蜃気楼の向こう側

貴林

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5 ナミリアの宿

その名は、ハイデル

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ゆっくりと馬を降りる鎧の男。
兜を脱ぐと男が言う。
「面白い、いいだろう。俺はロムル軍ジパン侵攻隊第三隊隊長、ハイデル・ランバルトだ」
「私は、蓮華と申します。以後、お見知り置きを」
ハイデルは、腰の剣をゆっくりと抜いて背中の盾を構える。
部下たちの方を見るハイデル。
「貴様ら、手出しはするな。これは、一対一の勝負だ」
蓮華に向き直るハイデル。
「どうした?武器を持たんか」
ふふっと、笑うと蓮華。
「そんなもの、必要ありませんから」
手をヒラヒラとさせる。
「ふざけた奴だ。そんなに死にたいのか」
盾を前に、剣を引いて突っ込んでくるハイデル。
剣が蓮華目掛けて突き出される。
それを避けると剣を持つ手を取り、腕の下をくぐるとねじり上げる。小指を捕まれ痛みでハイデルの手が緩み、剣が落ちる。
ガシャ
音を立てて、剣が地を跳ねる。
落ちた剣を足ですくい上げる蓮華。
クルクルと、回って蓮華の手の中に。
「な、何をした?」
あっさりと武器を奪われ、痛む肩を抑えるハイデルは、地に膝を着いている。
「くっ・・」
重々しく剣を、構えてみる蓮華。
「こんなに重たくては、思うように戦えませんね」
ハイデルに向かって剣を放り投げる蓮華。
ハイデルは、剣を拾うでもなく持った盾まで投げ捨てる。
ガシャッと、鎧のまま身構える。
「素手では、さすがにこの鎧は破れないだろう?」
蓮華は、隙だらけに体を開いたまま立っている。
「それは、どうでしょうか?良ければ、試してみませんか?」
鉄の手甲の拳が、蓮華に迫る。
これも、何なく避ける蓮華。またも、手を取りねじ伏せる。
ハイデルは、痛みから逃れようと手甲から、手を引き抜いた。
手を地に着き、四つ這いになるハイデル。
「なぜだ。力では、こちらが勝るはず」
どう見ても、蓮華の方が華奢きゃしゃであった。まともに、ぶつかれば蓮華に勝ち目はなかった。
「そういう、武術ですから」
奪った手甲を、またも放り投げる蓮華。
「ぶじゅつ・・?」

到底、勝ち目がないと気づくハイデルは、ゆっくりと立ち上がり、ワクワクした表情で笑うと。
「気に入ったぞ。蓮華。いや蓮華殿」
えっと、ハイデルを見る蓮華。
ハイデルは、人差し指と親指で輪を作ると口に当て笛を吹いた。
馬がハイデルに駆け寄る。
「蓮華殿。今回は、俺の負けだ。いずれまた、何処いずこにて相見あいまみえようぞ」
馬にまたがるハイデル。
ハイデルは、目は細めでキリリとしたスッキリした顔立ちで、よくよく見るとなかなかの美男子であった。
ハイデルは、優しく包み込むような笑みで蓮華を見る。
「蓮華殿。私の妻にならぬか?」
「はい?」
驚く蓮華。あまりに唐突すぎる。
耳を疑うしかなかった。
「あはははは、改めて求婚を申し込む故、お返事はその時に」
聞き違いではなかった。
馬の鼻先を移動すると
はっと、走り去るハイデル。
蓮華は、胸に手を当てていた。
ドキドキしていた。
後を追うように、部下たちと馬車が後に続く。
ハイデルの優しい笑みを思い出し、彩花を見つめる真希乃の顔が重なる。
(あんな目で見つめられたい)
あの時、自分が口にしていた言葉を思い返す蓮華。
「蓮華お姉ちゃん」
蓮華に駆け寄る俊。
「おはようございます。俊ちゃん」
トキメいたまま、笑みを浮かべる蓮華。
「なんだか、今日の蓮華お姉ちゃん、綺麗だね」
白いシャツの胸元が少し開き、結晶石を施したネックレスが見える首下、ベージュのショートパンツから白く細く伸びた素足が眩しかった。
心の内を見透かされたようで、顔を赤らめる蓮華。
「いつもと、変わりませんよ」
蓮華は、立ち去ったハイデルを視線が追う。
「蓮華殿」
忍とナミリアが、一部始終を見ていた。
忍が、感心して言う。
「向かう所、敵無しですな」
ナミリアが、それに賛同する。
「まったくだ、いったい、どこまで無敵なんだい」
あまりに褒められて、照れる蓮華。
「あまり、褒めないで下さい。図に載ってしまいます」
あははははと、一同声を揃える。
忍が、不思議そうに蓮華を見る。
「それにしても、タイミングが良すぎるというか、どうして、ここに?」
「ああ、シノさんのお宅を尋ねたら留守だったので、こちらかと思いまして」
ナミリアが、弟子たちの亡骸を見る。
「何があったんだい、いったい」
「お弟子さんたちに手を下したのは、黒装束の二人組」
忍が、病院でのことを思い出していた。
「病院の時の奴らですか」
首を振る蓮華。
「わかりませんが、ロムル軍が来ると退しりぞいて行きましたから」
「寝込みを襲うなんて、狙いはなんなんだい」
蓮華は、下を見つめたまま言う。
「恐らく、俊ちゃんだと思う」
ナミリアが、立ち上がり蓮華を見る。
「ええ?なんでだい?」
蓮華は、親指を加えたように口元に添える。
「俊ちゃんの部屋に押し入ろうとしていました。それに。自宅で襲われた時と、繋がっている気がします」
ナミリアは、あごをつまんで言う。
「なるほど、蜃気楼の影の連中かい」
忍が腕を組み座ったまま。
「クリーナーか、シノビってとこですかな」
ナミリアは、蓮華を見ながら
「今回は、蓮華のおかげで難を逃れることが出来たがね。刺客は、あきらめないだろうよ」
うんと、うなずく蓮華。
「ここはやはり、麗美さんに会わないといけませんね」
蓮華が、立ち上がり。
「彩花に、聞いてみます。何か、知ってるかもしれませんし」
「おお、頼むよ蓮華。あたしら一応ここで待ってるよ。麗美が、来てもいいようにな」
コクリとうなずく蓮華。
「俊ちゃんのこと、よろしくお願いします」
忍が、身を乗り出して
「蓮華殿も、お気をつけて」
蓮華は手を振りながら消えていった。
「シノブ、ちょっと手を貸しておくれよ」
「おお、承知」
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