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一章 邪悪な魔道士(おお しんでしまうとは なにごとだ!)

第2話

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 今から二百年ほど前のことだ。世界は混乱に混乱を極めたという。
 まあ、それもそうだろう。悪の魔王から国を救ったはずの勇者様が欲にかられ乱心してしまったのだから。
 それも一人や二人の話ではない。「黒き深淵」とあだ名された上なる竜ハイドラゴンを討伐した勇者イディラを皮切りに、「流血皇帝ヴェイロンターシュ」セシを倒した勇者ウル、「始まりの隠者」ヘルマイトの野望を阻止した勇者カイバーンなどなど……。偉業を遂げた後、変節した勇者の数は実に三十四人にものぼったのだ。
 しかも恐ろしいことに、これらの事変は違う時代に別々に起きたことじゃないんだぜ。全て同時代に起こった出来事だってんだから始末が悪い。
 さてその後、当然のように彼ら三十四人の勇者は覇を争った。その一つ一つが世界を征服できるほどの力の衝突にツヴァイテル大陸全土は荒れに荒れ、大陸のいたるところが、そんじょそこらの地下迷宮よりも死亡率の高い危険地帯となったとまでいわれているほどだ。
 だが、永遠に続くかのように思われた地獄の日々にもやがて終わりが訪れる。
 実力伯仲の勇者たちであったが、それでもほんの少しの差があったんだろう。それが運なのか調子の波なのかはわからないが、ともかくちょっとの均衡の崩れが勝敗を分けた。一人また一人と勇者たちはその数を減らし、最終的に生き残ったのは勇者ウルだった。
 勇者の中の勇者となったウルなんだが、その栄光の人生も長くは続かなかった。自分以外の勇者は全て死に絶え、さあ今こそ世界に覇を唱えんとしたその矢先、ウルは死んでしまったのである。病死だという話だ、本当のところはわからんけどね。
 残された人々は領土など世界の枠組みの問題を、信じられないことではあるが、ごくごく平和裏に話し合いで解決した。戦いに飽いていたし、また戦う気力も残っていなかったのだ。
 その結果、世界はほぼ三十四人時代以前に戻る。即ち、ツヴァイテル大陸の東側はサウニアル、西側はセチゼンが治め、南側の大半はブラウミールが治めることとなった。また、これら三大国に属していなかった小国も各々、旧来の領土を回復したのだった。旧時代から唯一変った点は三大国による互助組織「伝承研究会」が作られたことだった。
 平和を取り戻した人類だったが、三十四人時代に刷り込まれた恐怖は半端なものじゃなかったらしい。世界に不吉な予兆が現れた時、大いなる悪の存在が予見された時、人々は大いに恐れたのだ。
 何を恐れたか?
 やがて来る恐ろしい悪の魔王?
 違う。
 人々はその魔王を倒すべく現れる勇者をこそ恐れたのだ。
 古の記録を紐解き、魔王の誕生を、そして勇者の誕生をいち早く予見する組織、それが伝承研究会だった。伝承研究会は三大国の支援を受け、ツヴァイテル大陸のありとあらゆるところに網を張った。結果、勇者の素養を持つ者たちは次々と発見、保護(ま、実際は保護なんてかわいいものじゃないが)されていくのである。
 それだけではない。研究会は、捕獲じゃなかった、保護した勇者の卵たちに教育を施し、一人前の勇者に育て上げ、いざ魔王が現れたさいにはその勇者を派遣し、世界を救っていくのである。この伝承研究会こそ、現在、俺が所属する派遣協会の前身となった組織だった。
 つまり、俺は派遣協会所属の勇者の一人なのだ。

