蜃気楼の向こう側

貴林

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11 真希乃と彩花とチヨリと

出発

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朝食に食べたチヨリの手料理は、とても美味かった。満腹になったお腹を摩っている真希乃は大満足である。
「いやあ、久しぶりに美味しいものを食べた気がする」
真希乃がチヨリの手料理に感動している。チヨリは、テーブル上の食器を重ね合わせている。前掛けをかけ、物言わず洗い物をする姿は少し大人びて見えた。黙っていれば、清純そうな美少女であった。
「気に入ったか?これから毎日、作ってやるっしょ」
口に箸を咥えたまま、二人のやりとりを見ている彩花は、なんとも寂しい気持ちを味わっていた。
確かに、料理は美味かった。
ちょっとした、高級中華料理店に、来ているようだった。
祖父である伝助の誕生祝いで食べた時の店の味そのままであった。
チヨリの料理の腕の良さもさることながら、先程見せた真希乃を抱えたままのあの動きを彩花は忘れていなかった。美蝶華の元で修行を積んだ成果であろう。
(ここで、修行をすれば、私もチヨリちゃんみたいに強くなれるかも)
そんな思いが彩花の中にあった。
それに対して、真希乃の腕にしがみつき、箸で料理をつまんでは真希乃の口に運んでいるチヨリが腹立たしい。
彩花は、蝶華に尋ねずにいられなかった。
「蝶華様、私の特訓には直接、蝶華様が?」
食事を済ませ、茶を飲みながらくつろいでいる蝶華は、壁の時計をチラリと見てから彩花を見て言った。
「ん?、いや、弟子に任せるつもりじゃが、どうかしたかえ?」
「あ、いえ、私も早くチヨリちゃんのように強くなりたくて」
それを聞いていたチヨリが、褒められたのを聞き逃さなかった。
「きゃは、強いだなんて言われると恥ずかしいっしょ」
チヨリは、言うとどさくさ紛れに真希乃の腕に擦り寄っている。
「ちょうど、戻ったようじゃ」
蝶華は、視線を彩花のすぐ後ろに向けた。
彩花は、視線の先に何やら気配を感じ取って驚いた。知らぬ間に音もなく立っている人物がいたからだ。
(い、いつのまに?)
見ると、細身で彩花よりも少し背の高い女性であった。
長い髪を背中で、髪紐で縛っていた。
白い着物を着て、白鳥を思わせるしなやかさを秘めていた。
気がつくと真希乃もまた、その美しさに見惚れていた。
ポカンと開いた口から、放り込まれた食べ物がこぼれ落ちんばかりであった。
「ただいま、戻りました。蝶華様。お呼びと聞き、参上しました」
掌に拳を合わせて挨拶している。
「うむ、急な呼びたてで済まなかったの。紹介しよう。これがチヨリの姉弟子であり、妾の二番弟子の白風華はくふうかぞよ」
彩花と真希乃にお辞儀をする風華。
「風華さんか、名前までもが美しい」
すっかり、虜になっている真希乃だった。
真希乃のデレデレした顔が気に入らない彩花だった。
「風華よ、今日より其方の妹弟子になるアヤカじゃえ」
真希乃の顔を見ていた彩花は、慌てて風華に視線を戻した。
「あ、ど、どうも、アヤカです。よろしくお願いします」
見様見真似で、掌に拳を重ねる彩花であった。
「風華です。よろしくどうぞ」
雰囲気がどことなく蓮華を思わせる風華であった。
「風華の技は、静であって、陰陽ならば、陽になる」
「え?」
彩花は、風華が蓮華タイプの陰と感じていたので、驚いた。自分とは正反対だと思っていたからだ。
なのに陰陽は、彩花と同じ陽だという。
物静かな動作をする風華がどんな動きを見せるのか気になった。
「風華よ、少し型をアヤカに見せてあげてくれんか?」
「かしこまりました。蝶華様」
風華は、音もなく部屋の中央に進むと自然に溶け込むかのように立っている。
開いた窓から、風が流れ込み。
その流れに合わせるように、風華が動き始めた。
