったの5か。死にかけだべ」
ゴブリンはじっくりと観察して断定する。
何故だが、ユークは酷く侮辱された気がした。
今のところ一瞬の衝撃以外、ほとんど無傷なのに。
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