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四付き目 憧れの人
恵の回顧録から
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~・~
一城さんには、好きな人に「思い切り飛び込むだけだ」と言われたが、それが出来るくらいなら何の苦労もなかった。
一城さんとの関係だって、俺を引っ張り込んでくれたから関係が出来たのであって、自分から切り拓いた道ではなかった。
あれから、俺は一城さんのところに泊まることが多くなって、着替えなどを持ち込んでいるうちに一緒に住むようになっていた。いわゆる同棲ってやつで、毎晩のように関係を持ち、ほぼ毎日が裸で寝起きしている。
俺に抱きついて眠る一城さん。気づくと太ももに、一城さんのものが乗っかっているなんてことも、日常であった。
他の従業員の二人も、俺たちの関係を知っている。
自宅兼事務所になっているから、気づかないはずがない。
来社すると、いつも俺がいるし、ある時は、俺が一城さんを咥えているところを見られてしまったことがある。
なんにしても、俺は一城さんの敷いたレールの上を、ただ走って、いや歩いているだけに思えてしまうことがある。
心底、一城という男を愛しているのかもわからなくなる瞬間がある。
一城さんは、確かにいい男で、胸が苦しくてたまらなくなることもある。
でも、それは単に行きずりにすれ違った男に、胸トキメかせるだけのものに思えてくる。
所詮は、到底手の届かないところにいる人なのだ。と、諦めてしまいたくもなる。
一緒にいることが、イヤな訳ではない。
ただ・・ただ、このままで、本当にいいのか? と、疑問だけが残る。
今日も目覚めのHから始まった。
挿入されることに慣れてきた俺は、この行為が好きだった。
何より、最近では、一城に挿入されたままイケるようになったことだ。メスイキと言われ女性が何度となくオーガズムを感じることの出来る男版。何度もイケてしまうのがすごかった。足をガクガクと震わせ、女性のように声を上げる。意識が遠くなり、白目を剥くほどだ。でも、射精はしていない。おしっこをしたい衝動にかられ、気づくと白い液体を垂れ流している。体に力が入らない。
一城さんもまた、俺の体で上り詰めて果てる。
こんな俺でも、喜んでくれる人がいるというのは、至極幸せなことだった。
イッた後も、いたわってくれて、優しい一城さん。
よく女性が言う。彼は終わると冷たい。と、
男は果てると一気に冷める。その分、熱くなるのは速い。それに対して、女は果てた後も余韻に浸りさらに相手を求める。その分、火が付くまで時間がかかる。
熱しやすく冷めやすいのが男。熱しにくくて冷めにくいのが女。
男と女のように、姓に落差があるよりも、ないもの同士のほうが、気が知れていて楽である。
男と男だから、味わえる達成感に似た充実感を味わえて、快楽に浸った後で腹を抱えて笑い合える。形にこだわらない気軽さがいいのかもしれない。
でも、男と女にも、共通したものはある。
何かを成し遂げるための日々の鍛錬、成し遂げた時の達成感に涙する。逆に成し遂げられず涙する。
見る人を感動させるのは、こういった瞬間に立ち会えた時だろう。
こういう時、男も女もない。
ふと、疑問に思ったことがあった。
男が女を見て「可愛い」と口にすると彼女は腹を立てる。
女が男を見て「格好いい」と口にすると彼氏が腹を立てる。
これが、子猫や虎になると、どちらも腹を立てない。
同じ言葉なのに明らかに違う。
違いは、明らかだ。
子猫と虎では比較の対象が違うからだ。
同種の比較に反発するのが人間。
子猫と虎に腹を立てないのは、比較ではなく共有になるからだ。
だったら、人も共有したらどうだろう。
男が女を見て「可愛い」と口にすると彼女も「可愛いね」と言うと男は女を見つめていられる。
女が男を見て「格好いい」と口にすると彼氏も「格好いいじゃん」と言うと女は男を見つめていられる。
ん?共有って、こういうもん?
~・~
コンと頭を叩かれ我に帰る恵。
「何、ボザーッとしてんだよ。そこだけ、削れちまうだろが」
と、一城さんが拳をかざしている。
ハッとする恵は、ポリッシャーを回していた。
一か所で、動かずにいたから、そこだけ床が削れてドーナツみたいな跡が付いている。
「今夜会うからって咲ちゃんのことばっか考えてんじゃねえよ」
「ち、違いますよ」
ポリッシャーの重心を一片に集中させた為パッドが外れてズレた。中心がズレてしまったポリッシャーは暴れ始める。
バタンバタン、スイッチを切りたいが、片手で押さえていられない。
恵は、ポリッシャーに振り回される。
一城が、コンセントを抜くと、ピタリとポリッシャーが停まる。
「何してんだよ、あっぶねえな」
「すみません」
今夜、咲ちゃんと、まさるさんの店に行く約束をしていた。もちろん、一城さんも一緒だった。
幼馴染みで、昔から好きだった女の子、才田咲。
正直、今夜、会えることが楽しみだった。
「ほら、また止まってる。さっさと片付けねえと、間に合わなくなるぞ」
一城が、再び発破を掛ける。
「あ、はい」
ポリッシャーを倒すと、パッドを付け直す恵。
「ったく」
腕を組み恵を見る一城は、口元を緩める。
・・
「お疲れ」
一城が応援に来ていた仲間に、手を振る。
「お疲れ様です」
ワゴン車の運転席に恵が乗り、一城は助手席へ。
恵が最近は運転を任されている。
助手席で、電話対応やら書類確認などが出来るからと運転を変わることになった。
大抵は、一城は腕を組んで天井を仰ぎ、いびきをかいて寝ている。
こういう時は、恵が好きな音楽を聴いていいことになっていた。
今がそうであった。
今流れている曲は、シュガー、実際の結婚式でバンド演奏が始まるとまさかの本人が現ると言うサプライズPVがあって、よく咲と見ていたのだ。
勝手な想像が恵をニヤケさせている。
一城の家に着くと、まだ、高いびきの一城。
CDを取り替えて、お気に入りを流す。
ガバッと起き上がる一城は寝ぼけながら
「今、泉ちゃんと、いいことしてたよ」
「いいことって?」
「手を繋いで、お散歩するんだよ。決まってんだろ?」
(Hな妄想はないのか?それだけ、純粋なんだろうな)
「で、そのあとは・・・」
(まだ、続きがあるんだ)
「へへへへ」
よだれを拭う一城。
(やっぱ、そっちだよね~)
ワゴン車を止めるとドアを開ける恵。
「先に、シャワー借りますね」
「しっかり、洗っとけよ。恵」
いやらしい顔をする一城。
「あ、洗いますよ。普通に」
「掘られるなよ」
「咲ちゃんからは、掘れませんから」
「ああ、掘るつもりなんだ」
「な・・・」
言葉に詰まる恵は、咲の二つの穴を想像する。正確には三つなのだが。男より一つ穴が多いのが女の子だ。
「早く、入ってこいよ」
一城が、真顔になる。
「は、はい」
風呂場に入ると、鏡に映る自分を見る。
「なんだか、頼りないよな」
普段から一城の体ばかり見てきた為、錯覚を起こしていた恵。
胸に手を当てると、白くて平らだった。
はあと、肩を落としながら、下を見る。
「おい、咲ちゃんに入れるか?」
一城に、イジられることは、あっても最近は、何かに入ったことがなかった。
もし、入れたとして、満足させてあげられるかな?
