蜃気楼の向こう側

貴林

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1 新たな出会い

彩花と蓮華 浴場にて

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彩花が、目を覚ましたのは、深夜午前二時を回ったところだった。
「あたたたたた」
頭が痛いし、胃がムカムカしていた。
「はい、お水」
薄暗い中、蓮華が、冷たい水が入ったコップを差し出してきた。
「あ、ありがとう。あれ、真希乃たちは?」
周囲を見回すと、寝息を立てる俊と蓮華だけだった。
「殿方は、隣り部屋に移りましたよ」
「そっか、あたたたた。なんでこんなに頭が痛いの?」
クスッと蓮華が笑うと、テーブルの上を、指差した。
「あれです」
ラベルにビールと印字されたアルミ缶があった。
「ビール?」
「うん」
にがいが、喉に染みる、なんともいえない喉越しを思い出した。
「あー、飲んだかも」
恥ずかしくなって顔を覆うと
「あれ、一本で?」
ううん、と首を振る蓮華。
「半分残ってます」
「私、弱いんだ。成人したらお爺様と飲みたかったのに」
「まだ、未成熟なんですよ。私たち」
「ならいいけど、いたたたたた」

「酔い覚ましに行きませんか?」
はいと、タオルを差し出す蓮華。

       ・

コーン!
誰もいない浴場。音が妙に響き渡る。

バジャー、水の音まで、余韻が長い。
ガラスが蒸気で曇って、見えにくいが、消えゆく夜景が、綺麗だった。
湯船に浸かる彩花は、息をふうっと、吐き出すと頬を赤らめて、全身に熱が染みてくるのを味わっている。

後方で、ポチャっと、蓮華が入ってくる。
「もう、すっかりいいの?」
蓮華が横に来て、夜景に目をやる。
「酔いは覚めたみたい」
「じゃなくて」
「ん?」
「真希乃のこと」
「あ、うん。さっきは、ごめん」
夜景に背を向け、タイルにもたれ掛かる蓮華。
「気にしてない。彩花は彩花だから」
「え」
「怒ってても、泣いてても、笑ってても、彩花は彩花」
「あ、まあね」
「私、彩花が好きよ」
「えへ、ありがと」
「彩花が羨ましい」
「え」
「気持ちを素直に表に出せる彩花が羨ましい」
「そうかな、蓮華こそ、女の子らしくて、可愛いじゃない。私には、とても真似出来ないよ」
天井を見ていた蓮華は、彩花を見た
「真似なんか、必要ない。彩花は彩花。私は、彩花にはなれないし」

ポチャン
静寂の中、天井から落ちる水滴が湯船に落ちて波紋を広げる。
波紋は、彩花たちの肌に触れると別の方向に波紋を広げていった。

「蓮華」
「なんですか?」
「真希乃のこと」
「・・」
「好き?」
言った後でしまったと思った。答え次第では、自分がまた傷付くことになる。
「好きよ」
蓮華を見る彩花。
清々しい顔の蓮華。トキメキすら感じる。
「そうだよね」
うつむく、彩花。

「彩花を見つめる真希乃が好き」

「え?」
「あんな瞳で、見つめられたい」
キラキラした瞳で、彩花を見る蓮華。恋に恋する瞳って、こんなかな。

「私も、早く素敵な殿方、見つけないと」

蓮華の意外な一面を見た気がした。彩花は嬉しかった。
真希乃のように大志を思う気持ちが、私にも出来るかもしれないと蓮華を見て感じていた。
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