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錬金街4
しおりを挟むあれだけの衆目の中で不良品が混ざっていると周知されたのだ、十分な仕返しになったことだろう。
店主が粗悪品をつかまされたのか、錬金術師と結託して売っていたのかはわからないが、あの焦りようからすると後者のほうが可能性は高い。
ともあれムジカの胸はすいたのでよしとしたが、看過できないことがあった。
十分に離れたところで、ムジカはラスに向き直って詰め寄った。
「なんてことしやがるんだ! あたしたちは目立っちゃいけないんだぞ」
「何を怒っているのですか」
なにがいけなかったのか全くわかっていない様子のラスに、ぐああと頭をかきむしったムジカは指を突きつける。
「お前は、人に、擬態しなきゃいけないんだ! 人間はなるべく傷つけない、争いごとはなるべく起こさない! なにより目立たない!」
「具体的にどのようなことをすれば良いのでしょう。定義が曖昧で命令を遂行することができません」
表情が変わらずとも明らかにわかる困惑の色に、ムジカはどっと疲労が増した。なまじ高度な思考能力を有しているせいで、命令をしたとしてもその命令を正しく遂行するために知識が必要なのだ。説明しなければわからない。
だがムジカには、どこをどう説明すればこの赤ん坊のような青年人形に理解させられるのかわからなかった。
「まずは、人間がどう言うものか学んでくれ。生活の仕方から、受け答え方、全部だ。特に感情については優先的にだ。おい、かがめ」
「は、ひ……?」
素直にかがんだラスは、ムジカに頬を引っ張られて間抜けな声を出す。
人間の皮膚とは違う感触だが、顔は柔らかい素材でできているのだなとムジカはどうでもいいことに気づきつつ、すわったまなざしで言った。
「その人形顔じゃあ疑ってくれって言ってるようなもんだ。せめて表情が動かせるようになってくれ」
「俺は奇械です」
「だからまねでいいって言ってる。あたしもお前が何考えてるのかわからないから薄気味悪い」
「うすきみわるい」
ムジカはどことなく神妙な顔になった気がするラスの顔を引っ張るのをやめた。完璧に整った顔を崩すのは大変に愉快だったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
「それは、命令ですか」
「ああ、命令だ。あたしと円滑に暮らすために、感情を学習しろ」
「了解しました、ムジカ。……ですが感情を学ぶには何をしたらいいでしょう」
そこまでは考えてなかったムジカは言葉に詰まり、視線をさまよわせながらも言葉を紡ぐ。
「まあ、観察、とか? 人間を見て覚えるとか?」
「では先ほどムジカが覚えていた感情を教えてください」
「そう来るよな……」
少し面倒さが混じるが、ムジカは一つ一つ思い返してみる。
「あんたへの怒りと、いらだちと、後はそうだな……すかっとした!」
「すかっと?」
「あの店主の青い顔見ただろ? あれは気分良かった。馬鹿にするんなら、やり返される覚悟を持ってもらわないとな。そういう面ではお前、役に立ったな」
ムジカだけであればその場から去るだけだったろう。なし崩し的にラスが騒動を引き起こしたために、派手に発散することができた。
怒りはしたが、あまり根に持たない質のムジカはすっきりしていたのだ。
「怒っていないのですか」
「さっきまでは怒ってたけどな、もう気は済んだよ。そうだ、貸本屋に寄ろう。あんたに必要な知識を勉強するためにもな!」
本は高い。だが質問攻めされる回数を減らして、ムジカの心の安寧を手に入れるための投資だ、喜んで支払おう。
「了解しました、書籍で学習します」
なかなか良い案のように思えて気をよくしたムジカは、困惑するラスの手を引いて歩き出したのだった。
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