「な、何考えてんだろ、俺は」
(どんな顔で、どんな声を出すんだろ?)
勝手な想像が、咲の表情をアレの顔に変えている。
透けて見えたパンTを思い出す恵。
ムクリ。下で反応するものがあった。
女の子を想像して反応したのは、しばらく振りだった。
・・
最寄りの駅で、待ち合わせていた。
一城は、先にまさるの店で待つという。
ドキドキしながら、咲を待つ恵。
駅での待ち合わせか・・・
先日の橘 歩との事を思い出していた恵。
「確か、そろそろだったな。退院」
「退院?誰が?」
不意に後ろから声がかかり驚く恵。
見ると、咲が立っていた。
「え、あ、いや、咲ちゃんの知らない人だよ」
「なんだか、怪しいな」
「そそ、そんなことないよ」
歩き始める恵、それに続く咲。
「そういえばさ。最近、歩に会った?」
ドキリとする恵。
「え?」
先日、会ってHしたよ。とは、さすがに言えないので、嘘をつく恵。
「ここ、何年か、会ってないけど?歩がどうかした?」
なんでもないよと、手を振る咲。
「いや、会ってないならいいや。あれから、どうしたかと思ったから」
(あれから?)
「あれからって?咲ちゃん、会ったの?」
「え、あ、うん、歩。手術するって話してたから」
(しまった、咲ちゃん、知ってたんだ)
「へ、へえ、何の手術?どこか、悪いの?」
嘘はつくほど大きくなる。
(何してんだ、俺)
「せ、性別適合手術だって」
「え?それって、性別を変える?」
しらばっくれる恵。
「う、うん、お、女の子になるんだって?」
顔を赤くする咲。
「はあ?え、あ、歩が女の子?」
(ああ、死にたくなってきたぁ)
「く、詳しい話は、歩から直接聞いて」
(そういえば、咲ちゃん、歩のこと、歩って呼び捨て、どういう間柄なんだ?)
「あ、うん、そうするよ」
「うん、でも、恵くんなら、知ってるかと思ってたな」
(知ってたよ、咲ちゃん。嘘ついてごめん)
商店街を歩く二人。
「ここを抜けるともうすぐだよ」
「そうなんだ」
咲は、後ろ手に組むと軽くスキップをする。
なんだか、嬉しそうだった。
まさるさんの店に到着する。
カラカランと、扉を開くと、パンパパンと、いきなりのクラッカーが鳴る。
「いらっしゃーい」
まさるが、煙の残るクラッカーを持って出迎える。
一番奥の席から、先にやってるよ。グラスを掲げる一城。
「よく来たわね。咲ちゃん。いらっしゃい」
「今夜は、お世話になります」
「恵ちゃんの友達だもの、気軽に楽しんでね」
「はい、そうします」
一城のとこまで来ると恵が一城に声を掛ける。
「もう飲んでるんですか?一城さんは」
「飲みに来たからな。いらっしゃい、咲ちゃん」
言われていた通りに、咲と呼ぶ一城。
パッと明るい顔になり笑みを浮かべる咲。
「先日は、お疲れ様でした。社長も喜んでました。また、何か頼むかって」
「それは、良かった。郷田さん、満足してくれたんだ」
一城の横に座る咲。の横に、一城と咲を挟むように座る恵。
ぷっと、何かを思い出して吹き出す咲。
「社長、一城さんの話、よくするんですよ」
「え?どんな?」
「あれは、俺が更生したんだ。とか、あれは喧嘩っ早くてな。とか、あと・・・」
(咲ちゃん、なんか変わったな)
こんなに積極的に話しかけるのを、初めて見た気がしていた恵。
歩も自分の道を見つけて歩き始めようとしている。
咲ちゃんは、世間に揉まれ少し大人びた印象を受ける。
それなのに、俺は。
下を向く恵に、まさるが声をかける。
「何か、飲む?」
恵は、ハッとして顔を上げた。まただ。
またしても、心の内を読み取られたか、恵があからさまに落ち込んで見せていたのか、誰かが気遣って声をかけてくれる。今もこうして、まさるがニコリとしながら声をかけている。接客ならば当然といえばそうかもしれないが、こういった心遣いがすごく嬉しいと思えた恵だった。
恵は、気を取り直すと笑顔を浮かべた。それを見たまさるが、そうよ、頑張ってと言わんばかりに片目をつむる。
「まさるさん・・・いつもの、下さい」
「はい、特製ね。待ってて」
生き方に迷いのない、まさる。そして一城。
どうしたら、こんな風になれるのだろうと思った恵。
咲が恵の注文が気になって、振り返った。
「ねえ、恵くん。特製って、何?」
「これよ」
まさるが、咲の疑問に答えるかのように特製野菜ジュースを差し出してきた。
「これが、特製?」
咲が、まさるを見る。
「ブスな、あなたにおすすめよ」
「ママに、言われたくないわ」
咲がサラッと答える。
「言うわね~、残したりしたら承知しないから」
「大丈夫、残ったらトイレに流しておくから心配しないで」
「まったく、口の減らないガキね」
「ほんと、口数が多すぎる年寄りには困ったものよ」
「まあ、くやしい」
得意げにグラスを持つと、かざしている咲。
「うええ、キモ」
「飲んでから言いなさいよ」
グビッと、口に含む咲は、口の中で転がすように味わうとゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
「うえ、これ、泥じゃん」
「・・・」
咲ちゃん?まるで別人に見える咲を口をポカンと開けて見る恵。
この様子を見ていた一城が、たまりかねてブッと吹き出して、笑い出した。
「ほらな、まさる。やっぱり、泥だろ?あはははは」
「笑うことないじゃないのさ」
口をへの字にするまさるを他所に、咲はどんどんグラスを傾けていく。
なんだかんだと、グラスを空けてしまった咲は、手拭きで口の周りを綺麗にした。
「うええ、口の中が、気持ち悪い。ママ、おかわり」
