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ピーターが僕を辛そうに見ている。
「上の動揺は隠していてもやがて下にまで伝染する。モーリスの件がいい例だ。例の、君の担当だった図書館員の初老の男性だ。__彼も君に疑問を持ち始め、勝手に独自の判断で動き出した。・・だから消された。君に罠をしかけ、規則を破らせようとしたらしいな。・・・彼は君の長年の担当だったのにな・・・、いや、だからか・・・」
彼の後半の声が、暗く沈んだ。
ふいにニナが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「私は賛同していたのよ。完璧な人間を作る、素晴らしい実験だって。なんとしても成功させたいって。それなのに、失敗する事が目的なんて! こんな、こんな実験なんてひ、ひどすぎるわ。いいえ、計画自体が元々誤りだったのよ。あ、あなたを犠牲になんかさせないわ」
ピーターも頷く。
「サクヤ、君には生き残って欲しい。その為には、今の事は何も聞かなかった顔をして、39を読み続けるんだ。実験が公開されているのは表向きの理由だ。今まで通りしていれば、政府も君に手を出せない。実験自体も将来なくなるかもしれない」
僕は二人を見つめた。
悲痛な顔。
ピーター。
ニナ。
二人に尋ねる。
「・・・一つ聞いていい? 」
おとうさん。
おかあさん。
「ピーター達は大丈夫なの」
秘密を話してしまって。
二人の顔が一瞬青くなった。しかし、すぐに平静に戻り、ピーターが言った。
少し声が震えている。
「・・・大丈夫だろう。今の話が聞かれていなければ。・・・ただ、政府は親子の情を嫌う。正確に実験ができなくなるからとな。だから一家でどこかに出かけたり、一緒に行動する事は歓迎されない。特に子供が成人してからは。・・・僕達は親の任を解かれるだろう」
ニナのすすり泣く声が大きくなった。
「・・・そう」
39の為に集められた家族。
39の為に、別れる。
「ニナ、ピーター」
僕は二人を交互に見た。ゆっくりと。
「今日聞いた事は、絶対誰にも言わないから。だから、二人とも」
元気で。
「サクヤ!! 」
最後の言葉を言い終わらないうちに、ニナが僕に抱きついた。
「愛している。愛してるわ!! 」
愛してるのよ。
愛してるのに。
彼女のくぐもった叫び声が、僕の胸に響く。
一瞬ためらったが、僕も彼女をそっと抱きしめた。
微かに甘い香りがする。
今までこんな風に抱きしめてもらった事はなかった。
あいしていると言われた事も。
「最後に、聞いておきたい事があるんだ」
ニナが落ち着き、僕から離れるのを待ってピーターが言った。
「サクヤ、君はどうして・・・、いや」
そこで彼は珍しく躊躇した。
「いや、今のは、聞かなかった事にしてくれ」
そうして僕の両肩にしっかりと手を置いた。
「サクヤ、絶対負けるなよ。意地でも39を読み通すんだ。ずっと応援しているから。僕も、ニナも」
「うん。僕は大丈夫だから。二人で幸せになってね」
すると、ピーターの目から涙がこぼれおちた。僕が見た、最初で最後の涙だった。
彼は僕を強く抱きしめ、絶叫した。
「すまない・・・! サクヤ、すまない・・・!! 」
僕は頷きながらピーターを抱きしめた。自然に涙が溢れてくる。
二ナは顔をくしゃくしゃにしながら、もたれかかるようにして僕達の肩を撫でさする。
ふと。
かつて読んだ39の中の、セリフが思い出された。
「場所は遠く離れていても、精神的に絶対離れられない。それが家族なの。だから、安心して行ってらっしゃい」
安心して、行ってらっしゃい。
さよなら。
ニナ。
ピーター。
穏やかな湖を前に、僕達三人は一つの固まりとなって、ただ、泣いていた。
「上の動揺は隠していてもやがて下にまで伝染する。モーリスの件がいい例だ。例の、君の担当だった図書館員の初老の男性だ。__彼も君に疑問を持ち始め、勝手に独自の判断で動き出した。・・だから消された。君に罠をしかけ、規則を破らせようとしたらしいな。・・・彼は君の長年の担当だったのにな・・・、いや、だからか・・・」
彼の後半の声が、暗く沈んだ。
ふいにニナが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「私は賛同していたのよ。完璧な人間を作る、素晴らしい実験だって。なんとしても成功させたいって。それなのに、失敗する事が目的なんて! こんな、こんな実験なんてひ、ひどすぎるわ。いいえ、計画自体が元々誤りだったのよ。あ、あなたを犠牲になんかさせないわ」
ピーターも頷く。
「サクヤ、君には生き残って欲しい。その為には、今の事は何も聞かなかった顔をして、39を読み続けるんだ。実験が公開されているのは表向きの理由だ。今まで通りしていれば、政府も君に手を出せない。実験自体も将来なくなるかもしれない」
僕は二人を見つめた。
悲痛な顔。
ピーター。
ニナ。
二人に尋ねる。
「・・・一つ聞いていい? 」
おとうさん。
おかあさん。
「ピーター達は大丈夫なの」
秘密を話してしまって。
二人の顔が一瞬青くなった。しかし、すぐに平静に戻り、ピーターが言った。
少し声が震えている。
「・・・大丈夫だろう。今の話が聞かれていなければ。・・・ただ、政府は親子の情を嫌う。正確に実験ができなくなるからとな。だから一家でどこかに出かけたり、一緒に行動する事は歓迎されない。特に子供が成人してからは。・・・僕達は親の任を解かれるだろう」
ニナのすすり泣く声が大きくなった。
「・・・そう」
39の為に集められた家族。
39の為に、別れる。
「ニナ、ピーター」
僕は二人を交互に見た。ゆっくりと。
「今日聞いた事は、絶対誰にも言わないから。だから、二人とも」
元気で。
「サクヤ!! 」
最後の言葉を言い終わらないうちに、ニナが僕に抱きついた。
「愛している。愛してるわ!! 」
愛してるのよ。
愛してるのに。
彼女のくぐもった叫び声が、僕の胸に響く。
一瞬ためらったが、僕も彼女をそっと抱きしめた。
微かに甘い香りがする。
今までこんな風に抱きしめてもらった事はなかった。
あいしていると言われた事も。
「最後に、聞いておきたい事があるんだ」
ニナが落ち着き、僕から離れるのを待ってピーターが言った。
「サクヤ、君はどうして・・・、いや」
そこで彼は珍しく躊躇した。
「いや、今のは、聞かなかった事にしてくれ」
そうして僕の両肩にしっかりと手を置いた。
「サクヤ、絶対負けるなよ。意地でも39を読み通すんだ。ずっと応援しているから。僕も、ニナも」
「うん。僕は大丈夫だから。二人で幸せになってね」
すると、ピーターの目から涙がこぼれおちた。僕が見た、最初で最後の涙だった。
彼は僕を強く抱きしめ、絶叫した。
「すまない・・・! サクヤ、すまない・・・!! 」
僕は頷きながらピーターを抱きしめた。自然に涙が溢れてくる。
二ナは顔をくしゃくしゃにしながら、もたれかかるようにして僕達の肩を撫でさする。
ふと。
かつて読んだ39の中の、セリフが思い出された。
「場所は遠く離れていても、精神的に絶対離れられない。それが家族なの。だから、安心して行ってらっしゃい」
安心して、行ってらっしゃい。
さよなら。
ニナ。
ピーター。
穏やかな湖を前に、僕達三人は一つの固まりとなって、ただ、泣いていた。
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