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十四突き目 仲間

夢ってなんだろ

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恵と琴音は、涼介の過去も気になったが、とおるが自分の作った漬け込み酒で商売をしたいと夢を語ったことに驚かされた。
また、ただのお嬢様だと思っていた蓮実が、事業主であって自立していることも驚きであった。
蓮実から預かったマンションの鍵を受け取り、店を出た恵と琴音は無言のまま駅前のマンションを目指していた。
恵は、何故か歩のことを考えていた。
好きな男のために、性別適合手術をして、女になり裏切られた。
これも、歩の夢を叶えるために突き進んだ結果ではあるのだが。
これも、おもいやり。
おもったら、やる。
恵は、歩をすごいと思っていた。
結果はどうであれ、自分の気持ちの思うまま行動した歩を心底すごいと思った。
それに引き換え、俺は何をしているんだろう?
そう考えると落ち込んでしまっている恵であった。
恵の横を歩く琴音が、そんな恵を見ていたのか、そうでなかったか定かではないが、不意に恵に語り始めた。
「すごいね、恵さん」
「え?」
「おもいやり。恵さんもそれが出来ちゃう人なんだね」
そんなことは、なかった。なんの夢もなく、いつも一城さんたちに助けられて、自分では一切何一つおもいやることなど出来ていなかった。
「僕なんか、まるきりダメだよ」
「そんなことない。だって恵さんは・・・」
琴音は恵の前に出ると、落ち込んで下を向く恵の両の頬を両手で包むと持ち上げた。
「琴音?」
見つめ合う恵と琴音。
「恵さんは、すごいよ。だって、私を助けに一人で来てくれたじゃない」
「あれは、ただ、無我夢中だったから」
「でも、おもったからやったんだよね」
「え?」
琴音の瞳が揺れていた。
恵の両目を交互に見ていたのもそうだが、目の中の光が歪んで頬を伝って流れ落ちた。
「私のために、駆けつけてくれたじゃない。嬉しかった」
「琴音・・・」
琴音が不意に恵に抱きついてきた。
恵もそれに答えるように、抱きしめ返した。
琴音が可愛かった。さっきまで、落ち込んでいた気持ちがどこかに消えてしまっていた。
琴音の涙が、恵の胸を濡らしていく。
「大好き・・・」
琴音の素直な言葉だった。
「ありがとう、琴音」
恵は、胸がいっぱいになった。
幸せだった。こんなに自分のことを好いてくれる人がいてくれることが、嬉しかった。大事にしたいと思った。
お互いが求めるように、唇を重ね合った。
同化してしまいたいと思うほど、二人は繋がって離れなかった。
恵は、琴音に言いたいことがあった。
唇を離す恵は、琴音の潤んだ瞳を見つめる。
「琴音?」
「はい」
いつになく、素直な琴音がそこにいた。
今なら伝わると思った。
「琴音、僕は君の笑顔と喜びの涙をずっと見ていたい」
「恵さん?」
「僕の夢を叶えるために、琴音が必要だ」
「夢?」
「うん、夢だよ。さっきまでは、なかったけど今ならはっきりしている」
「どんな夢?」
恵は、言葉にしようとして急に恥ずかしくなった。
「笑わないで聞いてくれるか?」
笑みを浮かべる琴音は、涙をそのままに恵を見る。
「うん、聞く」
「僕は、君と・・・」
「うん」
「君と、僕と琴音の子供とこれからの人生を歩きたい」
「え?それが、恵さんの夢?」
「変かな?」
「そんなことない。いいと思うよ」
再び、琴音の瞳が激しく揺れ始める。
「素敵な夢だね。でも、恵さん一人では叶わない夢だね」
「うん、そうなんだよ。どうしたら、叶えられるかな?」
「難しいね、どうしたら、いいんだろう」
意地悪を言ってみせる琴音だった。
「どうしたら、いいと思う?琴音なら」
「そうだね、それは・・・」
「それは?」
琴音がクシャっと、笑顔になると涙がこぼれ落ちた。
「私の夢を実現出来れば、叶うね。その夢」
「え?」
恵は、それはなんだろうと考えた。
「恵さん、わからないの?」
「あ、ごめん、わかんないや」
「本当に?鈍いんだから」
言うと再び、恵に抱きつく琴音だった。
「ちょっ、それってどんな夢さ。教えてよ」
「どうしようかな~」
「ええ、はぐらかさないで教えてよ」
「うふふふ」
琴音が嬉しそうにはしゃいだ声を出す。
「ところで、恵さん」
「ん?」
「さっきのは、正式なプロポーズって、ことだよね?」
「えっ?」
プロポーズ そう言われると、そうなのだが、そのつもりで言葉にしたわけではなかった。
思うまま言葉にしたものだった。