カウンターにコトリと置かれた空のグラスを見て、一城とまさるが顔を見合わせて、目を丸くしていたが、膝を叩いて笑い出した。
「今度、私も作ってみようかな?」
「あなたにこれが作れる訳がないじゃないの」
グラスに野菜ジュースを注ぐまさるにメモ用紙を差し出す咲。
「仕方がないから、作り方。聞いてあげるわ。教えてくれる?ママ」
咲は、口の周りを野菜ジュースで赤くしたまま、ニコリとすると舌でそれを舐め回した。
「企業秘密なのよ。教える訳がないじゃない」
まさるは、鼻歌まじりに差し出されたメモ用紙に作り方を書くと咲の前に差し出した。機嫌の良くなるまさるを見た一城は、咲を見て感心した表情を浮かべている。早くもまさるに気に入られたのがわかったからだった。
会話が盛り上がり、めぐみ & あゆみ の、話になった。
「なるほどな、恵は可愛いからな」
「私の通ってた女子校でも、すごく話題になってて、名前から二人のことだって、すぐにわかりました」
一城と恵に両脇を挟まれ、前からはまさるが身を乗り出して、咲の話に聞き入っている。
「へえ、他校にも、噂が広がるほどか。ある意味すごい人気だな」
「そうなんですよ、女の子より可愛いって噂がすごくて、みんなで見にいこうかって話にまでなったくらいで」
一城は、恵の顔を覗き込むと
「良かったな、恵。モテモテじゃないか」
「ちっとも、嬉しくないです」
恵は両手で包むように持ったグラスを傾けて、への字の口に流し込んでいる。
「そういえば、この間、会いに行った友達って、歩くんだったよな?」
「え?」
咲が顔を上げて恵を見る。
咲の顔がまともに見れない恵。
歩とは、会っていないと嘘をついたことが咲にバレてしまった。
一城が、話を続ける。
「そろそろなんだろう?退院」
咲が、ガタッと席を立つ。
「どうしたの?咲ちゃん?」
一城が、驚いている。
「す、すみません、今日はご馳走様でした。私、帰ります」
なんか、怒ったように出て行く咲。
「俺、なんかまずいこと言ったか?」
恵が一城に首を横に振って答えると、咲の後を追う。
「咲ちゃん、待って」
外に出ると、ツカツカと足早に歩く咲。
それを、追いかける恵。
「待ってよ、咲ちゃん。待って、てば」
立ち止まる咲の肩が震えている。
「咲ちゃん、ごめん・・」
「ど、どうして・・」
「あ・・だから」
咲は振り向くと、涙で震える声で言う。
「どうして、嘘なんかつくのよ」
「あ、ごめん」
「知ってたなら、知ってるって言うだけじゃん」
「ごめん」
「謝ってばっかり・・・」
「・・ごめん」
言葉を失う二人。
「私ね、歩から、相談されたんだよ。手術のこと」
「え?」
「相談できる女の子は、咲しかいないって」
「そ、そうだったんだ、あいつ、そのこと何にも・・」
下を向く恵。
(なんで言ってくれないんだよ)
「言える訳ないよね?『俺、女になりたいんだよ、恵。』なんて、親友の恵くんに言えると思う?」
顔を上げて咲を見る恵。
「咲ちゃん・・・」
「私たちね・・付き合ってたの」
「え?」
「勘違いしないでね。付き合ってたって言っても、男女としてではないから。女の子の歩として、女の私と付き合ってたの」
「え?それって・・・」
「・・・全部、言わせないでよ。・・恥ずかしいから」
「あ、そう・・だね」
「歩ね、すごく悩んでたんだよ。『咲、私ね、好きな男がいるんだ。だから、女になりたい』って、でも、でも、大切な親友を失うんじゃないかって、怖がってた」
「歩・・・」
「私、女として、そんな歩を応援したいって思った。そばにいて、見守ってあげたいって思った」
「・・・」
「・・・ありがとね。恵くん」
「え?・・・なんで?」
「歩のこと、内緒にしようと、嘘ついたんでしょ?・・違う?」
「うん、まあ・・」
「なら、仕方ないよね。わかった」
涙を拭う咲。
「明日、退院予定なの。私と一緒に迎えに行ってくれる?恵くん」
「あ、明日なんだ・・退院」
「うん、生まれ変わった歩を迎えてあげようよ。二人で」
「うん・・・わかった」
「歩ね、退院したら告白するんだって、好きな男に」
「へえ、そういうことか。なら、やっと願いが叶うんだね、歩の」
「うん、願いが叶うの、歩の」
「そっかぁ、これで・・・これで、歩が幸せになれるといいな」
空を仰ぐ恵。
「うん、なれるよ、きっと。幸せに、歩なら」
釣られて空を仰ぐ咲。
「私もこうしちゃ、いられないな。私も、早く捕まえなくちゃ」
「え?」
見上げた恵の頬にキスをする咲。
「ありがとね。恵くんがいるから安心したよ。・・・歩のこと、お願いね」
「わかった、親友だからね。俺たち」
「うん、じゃあ、私行くとこあるから、またね。恵くん」
「うん、またね。咲ちゃん。また、明日だね」
「うん、明日ね」
手を振り走り去る咲。
キスをされた頬をさする恵。
「咲ちゃん・・」
まさるの店で、飲んでいる一城のスマホが鳴った。
見ると、登録のない電話番号が表示されていた。
「はい、どちら様ですか?」
〈わ、私です。才田咲です〉
「咲ちゃん?よく番号がわかったね。まあ、そんなことより、急に飛び出して行ったから、びっくりしたよ。大丈夫?恵とは、会えたの?」
〈はい、さっき、別れたところです〉
「そっか、なら良かった。で、俺になんか用事?」
〈あ、あの、折りいって、お話が・・〉
「うん、いいけど。いまどこに?」
〈まさるさんの店の裏通りにいます〉
「裏通り?」
まさるが、その言葉に反応する。
「わかった、今から行くよ。話はその後でね」
〈はい、ありがとうございます〉
ピッ
「まさる。裏通りで、咲ちゃんが待ってるんだ」
