蜃気楼の向こう側

貴林

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4 恐頭山

桃の大木

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「はあはあ、京介を追いかけてた時のようには、行かないか」
真希乃は、すでに額に汗を吹き出していた。体が重く息が苦しい。
続けては、飛んで行けそうになかった。
あと、六つは岩山を越えなければいけなかった。
息を整え、次の岩山を見る真希乃。
「あっ、そういえば、蝶華様が、腰の物をと、おっしゃっていたな」
グニャリと真希乃が消え、しばらくして、また現れる。
腰帯に日本刀を差し込む。
よしっと、近いところの岩山を見る。
グニャリと消える。
近くの岩山で、ガサリと音がする。
真希乃は、手足の重さで思うように動けない上、酸素が薄いため息も絶え絶えに、へたり込む。
後方で何やら、ガサリと草を動かす音がして真希乃は身構える。
グルルル、唸り声とむき出しの牙でジワジワ迫る狼。
抜刀の構えで、相手の動きを探る真希乃。
飛び掛かる狼。
腹が見えたところで、刀を抜き横に一閃。だが、太刀筋が遅すぎた。
身をよじり狼はそれを避けてしまう。
狼は、着地とともに素早く反転し真希乃に襲い掛かる。
遅いながらも、刀を盾に刃先を狼に向ける。
狼は、刃先をスルリと避け、真希乃の肩を爪で削いで行く。
肩先が引き裂かれ鮮血が飛び散る真希乃。
「くっ・・・!」
今のままでは、勝てない。
真希乃は、逃げるのも勝利への道である。生きてこその勝利。何かで読んだ言葉を思い出していた。
目を閉じると、大きく息を吐き出す真希乃。
ゆっくりと見開き、次の岩山を見る。
落ち着いて集中する。
狼が飛び掛かる。寸前に牙が迫ったところで真希乃はグニャリと消える。

真希乃が姿を現す。地面が遠い。ドサッと、肩から落ちる真希乃。
「つ・・・」
右肩を抑える真希乃。右手がやや痺れている。
高い茂みのため、視界が悪い。
ザザザザ・・
地を擦り草を分ける音。
刀を握ろうとするが力が入らない。
懐から母の短刀を左手で取り出す真希乃。
せめてもの、受けである。
音のする方を、耳でとらえ体を向ける。
音がしなくなった、が、よく見ると茂みが微かに揺れ動いている。
動きの下に何かがいる。
真希乃は、ゆっくりと下がる。
せめて、見通しのいい場所に出られれば、と真希乃は思った。
コツンと、何かを蹴った。
視線をずらして、それを見る
真希乃は愕然がくぜんとした。
人骨であった。よく見るとあちらこちらに転がっている。
何かが、視界に飛び込んでくるのを感じる真希乃。
本能的に、左肩を後方に引き、これを避けると右手がこれを捉えた。
ただし、掴むには太すぎた。
痺れた右手では、掴んでいられず手から離れる。
ドスンと、ぬめったそれは、地に落ちる。
クネクネと、こちらに向き直ると、頭をもたげている。ペロペロと舌を震わす。真っ白な大蛇であった。体長は、五メートルはある。
あまりの大きさに、尻込みをし後退りする真希乃。足にカシャと、金属らしきものが当たるが気にはしていられなかった。
一瞬、目を離した真希乃に大蛇は飛びかかり、戸愚呂とぐろを巻く。
ギリギリと真希乃を締め付ける。
握った懐刀で、なんとか傷つけるが締め付けを緩めようとはしない。
やっとのことで、腕を隙間から出し大蛇の頭に向かい刃先を押し込む。何度も何度も突き刺すうち、深く入り込む一手があった。それを、右手で叩き込む。ドバッと血飛沫ちしぶきが上がる。
身動きの取れない真希乃は、顔全体にそれを浴びる。目に口に耳に隙間があれば入り込んだ。思わずゴクリと飲み込む真希乃。
ようやく、右手の痺れも取れ、緩み始める大蛇をなんとか振り解くと、大蛇が体勢を直して、こちらに向き直ろうとする瞬間、真希乃は抜刀するや横に薙ぎる。大蛇の頭部が切り離される。が、そのまま真希乃に向かってくる。これを上から下へ刃先を斬り下ろす。
大蛇の頭は、二つに割れボタボタと真希乃の足元に落ちる。
肩で息をする真希乃。その側で頭を失った大蛇の体が、のたうっている。
ガックリと膝を着く真希乃。
手足の重さを思い出した。
ドッと疲れが襲って来た。固唾を飲む真希乃、少し喉に痺れを感じるが、それどころではなかった。その場に仰向けに倒れ込む真希乃。天を仰ぐその目が、赤く滲んでくる。
う・・・と、目を手で覆い、あたりに水場を探す。
バシャッ、歩く足が水に入る。しゃがみ込むと、草を分け水溜りに手を入れると、バシャバシャと目を洗った。
なんとか、にじみは取れた。
ついでに、もう一度、顔全体を水で洗う。
気のせいか、喉が熱い気がした。
はっと、何かを思い出す真希乃。
先程の金属。
音のした辺りを探す真希乃。双刃もろはの剣であった。長刀ではなく短刀に近かった。
それを右腰に差し、母の懐刀を拾い上げ懐に入れる。
引きずる足で、なんとか立ち上がると次の岩山を目指した。


やっとのことで、桃の木の下まで来た真希乃。
もう、体は動かない。
喉から胃に至るまで、何やら痺れと熱に襲われる真希乃。
たまらず、立ち上がり桃を一つ掴むとむしり取った。
それを、早く体に流し込もうと、むしゃぶりついた。
桃のエキスが、喉から胃に流れ落ちる過程で、痺れや熱は浄化される。
一方で、何か別のものに変わる気がした。
桃のエキスだけでも、体の中を満たし疲れを癒やし、力が湧いてくる気がした。それに加え、大蛇の血がなんらかの作用を起こしている。
不思議と手足の重さを感じられない体が軽かった。息も先ほどよりも楽になっている。体が熱い、血が沸き立っているようだ。
遠くの岩山を真希乃は見るや、グニャリと消えて飛んだ。
三つは、超えたであろう。
気のせいではなかった、息が上がらなくなっている。
まだ、行ける。真希乃は驚いている。
桃一つでここまで?
真希乃の気分は、舞い上がった。

何はともあれ、一度表に戻ろうと故郷を思った。
グニャリと真希乃は消える。
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