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四章 穏やかな日々(おお! わたし の ともだち!)

第23話

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 解体した熊の肉と毛皮を手に、俺は集落にいった。
 村に入ってすぐに声をかけられた。
 「今日は何のお肉?」
 目の前に子どもが立っていた。
 熊であることを伝えると、途端に不満そうな顔になり、えー、またー、もう飽きたーなどといっている。
 畜生このガキ、すっかり舌が驕っちまいやがんの。いっとくが熊肉自体は旨い(無論、俺は食べたことはないので聞いた話だ)。ただ、俺が熊を仕留めるごとに丸々一匹、この村に持ってきていたものだから、すっかり食傷気味になっちまったってわけだ。
 肉だけじゃない。この村の住人全員が高級品である毛皮の衣類を一着以上持っていた。これも俺が大盤振る舞いした結果である。ここじゃ熊胆だってオヤツ代わりだ。・・・・・・いや、すまん、それは嘘だ。
 「じゃあ、いらねえんだな、てめえ」
 俺は大人気なく返した。
 「大丈夫、大丈夫。飽きたけどちゃんと食べてあげるよ」
 クソ、何でこんな上から目線なんだ。
 「だって、そうしないとおじちゃん、また泣いちゃうでしょ~」
 うるせー、一年前のことをいまだにいうか。
 この子どもはあの日集落で出会った子どもだった。フィーネという名前だ。
 あの日以来、俺はこのガキになめられっ放しだ。
 子どもの相手は猟犬のシルベルに任せて、俺は村長に会いにいった。獲物の交換は村長を通して行っていた。
 年季の入ったボロ屋の中に村長はいた。じいさんは俺を認めると手を挙げ、何かフゴフゴといっている。何、本当は村長なんて気の利いたもんじゃない。村一番の年寄りぐらいのものなのだ。
 「また熊かい。たまには違ったもんが食いたいのお」
 殺すぞ、ジジイ。
 全くここの奴らときたら感謝が足りない。俺が来るまでは肉なんて滅多に食べてなかったくせしやがって。
 ぷんすかしてる俺に、ジジイが何かを投げてよこした。
 一枚の銀貨だった。お、本物だ。どうしたんだ、こんなもん。
 「この間の毛皮な。おまえさんのいった通り、このあいだ町に行った時に売ったのよ。その代金じゃ」
 ちょっと前に、この辺りでは珍しく狐が三匹取れたのだ。さっきもいったが、この村で毛皮はありあまっている。だったら、町に行って売りさばいてみては、と提案したのだ。俺はあまり人と接触したくないから、町にはいきたくない。それにいまさら金はいらない。
 「あの毛皮はあんたらにあげたんだ。別に俺は金はいらねえよ」
 俺は苦笑していった。やれやれ欲がないというか、律儀というか。
 銀貨を返そうとしたが、村長は首を振るだけだ。それならそれでいい。無理に突き返すものでもないと思った俺は銀貨を受け取ることにした。
 「じゃ、ありがたく貰っとくわ。そういや全部でいくらになったんだ?」
 何気なく俺は訊いた。
 「銀貨二枚じゃ」
 豊作を誇る農民のように、自慢げに村長はいった。
 銀貨二枚か、何だ、儲けの半分も俺によこしたのか。そんなにいらないのに。やっぱり銀貨返すか。うん、待てよ、銀貨二枚だと。
 「じいさん、確認するが、狐三匹全部売って、銀貨二枚なんだよな?」
 「ああ、そうじゃ」
 俺の質問に不思議そうに村長は答えた。
 畜生やられた。
 買い叩かれた。
 世情にうとい俺だが、それでも狐三匹の毛皮が銀貨二枚が安すぎることはわかる。本来なら銀貨どころか、金貨でも三枚分の価値はある。
 俺もたいがいだが、ここの人間は俺以上に世知辛さを知らない。悪質な業者に騙され、狐の毛皮を極安の値段で売ってしまったのだ。
 「じいさん、毛皮を売ったのは、何て名前の店だ?」
 俺は怒りに燃えていた。
 その店の野郎に思い知らせてやる。
 俺は他人の不正には厳しいのだ。

 俺は村から一番近いという件の町へ来ていた。村からは常人の足で半日かかる距離だ。大体、一月に一度、村の者はこの町へ来て、村では手に入らない生活必需品を買うのだ。町へ出かけるものは当番で持ち回りだ。
 町へ来て、俺は驚いた。いや正直にいや、少しびびっていた。
 町は大変な賑わいだった。こんなに栄えているとは思わなかったのだ。
 山の中の集落は寒村もいいとこ、さびれにさびれた集落だった。それが、たった歩いて半日の距離にこんなに大きな町があるとは、完全に俺の予想外だった。
 ただ、あの集落が取り残されたようにさびれるのも無理ないことかもしれない。
 あの集落を通る道はどこにも通じていない。正確にいえば、集落を通り延々と南下を続ければ、やがては都市部に出るには出るが、道は長く険しい。そこへ行くなら別の迂回路を取った方がはるかに楽にしかも早くたどり着く。ゆえに集落を通る人間などほぼ皆無だろう。
 それにしても、変わった町だった。
 いや町自体は大きいだけで普通の町だ。変わったものが町の広場にあった。
 それは、リングが連なってできた建造物だった。古い遺跡だ。形状から、それが占星術に関係するものだと俺には知れた。確か天球儀って奴だったか。何か魔法の儀式を行う場だったのだろう。星の動きと魔法には深い関係がある。
 天球儀は町の名物らしい。周りには人だかりができている。ただ、天球儀の近くへは行けないらしい。天球儀の周囲にロープが張り渡してある。ロープのところどころには紙が吊るされていた。紙には「立ち入り禁止!崩落の危険あり!」とある。
 と、今はそれどころじゃない。俺は目的の店へ向かった。店の名前は、じいさんから、正確には町へ行商に行った人間から聞いている。
 店は小さいが、やたらに新しかった。成金が一代でのしあがったのだろう。店のつくりは金がかけられていたが、趣味はすこぶる悪い。
 さて、どうしたものか。
 最初は、怒鳴り込んで相手が非を認めなかったら、そのままワンパンかまして、店のもの根こそぎ奪って逃げようか、とか思ってたんだが、これはやめにした。何せ俺はもともとお尋ね者だ。騒ぎになるのは避けたい。それに勇者がノックアウト強盗というのも、どうかと思うしな。
 取りあえず、初めは紳士的に抗議するとして、相手が認めないなら、今日の夜にでも闇討ちだな。うん、これならそれほどの騒ぎにはならない。
 俺は店の扉を開けた。
 店の内部も外同様趣味が悪い。
 店には男が一人きり、カウンターにいるだけだった。年の頃、恰幅から判断するにこいつが店長のようだ。ややボリュームの少なくなった金髪を後ろになでつけ、偉そうにヒゲを生やしている・・・・・・・・・・・・。
 俺はよく店長を眺めた。
 その瞬間、俺には全てが見えた。
 この男が口八丁手八丁、村人を言いくるめ毛皮を買い叩く様子が、まるで見たように頭に浮かんだ。
 店長も俺を見つめ、あ、と呟いた。
 俺はとりあえず店長の顔面に正拳を叩き込んだ。
 店長はカウンターの奥へ吹っ飛んだ。
 「な、なな何するんだ!」
 店長は頬を押さえていった。そして、言葉を続けた。
 「久しぶりに会ったっていうのに!」
 店長は、ランプレヒトだった。
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