「裏通りで?わざわざ?いったい、なんなのかしら?店で話せばいいのに」
「よく、わかんないんだよ。折り入って話たいことがあるんだと」
「ふうん、相談事かしら」
「ま、ちょっくら、行ってくるわ」
「は~い、恵ちゃん戻ったら伝えておくわね」
「おお、頼むよ」
立ち上がる一城は、扉を開けて店を出て行く。
グラスを磨きながら、まさるが言う。
「恵ちゃんに、告る相談でもするのかしら、ならいいけど」
ふふっと、笑うまさる。
裏通りに来た一城。
「咲ちゃん、いるの?」
返事がなかった。目を凝らす一城。が、誰もいない。
不意に後ろから、一城に縋りついてくる咲。
「さ、咲ちゃん?・・どうしたの?」
「一城さん、・・・何も聞かないで」
「ん、ああ」
一城の体に腕を回してくる咲。
「・・・好きなの」
「え?」
「あの日・・・出会った時から、ずっと」
息使いが荒くなる咲。
「ごめん、咲ちゃん・・それは俺には無理だ」
言うと、咲を見る一城。
「どうして?無理なの?こんなに好きなのに」
「好きって、言ってくれるのは、すごく嬉しいよ」
「だったら、受け入れて下さい」
咲の肩に手を置く一城は、距離を取る。
「恵が好きな子を・・・俺は受け入ることなんて出来ない、悪いけど」
「そ、そんなの関係ないじゃん」
「関係あるさ」
「私はただ、一城さんが好きなだけ。それじゃ、ダメですか?」
「うん、ダメだ・・・はっきり言うよ」
「なにを?」
「俺には、心に決めた人がいるんだ」
「そ、そんなの・・・」
「わかってほしいんだよ、咲ちゃん」
「そんなの・・ダメだよ。わかんないよ」
「咲ちゃん・・・」
咲を覗き込む一城。
それに、飛びつくようにキスをする咲。
むぐぐ・・・
突然のことに驚く一城は、咄嗟に動けなかった。
すぐ近くに、人の気配があった。
ゴトン ゴロゴロゴロ
中身の詰まった缶が転がる音がして、振り向く咲と一城。
恵が、転がるコーヒー缶の近くに立っていた。
「恵?」
目の前の光景に目を疑う恵。
「一城さん、これって、いったい・・・」
「ち、違うんだよ。恵。これは、咲ちゃんが勝手に」
「こんなの・・あんまりだ。あんまりだよ。一城さん」
逃げるように走り去る恵。
「恵!ちょっ、ちょっと、待て」
追いかけようとする一城に、しがみつく咲。
「行っちゃいや」
つかまれた手を振り解こうとする一城。
「咲ちゃん、ごめん、話はゆっくり、あとで聞くから」
「ダメ、行かせない」
覚悟を決める一城。
「咲ちゃん、聞いてくれるかい?」
「・・聞きたくない」
ゆっくりと、咲の手を解く一城は、地に膝を着く咲に視線を合わせる。
「聞いて、咲ちゃん」
解かれた手が、行き場をなくし咲の胸元で交差する。
「・・・」
「さっき、心に決めた人がいるって、俺言ったよね」
大きく首を振る咲。
「・・・聞きたくない」
下を向き耳を塞ぐ咲。
咲のその手を、耳から離す一城。
「それって、恵のことなんだよ」
「ええ?」
咲は顔を上げて一城を見る。
「俺たちは、付き合ってるんだ。予定なら付き合ってたってことになるはずだったけどね」
一城の両の目を、交互に見る咲。
「恵くんと・・一城さんが」
「うん、だから、咲ちゃんを受け入れることは出来ないんだ・・ごめんね」
「そんな・・なんで?」
涙が咲の頬を濡らす。
「話はそれだけ。俺、行かなくちゃ・・・ごめんね、咲ちゃん」
言うと、走り出す一城。
一人残り、座り込む咲。
「なんで・・・なんで、みんな私から・・離れて行っちゃうの?・・・一城さん・・歩」
両手で顔を覆う咲は、泣き崩れて地に伏して肩を震わせた。
「恵、どこだ。頼むから話を聞いてくれ」
一城は、走っていた。どこへ向かうでもなく、ただ走った。
「めぐむーっ」
一城は、スマホを取り出すと電話をかける。
〈お客様がお掛けになった番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません〉
「けっ! 恵。いったい、どこに行きやがった。誤解だってのに」
この日、恵は、一城の元に、帰って来なかった。
明日は、歩が退院してくるという時に。
一城さんには、好きな人に「思い切り飛び込むだけだ」と言われたが、それが出来るくらいなら何の苦労もなかった。
一城さんとの関係だって、俺を引っ張り込んでくれたから関係が出来たのであって、自分から切り拓いた道ではなかった。
あれから、俺は一城さんのところに泊まることが多くなって、着替えなどを持ち込んでいるうちに一緒に住むようになっていた。いわゆる同棲ってやつで、毎晩のように関係を持ち、ほぼ毎日が裸で寝起きしている。
俺に抱きついて眠る一城さん。気づくと太ももに、一城さんのものが乗っかっているなんてことも、日常であった。
他の従業員の二人も、俺たちの関係を知っている。
自宅兼事務所になっているから、気づかないはずがない。
来社すると、いつも俺がいるし、ある時は、俺が一城さんを咥えているところを見られてしまったことがある。
なんにしても、俺は一城さんの敷いたレールの上を、ただ走って、いや歩いているだけに思えてしまうことがある。
心底、一城という男を愛しているのかもわからなくなる瞬間がある。
一城さんは、確かにいい男で、胸が苦しくてたまらなくなることもある。
でも、それは単に行きずりにすれ違った男に、胸トキメかせるだけのものに思えてくる。
所詮は、到底手の届かないところにいる人なのだ。と、諦めてしまいたくもなる。
一緒にいることが、イヤな訳ではない。
ただ・・ただ、このままで、本当にいいのか? と、疑問だけが残る。
