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亡霊3
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「お偉い学者さんの話はわからないけどな、女のほうがエーテルに強いのは本当なんだ。ついでに言うと、男はエーテルにさらされ続けると種なしに、女は子供を産みづらくなるらしい。こうやって浄化マスクをしていたとしても、確実に人間の体はエーテルによって戻されているんだよ」
実際、この都市の娼婦達は避妊のためにエーテル浴と称して、遺跡内で過ごすことも珍しくない。月のさわりが重くならないなどいいことづくめだと言う女もいるが、体は確実に壊れていっているのだ。
ムジカは若く、無茶な探掘計画を立ててはいないためまだ目立った影響はないが、それでも形のない不安は背後に感じている。
「ファリンくらいの子供は、てきめんに効いちまうはずだ。あたしが探掘を始める前だけど、細い道を探るために子供を探掘に使うことがはやった時期があったらしい。けどそうして働いた子供は軒並み半年以内に死ぬか、成長しなくなった。エーテルに時間を止められたんだ」
バーシェの子供はよく死ぬ、というのは前々から知られていたことだが、数年前にようやくエーテルとの因果関係が解明された。当時の7割の子供がいなくなり、国が重い腰を上げて規制に乗り出したほどだ。
そして12歳以下は探掘坑への侵入を禁止され、探掘坑へは許可証を持った探掘屋の同行が必要になった。だからファリンはしつこくムジカに同行を迫っていたのだ。
しかしそれも正確な年齢がわからない孤児の場合、12に見える体格になったら素通りさせるため規制は有名無実と化している。今でも労働力として使っている探掘屋はいたし、ムジカが12歳になった年に規制されたため、正直恩恵を受けた側でもあった。
それでもムジカは、悪影響が明確なファリンをつれて入ることはできないと思うのだ。
「エーテルに強いあたしでも、一度潜ったら一日以上は空けないとエーテルの影響が抜けない。子供はもっと抜けづらい。それにな、ファリンはあたしよりも目端が利くし、頭もいい。ならこんなやくざな商売なんてやらずに、地上のまっとうな商売について欲しいんだよ」
ファリンがあの年齢で身を立てていけるのは、間違いなく彼の才覚に寄るものだ。
探掘で一発逆転を狙わずともこのままいけば、下層から中層に上れる。ならば自分から体を壊しに行くことはないと、そう思うのだ。
「ムジカはファリンが探掘屋をやるべきではないと、考えているから拒絶しているのですか」
「あたしのちゃっちい感傷だよ。ファリンにはそんなことどうでもいいから、潜らせろ! って言われるだろうし。金を手っ取り早く稼ぎたいんだって言われたらおしまいだしよ」
ムジカは選ぶことができなかった。
「だからあたしはこれからも、ファリンは連れて行かないんだ」
「ムジカはなぜ、探掘をしているのですか」
ラスに訊ねられ、ムジカははっと彼を見上げた。
その紫の瞳に他意はない、わかっている。こいつは気になったことを聞いただけ、何かに配慮できる情緒はないのだから。
女の身で父親に押し付けらられた膨大な借金を返すためには、娼婦か探掘しかなかった。
だが、もう一つ続ける理由があるとすれば。
湧き上がる焼き付くような憎悪と渇望に、ムジカは無意識に奥歯をかみしめた。
父親が追い求めた黄金期の遺産がこの自律兵器であることは、間違いないだろう。幼いムジカを顧みずに探求し、借金だけを残して道半ばで死んだ。
「知りたかったんだ」
ぽつん、とつぶやいた言葉は、迷子の子供のように頼りないとムジカは自嘲した。
言葉として認識できない悲哀や怒りの声を上げる人間達は、それだけの強い感情があったのだ。エーテルがそこに焼き付けるほどの強いものが。
それなのにムジカは消えていってせいせいしたはずの人間に囚われて、振り払えないでいる。