なめらかに円を描きながら、その動きは型というより舞いであった。
静かに舞いながら、どことなく陽気で明るい動作が、攻防を表現していた。
彩花は、自分とはまったく違った動きに、蓮華の動きを重ねていた。
(似ている。私の見立てに間違いはない)
直線的な彩花の動きに対して、風華の動きは円。相手の動きを利用して、それを逆手に取る蓮華の動きに似ていた。
彩花を楽器に例えるならば、鼓。
風華は、二胡のような途切れることなく音を奏でる弦。
蝶華が、彩花の驚く顔を見て、笑みを浮かべる。
「わかるかの?アヤカよ」
「はい、なんとなくですが」
「アヤカ、そなたの技は直線的過ぎる。それ故に、隙が出来やすい。そこで動きに円を加えるのじゃ」
「え?」
彩花は、伝助に昔言われた言葉を思い出していた。
『彩花よ、お前の一撃は凄まじい。じゃが、その分隙が出来やすい。もっと、なめらかに動くのじゃ』
「そうか、これだったんですね。なんとなくわかった気がします。お爺様」
彩花の目の輝きが変わったことに気がつく毛大と蝶華。
毛大もまた、笑みを浮かべている。
「なんとか、なりそうじゃの」
毛大は立ち上がると真希乃に近づいて行く。
「マキノよ、そろそろ行くかの?」
「あ、はい」
立ち上がる真希乃を見た彩花は、寂しさから下を向いてしまう。
それに気がついた真希乃は、彩花に歩み寄る。
「彩花、また会おうな。お互い、もっと強くなって、その時は、改めて組み手をしよう」
悟られまいと彩花は、無理に笑顔を作って見せる。
「うん、私、真希乃に負けないから」
「うん、それでこそ。彩花だ」
真希乃は、拳を握ると小指と親指を立て、それを突き出してきた。
「えっ?」
彩花は、真希乃の変な形の拳に唖然とした。
「再び会った時の、挨拶だ」
くだらないとわかっていながら、彩花は真希乃と交わす再び会うまでの約束とわかり、微笑んだ。
「うん、わかった」
彩花も同じように拳を作ると、真希乃の拳に合わせた。
互いの親指、小指、拳が重なっている。
「お互い、もっと強くなって再会だ」
「うん、わかった。いってらっしゃい、真希乃」
「うん、行ってきます。彩花」
こういった形で、二人が離れ離れになるのは初めてのことであった。
自然といつも近くにいるのが当たり前であった。
それだけに、こんな別れに慣れていなかった。
どこかですぐに会えるような気がしていた。
毛大が手を差し出してくる。
「良いかの?マキノ」
「はい、毛大様」
真希乃が毛大の手を取ると真希乃の反対の手を取るチヨリ。
「風華姉様、達者でな」
「あまり、羽目を外さぬようにな、チヨリ」
「わかっておるっしょ」
チヨリが真希乃を見上げる。
「じゃ、蝶華様。風華さん、彩花。また、会おう」
真希乃は、彩花に笑みを浮かべると片手を上げ、ちょっと行ってくるとでも言うように、素っ気ない挨拶をする。それに、彩花も真希乃に対し、コクリと頷いた。
グニャリと消える真希乃たち三人。
歪みが戻った空間だけがそこにあった。
微かに残る真希乃の匂いが、次第に風に流され消えて行った。
「また、会おうね。必ず」
彩花は、まだ実感出来ずにいた。
ひょっこりと、真希乃が顔を出しそうな気がしていた。
蝶華は、少し寂しげな表情をする彩花を察してか、背中を摩るように後押しをする。
「さて、妾たちも始めるぞよ」
「あ、はい」
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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.10 花雨

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貴林
2021.08.10 貴林

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