今日も目覚めのHから始まった。
挿入されることに慣れてきた俺は、この行為が好きだった。
何より、最近では、一城に挿入されたままイケるようになったことだ。メスイキと言われ女性が何度となくオーガズムを感じることの出来る男版。何度もイケてしまうのがすごかった。足をガクガクと震わせ、女性のように声を上げる。意識が遠くなり、白目を剥くほどだ。でも、射精はしていない。おしっこをしたい衝動にかられ、気づくと白い液体を垂れ流している。体に力が入らない。
一城さんもまた、俺の体で上り詰めて果てる。
こんな俺でも、喜んでくれる人がいるというのは、至極幸せなことだった。
イッた後も、いたわってくれて、優しい一城さん。
よく女性が言う。彼は終わると冷たい。と、
男は果てると一気に冷める。その分、熱くなるのは速い。それに対して、女は果てた後も余韻に浸りさらに相手を求める。その分、火が付くまで時間がかかる。
熱しやすく冷めやすいのが男。熱しにくくて冷めにくいのが女。
男と女のように、姓に落差があるよりも、ないもの同士のほうが、気が知れていて楽である。
男と男だから、味わえる達成感に似た充実感を味わえて、快楽に浸った後で腹を抱えて笑い合える。形にこだわらない気軽さがいいのかもしれない。
でも、男と女にも、共通したものはある。
何かを成し遂げるための日々の鍛錬、成し遂げた時の達成感に涙する。逆に成し遂げられず涙する。
見る人を感動させるのは、こういった瞬間に立ち会えた時だろう。
こういう時、男も女もない。
ふと、疑問に思ったことがあった。
男が女を見て「可愛い」と口にすると彼女は腹を立てる。
女が男を見て「格好いい」と口にすると彼氏が腹を立てる。
これが、子猫や虎になると、どちらも腹を立てない。
同じ言葉なのに明らかに違う。
違いは、明らかだ。
子猫と虎では比較の対象が違うからだ。
同種の比較に反発するのが人間。
子猫と虎に腹を立てないのは、比較ではなく共有になるからだ。
だったら、人も共有したらどうだろう。
男が女を見て「可愛い」と口にすると彼女も「可愛いね」と言うと男は女を見つめていられる。
女が男を見て「格好いい」と口にすると彼氏も「格好いいじゃん」と言うと女は男を見つめていられる。
ん?共有って、こういうもん?
~・~
コンと頭を叩かれ我に帰る恵。
「何、ボザーッとしてんだよ。そこだけ、削れちまうだろが」
と、一城さんが拳をかざしている。
ハッとする恵は、ポリッシャーを回していた。
一か所で、動かずにいたから、そこだけ床が削れてドーナツみたいな跡が付いている。
「今夜会うからって咲ちゃんのことばっか考えてんじゃねえよ」
「ち、違いますよ」
ポリッシャーの重心を一片に集中させた為パッドが外れてズレた。中心がズレてしまったポリッシャーは暴れ始める。
バタンバタン、スイッチを切りたいが、片手で押さえていられない。
恵は、ポリッシャーに振り回される。
一城が、コンセントを抜くと、ピタリとポリッシャーが停まる。
「何してんだよ、あっぶねえな」
「すみません」
今夜、咲ちゃんと、まさるさんの店に行く約束をしていた。もちろん、一城さんも一緒だった。
幼馴染みで、昔から好きだった女の子、才田咲。
正直、今夜、会えることが楽しみだった。
「ほら、また止まってる。さっさと片付けねえと、間に合わなくなるぞ」
一城が、再び発破を掛ける。
「あ、はい」
ポリッシャーを倒すと、パッドを付け直す恵。
「ったく」
腕を組み恵を見る一城は、口元を緩める。
・・
「お疲れ」
一城が応援に来ていた仲間に、手を振る。
「お疲れ様です」
ワゴン車の運転席に恵が乗り、一城は助手席へ。
恵が最近は運転を任されている。
助手席で、電話対応やら書類確認などが出来るからと運転を変わることになった。
大抵は、一城は腕を組んで天井を仰ぎ、いびきをかいて寝ている。
こういう時は、恵が好きな音楽を聴いていいことになっていた。
今がそうであった。
今流れている曲は、シュガー、実際の結婚式でバンド演奏が始まるとまさかの本人が現ると言うサプライズPVがあって、よく咲と見ていたのだ。
勝手な想像が恵をニヤケさせている。
一城の家に着くと、まだ、高いびきの一城。
CDを取り替えて、お気に入りを流す。
ガバッと起き上がる一城は寝ぼけながら
「今、泉ちゃんと、いいことしてたよ」
「いいことって?」
「手を繋いで、お散歩するんだよ。決まってんだろ?」
(Hな妄想はないのか?それだけ、純粋なんだろうな)
「で、そのあとは・・・」
(まだ、続きがあるんだ)
「へへへへ」
よだれを拭う一城。
(やっぱ、そっちだよね~)
ワゴン車を止めるとドアを開ける恵。
「先に、シャワー借りますね」
「しっかり、洗っとけよ。恵」
いやらしい顔をする一城。
「あ、洗いますよ。普通に」
「掘られるなよ」
「咲ちゃんからは、掘れませんから」
「ああ、掘るつもりなんだ」
「な・・・」
言葉に詰まる恵は、咲の二つの穴を想像する。正確には三つなのだが。男より一つ穴が多いのが女の子だ。
「早く、入ってこいよ」
一城が、真顔になる。
「は、はい」
風呂場に入ると、鏡に映る自分を見る。
「なんだか、頼りないよな」
普段から一城の体ばかり見てきた為、錯覚を起こしていた恵。
胸に手を当てると、白くて平らだった。
はあと、肩を落としながら、下を見る。
「おい、咲ちゃんに入れるか?」
一城に、イジられることは、あっても最近は、何かに入ったことがなかった。
もし、入れたとして、満足させてあげられるかな?