「ムジカ、知りたかったというのは」
「この話は終わりだ」
「……はい」
拒絶すれば素直に従ってくれることは助かると、ムジカはまた一つ一つ消えていく亡霊達を眺める作業に戻るなか、心の澱を吐き出した。
「ざまあみろ」
実際、この都市の娼婦達は避妊のためにエーテル浴と称して、遺跡内で過ごすことも珍しくない。月のさわりが重くならないなどいいことづくめだと言う女もいるが、体は確実に壊れていっているのだ。
ムジカは若く、無茶な探掘計画を立ててはいないためまだ目立った影響はないが、それでも形のない不安は背後に感じている。
「ファリンくらいの子供は、てきめんに効いちまうはずだ。あたしが探掘を始める前だけど、細い道を探るために子供を探掘に使うことがはやった時期があったらしい。けどそうして働いた子供は軒並み半年以内に死ぬか、成長しなくなった。エーテルに時間を止められたんだ」
バーシェの子供はよく死ぬ、というのは前々から知られていたことだが、数年前にようやくエーテルとの因果関係が解明された。当時の7割の子供がいなくなり、国が重い腰を上げて規制に乗り出したほどだ。
そして12歳以下は探掘坑への侵入を禁止され、探掘坑へは許可証を持った探掘屋の同行が必要になった。だからファリンはしつこくムジカに同行を迫っていたのだ。
しかしそれも正確な年齢がわからない孤児の場合、12に見える体格になったら素通りさせるため規制は有名無実と化している。今でも労働力として使っている探掘屋はいたし、ムジカが12歳になった年に規制されたため、正直恩恵を受けた側でもあった。
それでもムジカは、悪影響が明確なファリンをつれて入ることはできないと思うのだ。
「エーテルに強いあたしでも、一度潜ったら一日以上は空けないとエーテルの影響が抜けない。子供はもっと抜けづらい。それにな、ファリンはあたしよりも目端が利くし、頭もいい。ならこんなやくざな商売なんてやらずに、地上のまっとうな商売について欲しいんだよ」
ファリンがあの年齢で身を立てていけるのは、間違いなく彼の才覚に寄るものだ。
探掘で一発逆転を狙わずともこのままいけば、下層から中層に上れる。ならば自分から体を壊しに行くことはないと、そう思うのだ。
「ムジカはファリンが探掘屋をやるべきではないと、考えているから拒絶しているのですか」
「あたしのちゃっちい感傷だよ。ファリンにはそんなことどうでもいいから、潜らせろ! って言われるだろうし。金を手っ取り早く稼ぎたいんだって言われたらおしまいだしよ」
ムジカは選ぶことができなかった。
「だからあたしはこれからも、ファリンは連れて行かないんだ」
「ムジカはなぜ、探掘をしているのですか」
ラスに訊ねられ、ムジカははっと彼を見上げた。
その紫の瞳に他意はない、わかっている。こいつは気になったことを聞いただけ、何かに配慮できる情緒はないのだから。
女の身で父親に押し付けらられた膨大な借金を返すためには、娼婦か探掘しかなかった。
だが、もう一つ続ける理由があるとすれば。
湧き上がる焼き付くような憎悪と渇望に、ムジカは無意識に奥歯をかみしめた。
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「知りたかったんだ」
ぽつん、とつぶやいた言葉は、迷子の子供のように頼りないとムジカは自嘲した。
言葉として認識できない悲哀や怒りの声を上げる人間達は、それだけの強い感情があったのだ。エーテルがそこに焼き付けるほどの強いものが。
それなのにムジカは消えていってせいせいしたはずの人間に囚われて、振り払えないでいる。
「ムジカ、知りたかったというのは」
「この話は終わりだ」
「……はい」
拒絶すれば素直に従ってくれることは助かると、ムジカはまた一つ一つ消えていく亡霊達を眺める作業に戻るなか、心の澱を吐き出した。
「ざまあみろ」
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