そうして、誰かの一冊に。

浅野新

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 気付くと僕が乗っている白い道産子が首を上下に激しく振りながら歩いている。別の道産子に乗り先導する友人の兄に、ずっと首を振っているが何か問題があるのかと聞くと、手綱を強く引きすぎていると言われた。しかしゆるめると馬は自由だとばかりに途端に駆け足になって走り出そうとする。振り落とされそうになり慌てて手綱を引くとしぶしぶ歩き出すが首は不満げに上下に揺れたままだ。なめられている、と苦笑した。

 まだ雪深い三月の時期をなぜ選んだのかと言えば、単純に会社を休めるのがこの時期しかなかった事とホテルや飛行機代が安かったからだ。旅行や出張の折に焼香をしに寄ってくれる関西時代の友達は多いと、電話をした時に友人の母親は言っていた。その後友人の実家に着くと彼の兄が出てきて、申し訳ないが先の弔問客がいるので良ければ乗馬をしていかないかと言ってきたのだった。生前の友人の話から、彼の実家が牧場を営んでいる事、十数頭道産子を飼っている事、観光客向けに乗馬体験をしている事は知っていた。

 そうして僕は今、雪一面に覆われ境目がなくなった、どこまでが彼らの牧場なのか分からない広大な土地の中を道産子に乗ってしずしずと歩いている。
 時々こちらに気を使ってぽつぽつと話しかけてくる友人の兄を見た。初めて会った兄は友人に似ているようにも似ていないようにも見えた。しかし彼の声は、何気ない相槌やふとした瞬間にぎくりとするほど友人に似ていてその度に心がざわりとかき乱された。乗馬をして少し気分転換ができた感情が再びじわじわと不安なものへと傾いていく。

 友人の遺影を前にした時に強い後悔と共に泣き伏さない自信がなかったのだ。
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