「な、何考えてんだろ、俺は」
(どんな顔で、どんな声を出すんだろ?)
勝手な想像が、咲の表情をアレの顔に変えている。
透けて見えたパンTを思い出す恵。
ムクリ。下で反応するものがあった。
女の子を想像して反応したのは、しばらく振りだった。
・・
最寄りの駅で、待ち合わせていた。
一城は、先にまさるの店で待つという。
ドキドキしながら、咲を待つ恵。
駅での待ち合わせか・・・
先日の橘 歩との事を思い出していた恵。
「確か、そろそろだったな。退院」
「退院?誰が?」
不意に後ろから声がかかり驚く恵。
見ると、咲が立っていた。
「え、あ、いや、咲ちゃんの知らない人だよ」
「なんだか、怪しいな」
「そそ、そんなことないよ」
歩き始める恵、それに続く咲。
「そういえばさ。最近、歩に会った?」
ドキリとする恵。
「え?」
先日、会ってHしたよ。とは、さすがに言えないので、嘘をつく恵。
「ここ、何年か、会ってないけど?歩がどうかした?」
なんでもないよと、手を振る咲。
「いや、会ってないならいいや。あれから、どうしたかと思ったから」
(あれから?)
「あれからって?咲ちゃん、会ったの?」
「え、あ、うん、歩。手術するって話してたから」
(しまった、咲ちゃん、知ってたんだ)
「へ、へえ、何の手術?どこか、悪いの?」
嘘はつくほど大きくなる。
(何してんだ、俺)
「せ、性別適合手術だって」
「え?それって、性別を変える?」
しらばっくれる恵。
「う、うん、お、女の子になるんだって?」
顔を赤くする咲。
「はあ?え、あ、歩が女の子?」
(ああ、死にたくなってきたぁ)
「く、詳しい話は、歩から直接聞いて」
(そういえば、咲ちゃん、歩のこと、歩って呼び捨て、どういう間柄なんだ?)
「あ、うん、そうするよ」
「うん、でも、恵くんなら、知ってるかと思ってたな」
(知ってたよ、咲ちゃん。嘘ついてごめん)
商店街を歩く二人。
「ここを抜けるともうすぐだよ」
「そうなんだ」
咲は、後ろ手に組むと軽くスキップをする。
なんだか、嬉しそうだった。
まさるさんの店に到着する。
カラカランと、扉を開くと、パンパパンと、いきなりのクラッカーが鳴る。
「いらっしゃーい」
まさるが、煙の残るクラッカーを持って出迎える。
一番奥の席から、先にやってるよ。グラスを掲げる一城。
「よく来たわね。咲ちゃん。いらっしゃい」
「今夜は、お世話になります」
「恵ちゃんの友達だもの、気軽に楽しんでね」
「はい、そうします」
一城のとこまで来ると恵が一城に声を掛ける。
「もう飲んでるんですか?一城さんは」
「飲みに来たからな。いらっしゃい、咲ちゃん」
言われていた通りに、咲と呼ぶ一城。
パッと明るい顔になり笑みを浮かべる咲。
「先日は、お疲れ様でした。社長も喜んでました。また、何か頼むかって」
「それは、良かった。郷田さん、満足してくれたんだ」
一城の横に座る咲。の横に、一城と咲を挟むように座る恵。
ぷっと、何かを思い出して吹き出す咲。
「社長、一城さんの話、よくするんですよ」
「え?どんな?」
「あれは、俺が更生したんだ。とか、あれは喧嘩っ早くてな。とか、あと・・・」
(咲ちゃん、なんか変わったな)
こんなに積極的に話しかけるのを、初めて見た気がしていた恵。
歩も自分の道を見つけて歩き始めようとしている。
咲ちゃんは、世間に揉まれ少し大人びた印象を受ける。
それなのに、俺は。
下を向く恵に、まさるが声をかける。
「何か、飲む?」
恵は、ハッとして顔を上げた。まただ。
またしても、心の内を読み取られたか、恵があからさまに落ち込んで見せていたのか、誰かが気遣って声をかけてくれる。今もこうして、まさるがニコリとしながら声をかけている。接客ならば当然といえばそうかもしれないが、こういった心遣いがすごく嬉しいと思えた恵だった。
恵は、気を取り直すと笑顔を浮かべた。それを見たまさるが、そうよ、頑張ってと言わんばかりに片目をつむる。
「まさるさん・・・いつもの、下さい」
「はい、特製ね。待ってて」
生き方に迷いのない、まさる。そして一城。
どうしたら、こんな風になれるのだろうと思った恵。
咲が恵の注文が気になって、振り返った。
「ねえ、恵くん。特製って、何?」
「これよ」
まさるが、咲の疑問に答えるかのように特製野菜ジュースを差し出してきた。
「これが、特製?」
咲が、まさるを見る。
「ブスな、あなたにおすすめよ」
「ママに、言われたくないわ」
咲がサラッと答える。
「言うわね~、残したりしたら承知しないから」
「大丈夫、残ったらトイレに流しておくから心配しないで」
「まったく、口の減らないガキね」
「ほんと、口数が多すぎる年寄りには困ったものよ」
「まあ、くやしい」
得意げにグラスを持つと、かざしている咲。
「うええ、キモ」
「飲んでから言いなさいよ」
グビッと、口に含む咲は、口の中で転がすように味わうとゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
「うえ、これ、泥じゃん」
「・・・」
咲ちゃん?まるで別人に見える咲を口をポカンと開けて見る恵。
