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三突き目 涼介と一城の過去

羅智涼介

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あゆむと別れてから、帰路についていた俺は、早速一城かずきさんにメッセージを送った。
陽もすっかり陰り、窓からの景色は、見慣れたもののはずなのに、どことなく違って見えた。
歩の直向ひたむきな気持ちが、めぐむを後押しするかのようだった。
まさるの言った、気持ちのまま、相手にぶつけなさい。と、言われた言葉も恵の心を突き動かしている。
早く一城さんに会いたい。
優しく包み込んでくれる、あの笑顔に無性に会わずにいられなかった。
スマホのメッセージの着信音が鳴る。
[迎えに行くから、まさるの所に行っててくれ]
「あは、りょ、う、か、い、し、ま、し、た と」
メッセージを送信すると、お尻のポケットにスマホをしまう。
今なら、素直な気持ちで一城に向き合える気がしていた。

駅に着き、駅近くの商店街は、夜の顔に変わりつつあった。そこを抜けた先に、まさるの店があった。
店の前まで来ると、ドアノブに手をかける。
ガシャッ、ガシャッ、扉が開かない。あれ?今日、休み?恵は、周囲を見渡す。
照明などは、煌々こうこうと輝いている。電気メーターも、忙しそうに動いていた。
「買い物でも、行ってるのかな?」
仕方がないので辺りを見て歩くことにした。
ピンサロの前を歩く。電球の明かりがチカチカと眩しい。昼間とは違っていた。
(あの時は、驚いたな。あれ、いわゆるヤクザだよな。涼介って言ったっけ、まさるさんを知っていたみたいだけど、てことは、一城とも繋がってる?)
考えごとをし、余所見をしていた俺は危うく人にぶつかる所だった。
慌てた俺は、一人で勝手に尻餅を着いていた。
「あてててて」
「大丈夫か?」
声がかかったので、慌てて立ち上がると、お尻に着いた砂を払い落とす。
「あ、大丈夫です。すみません、余所見してたもので・・・」
声のする方を見て、恵はドキリとした。
スーツ姿の涼介であった。眼鏡のブリッジを指で持ち上げる。
関わらない方がいいと、視線を涼介から外す。
「ご、ごめんなさい、失礼しました」
サッサとその場を離れようとする俺に涼介が声をかける。
「おい、ちょっと待て」
ビクリとして、恐る恐る振り返る。
「な、なんでしょうか?」
「これ、あんたのだろ?」
地面に落ちたスマホを拾い上げる涼介。
あっと、思い、お尻をまさぐるがなかった。
丁度そこに、スマホのメッセージの着信音が鳴る。
〈一城 少し、遅れそうだ〉
と、画面に表示されるのを涼介は見た。
(一城?)
涼介はズボンのポケットに片手を突っ込み、スマホを手の上で踊らせながら、こちらに近づいてくる。
「そうか、あんた、あの時の」
「え?」
後退りをする俺。それを閉じたシャッターが遮っている。
「あんた、一城さんと知り合いか?」
「ええ、一緒に仕事してます」
「なるほど、ほら、もう落とすなよ」
スマホを差し出す涼介から、受け取るとズボンのポケットにしまう。
意外にいい人なのかもと、恵は思った。
「どうも、ありがとうござ・・・」
顔のすぐ横を、涼介の手がすり抜けてシャッターに手を着いた。ガシャーンと、大きな音を立てる。
周囲を歩く人の目が集まるが、ふざけ合っているだけだと、視線を戻してしまう。 
すぐ間近に涼介の顔があった。
「名前は?」
「あ、し、白羽根、恵です」
「・・・めぐむ・か」
焼き付けるかのように、復唱する涼介。
サッパリ系のイケメン、何故か俺はドキドキしていた。
顔の横に涼介の顔が並ぶ。耳元で囁く。
「俺は、羅智涼介らちりょうすけ
声の振動と息が恵の耳に吹きかかる。
身をよじる恵は、そこが弱かった。
耳から襟足を伝って電気が流れる。
さらにその耳をチロリと舐めたからたまらない。
迂闊うかつにも恵のそこが疼く。
顔と手に挟まれて身動きが取れない恵は、呼吸が荒くなり肩で息をし頬にほんのりと熱を帯びてくる。
それを、察したか涼介は、恵のそれに手を添える。ビクリとなる恵。
硬くなりかけているそれを、涼介は摩っていた。吐息が声になって漏れる。
「ふっ、可愛いんだな、お前」
(一城さん)
思わず、心の中で叫んでいた。

「涼介!」
聞き覚えの声で、叫ぶ人がいた。
声のする方を見る恵と涼介。
まさるが、フリフリの淡いピンクのワンピースに下駄を履いて、買い物袋を抱え立っていた。
助かった・・・。
恵は、そこにへたり込んでしまった。
「これはこれは、まさるさん」
「あなた、恵ちゃんに何してるの?」
「別に何も。自己紹介していただけですよ」
「恵ちゃんから、離れて」
ゆっくりと後ろに下がる涼介。
「はいはい、仰せのままに」
恵に駆け寄ると肩に手を置くまさる。
「大丈夫?なんともない?」
「え、ええ、なんとも」
まさるは、恵から視線外すと涼介を睨みつけた。
「涼介、あなた、まさか・・・」
「その心配は無用ですよ。言ったでしょ?自己紹介だって」
「どお、立てる?」
恵の体を支え立ち上がる。
まさるが、再び睨むように涼介を見る。
「涼介、まだ何かあるの?」
「別に何も。それでは、これで失礼。また、会えるといいね、恵」
涼介は、内ポケットから取り出したタバコを口に咥えると火を着ける。空を仰いで煙を吐き出した。煙が恵の鼻をかすめていく。
一城と同じ匂いがした。
遠くなる涼介の背中を見ている恵。

        ・

「ごめんねぇ、遅くなっちゃって」
まさるは、カウンターに入ると買ってきたものを整理し始める。
合間にグラスを取るとテーブルに置く。冷蔵庫に買ってきた物を納めると特製野菜ジュースを取り出した。
「あっ、お酒の方がいいかしら」
「それで、構いません。それ、好きなんで」
「そうお、なら」
言われて嬉しかったのか、ルンルンとグラスに注ぐ、まさる。
そんなまさるを見て、ホッとしたのか、恵の顔に笑みが戻る。
「はい、どうぞぉ」
グラスを置くと、まさるが恵を覗き込む。
「これ飲んで、一城、なんて言ったと思う」
なんて言ったのか気になった恵。
まさるは、変顔になると
「クソまずっ。泥じゃねえのか、これ。て、言うのよ。失礼しちゃうわよねん」
場を取りつくろうとしてくれる、まさるが恵は嬉しかった。
ふふっと、笑うと恵は、一口飲んだ。
確かに、舌触りがザラザラしている。

カラカラン と扉が開き、一城が入ってくる。
「恵、悪い、遅くなった」
顔の前で、ゴメンとする一城。
「あら、いらっしゃーい、一城ちゃん。恵ちゃんがお待ちかねよ」
恵が持っているグラスを見た一城。
「なんだ、また泥飲ませてんのか?」
「ほらね、今の聞いたぁ、悔しいから、その減らず口に私のおち○こ、押し込んでやりたいわ」
カウンターの一番奥が、一城の指定席だった。
「いらねえよ、そんな汚ねえの」
グサッと、胸を押さえる、まさる。
「うう、あんまりだわ」
こんなやりとりが、恵にはとても幸せに思えていた。何よりも隣に一城がいることが嬉しかった。
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