「違うの?」
琴音にしては、珍しく頬を膨らませて、口を尖らせた顔をしている。
「違わない、ぷ、プロポーズだよ」
「わかった。だったら返事をしなくちゃね」
琴音は、恵から離れると一歩下がった。そして、深々とお辞儀をした。
「え?何、どうしたの?」
顔を上げた琴音は、目を輝かせている。
「プロポーズの返事を今するね」
その言葉に、思わず直立不動になる恵。
「は、はい。お願いします」
「じゃあ、言うね」
「う、うん」
恵は、ドキドキしていた。
ここまで、気を持たされ、何かの番組みたいに(ごめんなさい)なんて、言われるのではないかと、ビクビクしていた。
「あ、恵さん、もう一度、プロポーズしてくれませんか?それに対して、お返事したいので」
「えええ」
こんなにドキドキしているのに、もう一度、言えというのか。
「お願い」
手を合わせる琴音に、うんうんと答える恵。
「わわわ、わかった。言うよ」
「では、どうぞ」
どうぞって、言われると余計に言えなくなるもので
恵は、生唾をゴクリと音がなるほど、音を立てて飲み込んだ。
緊張のあまり、言葉がうまく出てこなかった。
「こここここ」
「にわとり?」
「ちが、こここ琴音」
「はい」
「ぼぼぼぼ」
「蒸気船?」
「ちが」
音当てクイズをしている二人。
「えええと、なんだっけ」
恵は、さっき言った自分の言葉を思い返していたが、緊張してなんて言ったのか、思い出せなかった。
ちょっと、意地悪な琴音が目の前にいた。
琴音はニヤニヤとしながら、恵の言葉を待っている。
「ぼ、僕と・・・」
「はい」
(あ~、さっき、どう言ったっけ?)
「ぼ、僕と」
「僕と?」
やや前のめりになる琴音。
いつになく、幸せそうにしている琴音が目の前にいた。
それを見た恵は、暖かい気持ちになっていた。
ふっと、緊張が解けたような気がした。と、不意に言葉が口から出てきた。
「ぼ、僕の子供を作って欲しい」
(何言ってるんだよ。俺は)
「子供?産めない身体だったら、どうするの?」
(確かに)
「え?そうなの?いや、あの、そしたら・・・そしたら、養子でもいいよ」
「なら私は、いなくてもいいよね?」
(ご、ごもっともです)
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「ええと、だから」
「だから?」
「だから、養子でもいいけど」
「けど?」
「けど、奥さんがいないとね」
「じゃあ、私じゃなくてもいいよね?」
(いや、子供が欲しいだけじゃなくてだね。それは、ダメ)
「ダメ」
「なんで?」
「なんでって、奥さんが君じゃなきゃ意味がないだろ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
「ふーん、それで?」
「それで?」
「うん」
「えと、あの・・・」
「うん」
「だ、だから・・・」
「だから?」
困り果てる恵を見て、クスクスと笑い始める琴音は、助け舟を出す。
「じゃあ、私から聞くね」
「あ、うん」
「誰と結婚したいの?」
「きみ」
「君って?」
「琴音」
「ああ、琴音って人がいるのね」
「あ、いや、奈良岡琴音です」
「なるほど、でその奈良岡琴音って人とどうしたいの?」
「あ、そか、なるほど、わかった」
「ん?」
ゴホンゴホンと咳払いをする恵。
「奈良岡琴音さん」
「はい」
「ぼ、僕と結婚して下さい」
「はい」
「でもって・・・え?」
恵は、何気に答えた琴音の返事を聞き逃す所であった。
「ん?」
「今、はいって?」
「はい」
「それって、返事ってこと?」
「はい」
「マジで?」
「はい」
「プロポーズの返事ってこと?」
「そうですけど?」
「本当にいいの?」
「どうして?嫌なの?」
「い、いや、そうじゃなくてね」
声が上ずっている恵。
「じゃあ、いいよね?」
「はい」
「よし、これでプロポーズの返事は出来たね」
「はい」
立場がいつのまにか逆転していた。
「これで、私の夢は叶ったよ」
「え?」
「あとは、恵さんの夢を実現するだけね」
「夢?」
「もう一つ、あったよね?」
「もう一つ?」
「新居に帰ろう。恵さん」
もう一つの夢、僕と琴音の子供とこれからの人生を歩きたい。
思い返しただけで、顔から火が出るようだった。
この夢を実現するために、することといえば?
琴音は、恵の手を取ると鼻歌混じりに軽い足取りで歩き始めた。
「あ、あの、琴音さん?」
琴音に引きずられるように、手を引かれていく恵だった。
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