この様子を見ていた一城が、たまりかねてブッと吹き出して、笑い出した。
「ほらな、まさる。やっぱり、泥だろ?あはははは」
「笑うことないじゃないのさ」
口をへの字にするまさるを他所に、咲はどんどんグラスを傾けていく。
なんだかんだと、グラスを空けてしまった咲は、手拭きで口の周りを綺麗にした。
「うええ、口の中が、気持ち悪い。ママ、おかわり」
カウンターにコトリと置かれた空のグラスを見て、一城とまさるが顔を見合わせて、目を丸くしていたが、膝を叩いて笑い出した。
「今度、私も作ってみようかな?」
「あなたにこれが作れる訳がないじゃないの」
グラスに野菜ジュースを注ぐまさるにメモ用紙を差し出す咲。
「仕方がないから、作り方。聞いてあげるわ。教えてくれる?ママ」
咲は、口の周りを野菜ジュースで赤くしたまま、ニコリとすると舌でそれを舐め回した。
「企業秘密なのよ。教える訳がないじゃない」
まさるは、鼻歌まじりに差し出されたメモ用紙に作り方を書くと咲の前に差し出した。機嫌の良くなるまさるを見た一城は、咲を見て感心した表情を浮かべている。早くもまさるに気に入られたのがわかったからだった。
会話が盛り上がり、めぐみ & あゆみ の、話になった。
「なるほどな、恵は可愛いからな」
「私の通ってた女子校でも、すごく話題になってて、名前から二人のことだって、すぐにわかりました」
一城と恵に両脇を挟まれ、前からはまさるが身を乗り出して、咲の話に聞き入っている。
「へえ、他校にも、噂が広がるほどか。ある意味すごい人気だな」
「そうなんですよ、女の子より可愛いって噂がすごくて、みんなで見にいこうかって話にまでなったくらいで」
一城は、恵の顔を覗き込むと
「良かったな、恵。モテモテじゃないか」
「ちっとも、嬉しくないです」
恵は両手で包むように持ったグラスを傾けて、への字の口に流し込んでいる。
「そういえば、この間、会いに行った友達って、歩くんだったよな?」
「え?」
咲が顔を上げて恵を見る。
咲の顔がまともに見れない恵。
歩とは、会っていないと嘘をついたことが咲にバレてしまった。
一城が、話を続ける。
「そろそろなんだろう?退院」
咲が、ガタッと席を立つ。
「どうしたの?咲ちゃん?」
一城が、驚いている。
「す、すみません、今日はご馳走様でした。私、帰ります」
なんか、怒ったように出て行く咲。
「俺、なんかまずいこと言ったか?」
恵が一城に首を横に振って答えると、咲の後を追う。
「咲ちゃん、待って」
外に出ると、ツカツカと足早に歩く咲。
それを、追いかける恵。
「待ってよ、咲ちゃん。待って、てば」
立ち止まる咲の肩が震えている。
「咲ちゃん、ごめん・・」
「ど、どうして・・」
「あ・・だから」
咲は振り向くと、涙で震える声で言う。
「どうして、嘘なんかつくのよ」
「あ、ごめん」
「知ってたなら、知ってるって言うだけじゃん」
「ごめん」
「謝ってばっかり・・・」
「・・ごめん」
言葉を失う二人。
「私ね、歩から、相談されたんだよ。手術のこと」
「え?」
「相談できる女の子は、咲しかいないって」
「そ、そうだったんだ、あいつ、そのこと何にも・・」
下を向く恵。
(なんで言ってくれないんだよ)
「言える訳ないよね?『俺、女になりたいんだよ、恵。』なんて、親友の恵くんに言えると思う?」
顔を上げて咲を見る恵。
「咲ちゃん・・・」
「私たちね・・付き合ってたの」
「え?」
「勘違いしないでね。付き合ってたって言っても、男女としてではないから。女の子の歩として、女の私と付き合ってたの」
「え?それって・・・」
「・・・全部、言わせないでよ。・・恥ずかしいから」
「あ、そう・・だね」
「歩ね、すごく悩んでたんだよ。『咲、私ね、好きな男がいるんだ。だから、女になりたい』って、でも、でも、大切な親友を失うんじゃないかって、怖がってた」
「歩・・・」
「私、女として、そんな歩を応援したいって思った。そばにいて、見守ってあげたいって思った」
「・・・」
「・・・ありがとね。恵くん」
「え?・・・なんで?」
「歩のこと、内緒にしようと、嘘ついたんでしょ?・・違う?」
「うん、まあ・・」
「なら、仕方ないよね。わかった」
涙を拭う咲。
「明日、退院予定なの。私と一緒に迎えに行ってくれる?恵くん」
「あ、明日なんだ・・退院」
「うん、生まれ変わった歩を迎えてあげようよ。二人で」
「うん・・・わかった」
「歩ね、退院したら告白するんだって、好きな男に」
「へえ、そういうことか。なら、やっと願いが叶うんだね、歩の」
「うん、願いが叶うの、歩の」
「そっかぁ、これで・・・これで、歩が幸せになれるといいな」
空を仰ぐ恵。
「うん、なれるよ、きっと。幸せに、歩なら」
釣られて空を仰ぐ咲。
「私もこうしちゃ、いられないな。私も、早く捕まえなくちゃ」
「え?」
見上げた恵の頬にキスをする咲。
「ありがとね。恵くんがいるから安心したよ。・・・歩のこと、お願いね」
「わかった、親友だからね。俺たち」
「うん、じゃあ、私行くとこあるから、またね。恵くん」
「うん、またね。咲ちゃん。また、明日だね」
