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第13話 じゃれる。

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「……姉貴、そこら辺でやめてやってくれ。さすがに哀れになってきた」
「なあに? あ、そうだ。そろそろうどんたべる?」
「ああもうそれでいいから! あと俺ふた玉食べるから!」
「はあい。ちょっとまっててね」

 久次に願われた娘は嬉しそうに土鍋を抱えて台所へ向かった。
 ようやく、息をつけた静真だったが、鋭い眼光で睨まれた。それは今まで娘の前では見せて来なかった術者としての殺意の混じるものだった。

「勘違いすんじゃねえぞ。姉貴があんたのこと気に入ってるから見逃すけど。傷つけようとしたら、容赦しねえからな。……片翼」

 ひりつくような空気に、静真はようやくいつもの己に引き戻せた気分だった。
「片翼」それは静真に外の妖たちが付けた蔑称だ。天狗の翼を持ちながら人間の顔を持つ静真を”足りないもの”として貶めるためのもの。
 誰よりも天狗らしいと自負しているがゆえにその単語を発した者には制裁を加えてきた。
 しかし、今は良いだろう。静真を本来の調子に戻した対価だ。
 その名を知っていると言うことは、この青年は娘とは違い静真がどんなものかわかっているらしい。
 そこまで考えたところで、なぜこの青年が今すぐ娘から己を引き離さないのか疑問がよぎった。
 久次は娘を過保護なまでに守ろうとしている。静真を危険と判断しているだろうに自分に忠告するだけだ。
 実力の差で排除できないとわかっているから懇願しているにしても語気が強すぎる。
 とはいえ、静真が言うべきは決まっている。そもそも勘違いなのだ。

「あの娘をどうする気もない。ただままごとに付き合ってやってるだけだ。飽きたら去る」

 おそらく久次が望んだ答えを提示してやったと言うのに、彼のどこかあどけなさの残る顔が急に剣呑になった。

「はっ俺の姉貴は最高にかわいくて愛され系なお人好しなんだよ。どうこうするつもりがねえなんて不能なんじゃねえの」

 今までで一番剣呑な声音に静真は虚を突かれ、その内容に何とも形容しがたい気分に陥る。
 無性にばからしくなってわずかに半眼になった静真は久次を睨んだ。

「貴様は一体なにがしたいんだ。興味を持って欲しいのか欲しくないのかどちらかにしろ」
「うっせーどっちもなんだよ! うちの姉貴は抜けてる所あるしうかつにあんたみたいなの拾ってくるけどな、一度こうきめたことは絶対にやり抜く頑固者なんだよ! 姉貴があんたを受け入れるって決めたんなら俺がなに言おうとてこでも動かないんだからサポートするしかないんだよ! どちゃくそ心配だけどなびかねえあんたもむかつく! わかれ!」

 久次は早口で妙に威圧的に迫るが、それでも声を抑えている所から見ると娘には聞かせたくないという理性はあるらしい。
 だが言い聞かせられる己に取っては飛んだとばっちりだ。辟易しつつも互いに揺るぎない思いを抱いている様子に、静真は胸を刺すような違和を覚える。

「人間というのは、姉弟で仲がよいものなのか」
「は、なに言ってんだよ。家族なんだからお互いのことを思いやるのは当たり前だろ? 俺と姉貴は特に仲が良いけどな」

 臆面もなく胸を張って言ってのける久次に静真が思い出すのは、静真の監督者であり、天狗の里の長であり……静真の母の兄である治道だった。
 天狗の里では里の規律を乱さないために長の言葉が絶対である。血を存続させるためひいては里の繁栄を守るためには情に流されず里全体の意志決定をおこなう。
 天狗は互いの情が薄い。天狗らしく教育するため里全体で徹底的に教育するため親子の情は亡きに等しく、兄弟であれ優劣を実力で計られるがためにお互いを蹴落としてでも越えることしか考えない。
 それでも天狗であれば誇りとされ身内として扱われる。静真のように一族であって一族とは数えられない者以外は。

 治道に命じられたのは、母の罪をその身をもって償うこと。
 そう静真は汚点なのだ。里よりも人の男を取った女天狗である母が裏切った証なのだから。
 だから静真は治道をはじめとした里の者に、里のために研鑽を積み、天狗らしくあれと言われ続けた。
 が、それは治道の息子である佐徳もまた、期待、という違いはあれど似たようなものだった。
 だがそんな天狗の里でも、自分の産んだ子に柔らかい眼差しを向ける者が居ない訳ではない。あめ玉を持たせたり、頭を撫でたり。そのような光景を静真は時々、目でおってしまうことも、ある。
 だから何だと考えつつも頭からはなれず思考に沈んでいた静真が、その横顔をのぞき込んだ久次が目を見開いて居たことも知らなかった。

 がしがしと頭を掻きながら、「おい」と声をかけられた静真は久次を見やる。

「お高くとまっている天狗の事情なんざ、俺には関係ねえけど。唯一確かなのは、あの姉貴放っておいたら3秒で悪霊にさらわれる」

 真顔で言う久次の言葉に、静真は思わず納得してしまった。
 なにせあの娘は妖者にとってはカモがネギと鍋を背負って居るような極上の餌なのだ。あの娘の無防備さは見てられない。いや、無防備なつもりがないのが始末に負えないのだ。
 ふ、と後ろから娘の足音が聞こえてくる。

「……ちがいない」

 静真がつぶやいた時、熱々の鍋を持った娘が戻ってきた。
 振り返れば娘が小首をかしげている。

「なに話していたんですか?」

 特に、静真に向けての言葉だったが少し魔が差した。

「お前がいかに抜けているかと言う話をしていた」
「ふえ!?」

 ぱちぱちと瞬く驚く娘の反応が予想通りでおかしい。だがそう言えば、娘に関して小うるさい久次の声が聞こえない。
 彼のほうを見やれば、久次はぽかんと間抜けに口を開けてこちらを見ていた。その視線が絡み、静真は反射的に顔をしかめる。

「どうかした? 久次」
「ああいや、別に」

 久次の反応は妙に感じたらしく娘も土鍋を置きつつ問いかければ、久次は気まずさをごまかすように視線をうろうろと彷徨わせたあとはっとしたように静真のほうを見た。
 その顔は動揺を押し殺しているように見えたが、なにも言わず娘に苦笑して見せた。

「姉貴は抜けているのは今更だからなあ。かばいようがない」
「久次まで!?」

 愕然とする娘を放っておいて、なぜか久次は静真に話しかけてきた。

「よおし鍋のシメのうどんは美味いぜ。するっする入るからな!」
「……知っている」

 前回の鍋のシメは雑炊だったが、静真は娘が用意していた白米をすべてなくした。

「ふた玉分は俺のものだからな……っておい静真なんで山盛りに取ってるんだよ!?」

 一瞬、名前を呼ばれたことに止まったが、静真は平静を装った。

「お前の話が長い」
「長くねえだろお玉と取り箸よこせ!」

 かみつくように言う久次に、お玉と取り箸を強奪されていれば、娘がころころと笑った。

「二人が仲良くなって嬉しいわ」
「「仲良くない」ねえ!」

 言葉が重なった静真と久次が視線を合わせるのに、娘がますます嬉しそうに微笑んだ。
 初めて顔を合わせる人間にかこまれているにもかかわらず不思議と嫌な気分ではなく、静真はうどんをすすった。
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