「うん、明日ね」
手を振り走り去る咲。
キスをされた頬をさする恵。
「咲ちゃん・・」
まさるの店で、飲んでいる一城のスマホが鳴った。
見ると、登録のない電話番号が表示されていた。
「はい、どちら様ですか?」
〈わ、私です。才田咲です〉
「咲ちゃん?よく番号がわかったね。まあ、そんなことより、急に飛び出して行ったから、びっくりしたよ。大丈夫?恵とは、会えたの?」
〈はい、さっき、別れたところです〉
「そっか、なら良かった。で、俺になんか用事?」
〈あ、あの、折りいって、お話が・・〉
「うん、いいけど。いまどこに?」
〈まさるさんの店の裏通りにいます〉
「裏通り?」
まさるが、その言葉に反応する。
「わかった、今から行くよ。話はその後でね」
〈はい、ありがとうございます〉
ピッ
「まさる。裏通りで、咲ちゃんが待ってるんだ」
「裏通りで?わざわざ?いったい、なんなのかしら?店で話せばいいのに」
「よく、わかんないんだよ。折り入って話たいことがあるんだと」
「ふうん、相談事かしら」
「ま、ちょっくら、行ってくるわ」
「は~い、恵ちゃん戻ったら伝えておくわね」
「おお、頼むよ」
立ち上がる一城は、扉を開けて店を出て行く。
グラスを磨きながら、まさるが言う。
「恵ちゃんに、告る相談でもするのかしら、ならいいけど」
ふふっと、笑うまさる。
裏通りに来た一城。
「咲ちゃん、いるの?」
返事がなかった。目を凝らす一城。が、誰もいない。
不意に後ろから、一城に縋りついてくる咲。
「さ、咲ちゃん?・・どうしたの?」
「一城さん、・・・何も聞かないで」
「ん、ああ」
一城の体に腕を回してくる咲。
「・・・好きなの」
「え?」
「あの日・・・出会った時から、ずっと」
息使いが荒くなる咲。
「ごめん、咲ちゃん・・それは俺には無理だ」
言うと、咲を見る一城。
「どうして?無理なの?こんなに好きなのに」
「好きって、言ってくれるのは、すごく嬉しいよ」
「だったら、受け入れて下さい」
咲の肩に手を置く一城は、距離を取る。
「恵が好きな子を・・・俺は受け入ることなんて出来ない、悪いけど」
「そ、そんなの関係ないじゃん」
「関係あるさ」
「私はただ、一城さんが好きなだけ。それじゃ、ダメですか?」
「うん、ダメだ・・・はっきり言うよ」
「なにを?」
「俺には、心に決めた人がいるんだ」
「そ、そんなの・・・」
「わかってほしいんだよ、咲ちゃん」
「そんなの・・ダメだよ。わかんないよ」
「咲ちゃん・・・」
咲を覗き込む一城。
それに、飛びつくようにキスをする咲。
むぐぐ・・・
突然のことに驚く一城は、咄嗟に動けなかった。
すぐ近くに、人の気配があった。
ゴトン ゴロゴロゴロ
中身の詰まった缶が転がる音がして、振り向く咲と一城。
恵が、転がるコーヒー缶の近くに立っていた。
「恵?」
目の前の光景に目を疑う恵。
「一城さん、これって、いったい・・・」
「ち、違うんだよ。恵。これは、咲ちゃんが勝手に」
「こんなの・・あんまりだ。あんまりだよ。一城さん」
逃げるように走り去る恵。
「恵!ちょっ、ちょっと、待て」
追いかけようとする一城に、しがみつく咲。
「行っちゃいや」
つかまれた手を振り解こうとする一城。
「咲ちゃん、ごめん、話はゆっくり、あとで聞くから」
「ダメ、行かせない」
覚悟を決める一城。
「咲ちゃん、聞いてくれるかい?」
「・・聞きたくない」
ゆっくりと、咲の手を解く一城は、地に膝を着く咲に視線を合わせる。
「聞いて、咲ちゃん」
解かれた手が、行き場をなくし咲の胸元で交差する。
「・・・」
「さっき、心に決めた人がいるって、俺言ったよね」
大きく首を振る咲。
「・・・聞きたくない」
下を向き耳を塞ぐ咲。
咲のその手を、耳から離す一城。
「それって、恵のことなんだよ」
「ええ?」
咲は顔を上げて一城を見る。
「俺たちは、付き合ってるんだ。予定なら付き合ってたってことになるはずだったけどね」
一城の両の目を、交互に見る咲。
「恵くんと・・一城さんが」
「うん、だから、咲ちゃんを受け入れることは出来ないんだ・・ごめんね」
「そんな・・なんで?」
涙が咲の頬を濡らす。
「話はそれだけ。俺、行かなくちゃ・・・ごめんね、咲ちゃん」
言うと、走り出す一城。
一人残り、座り込む咲。
「なんで・・・なんで、みんな私から・・離れて行っちゃうの?・・・一城さん・・歩」
両手で顔を覆う咲は、泣き崩れて地に伏して肩を震わせた。
「恵、どこだ。頼むから話を聞いてくれ」
一城は、走っていた。どこへ向かうでもなく、ただ走った。
「めぐむーっ」
一城は、スマホを取り出すと電話をかける。
〈お客様がお掛けになった番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません〉
「けっ! 恵。いったい、どこに行きやがった。誤解だってのに」
この日、恵は、一城の元に、帰って来なかった。
明日は、歩が退院してくるという時に。
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