 「要は、謀反を起こした魔法使いをぶっ殺しゃいいんだな」
 俺は命令を確認した。
 クライネシュマルク王国、大陸の南端にある小国である、そこで、ある一人の宮廷魔道士が謀反を起こしたのだという。半年ほど前の話だ。その叛乱の鎮定、というよりかはその宮廷魔道士の殺害が派遣協会が俺に下した命だった。
 「ただの内乱であれば派遣はできないのだがな」
 管理官はいった。
 「内政干渉はしないってか、中立、公正を気取るのも大変だ」
 「だが、今回は第一類の魔道書の存在が確認されたのだ」
 「ふん、古の魔道書を手に入れて、その気になっちまったわけか。よくある話だ」
 派遣協会は中立、公正をモットーとしている。管理官がいったように内乱を平定するために勇者を派遣することはないのだ、本来は。
 勇者の派遣が許されるのは、大いなる悪、一般には「魔王」と呼ばれる例の奴が現れた時、もしくは出現の予兆があった時だけなのである。
 今回もその例にもれず、勇者派遣の運びとなったのは、叛乱を起こした魔法使いの持つ魔道書が第一類にカテゴライズされたため、派遣協会は魔王出現の可能性ありと判断したからだった。ちなみに第一類の魔道書とは世間で言うところの禁書と呼ばれる強大な力を秘めた魔道書のことだ。この禁書があれば、太古の超強力な魔術で自ら魔王になるもよし、失われた秘術で魔王そのものを呼び出すもよし、ってわけだ。
 俺の短絡的な物言いのせいか、それとも冴えないルックスのせいなのか、依頼者である王女は不安そうな表情で俺と管理官を見つめている。そうそう、依頼者は俺の予想通り王族だったのだ。弑逆されたクライネシュマルク王の三女だという話だ。
 ちっ、侮りやがって。王女の顔は、禁書を手にした恐るべき魔道士にただの中年が勝てるわけがない、と物語っている。小娘に勇者の偉大さを説こうとしたその時だった。
 「ご安心ください。この者は勇者です。いかに強力な魔道書を持っていようとも、たかが魔法使い風情に勇者が負けることはございません、絶対に」
 力強く管理官は断言した。
 「それに、これは希少種でしてな」
 管理官は人を珍獣扱いしていった。
 「希少種?」
 「左様、この者はこれまで十四例しか報告のない禁忌型の勇者なのです」
 「禁忌型……ですか……?」
 管理官は世にも稀な一品を紹介するようにいったが、肝心の王女には伝わらなかったらしい。
 確かに、一般人には希少種だの禁忌型だのいわれたところで、ピンと来ないだろう。
 世間的には大雑把に一緒くたにされている俺たちだが、実は、勇者は大きく分けて二つのタイプに分類される。それは、大団円型と悲劇型だ。俺の禁忌型というのは、悲劇型の中の一類型であり珍しいタイプなんだそうな。
 管理官は、発表の場を与えられた学者のように熱心に勇者の説明をしたが、王女は熱意のない返事を繰り返すだけだった。これだから学者バカは困る。
 管理官はようやく場が白けているのに気づいたようだ。一つ咳払いをしていった。
 「ともかく、彼には禁忌型ゆえの特殊な能力が備わっております。それもあって今回の任務、失敗することはほとんどないでしょう」
 ですのでご安心を、最後に管理官は付け加えた。
 そう、禁忌型の勇者はその性質上、ある特徴を備えていることがほとんどだった。そして、それは俺にも備わっている。
 だが、管理官の熱弁も空振りに終わったようだ。王女は依然として不安な様子を隠せないでいた。管理官が俺を見る。俺のせいかよ。いや俺のせいか。俺のルックスがメタボな中年オヤジじゃなかったら、管理官の言葉ももう少し王女に届いていたに違いない。
 管理官は作戦を変えた。俺個人を持ち上げるのではなく、勇者というもの自体の恐ろしさを思い出させることにしたようだ。
 管理人はとつとつと語り出した。
 「殿下もこのツヴァイテル大陸に生まれた方なら、ご存知でありましょう。三十四人時代のことは」
 三十四人時代の一言に王女の顔色が変わった。
 三十四人時代、悪夢そのもの、とも形容される暗黒の時代である。
 「かの三十四人時代に猛威を奮った勇者の恐ろしさはご存知でしょう。勇者が剣を一振りすれば、それは地を砕き、海を割り、空を裂く。勇者が呪文を唱えれば、地は震え、海は枯れ、空は啼いた、と古の記録は伝えておりますぞ」
 管理官の言葉に、俺を見る王女の視線が変った。侮蔑から恐怖へと。
 ツヴァイテルに生きるもので三十四人時代のことを知らぬものはいない。どんな者であれ、それこそ身分の上下を問わず王も物乞いも、勇者の恐ろしさを叩き込まれて生きる。
 王女は一歩後じさった。目の前にいる男が危険な存在であったことを思い出したのだろう。
 管理官は満足げにうなずくと、今度は自分たち派遣協会のアピールをすることにしたようだ。
 「怯えることはありませんぞ。当協会は安心・安全の勇者の育成・派遣を旨としております。この者が我々に危害を加えることはありません。いや正確にはできないのですよ、彼にはね」
 管理官は笑った。その笑みは王女を安心させるためのものか、それとも俺への侮蔑か。
 「勇者の管理には万全を期しております。例えば、この収容所内で彼らの超人的な能力は封じられております。一般の方にはお気づきいただけないかもしれませんが、ここのありとあらゆるところに魔法陣が敷かれているのですよ。対勇者用の強力なものがね」
 薄気味悪そうに王女は辺りを見回した。ご安心を王女様、一般人には何ともないからさ。もっとも俺たちには効き目バツグン。おかげでこの中じゃただの人。閉じ込められても逃げ出すなんてことできやしない。
 「収容所内だけではありません。派遣の際も彼らの逃亡防ぐため、また彼らの力を制限するため様々な措置を講じているのです」
 力強く管理官はいった。
 忌々しいことに、管理官のいったことは全て事実だった。
 この収容所内には俺たちの力を封じる特別な魔法陣が施され、収容所は俺たちを閉じ込める檻となっていた。
 また、派遣される際も、逃亡を防いだり好き勝手暴れられないようにするため、これまた特殊な魔法陣を俺たちの体へ、家畜に烙印を押すように刻むのだ。
 逃亡を防ぐための魔法陣なんかひどい。
 これは、ある一定の時間が経過すると発動し、魔法陣が刻まれたものに死、もしくは死よりも辛い苦痛を与えるというもので、これを解除するには、この収容所に戻り、解呪の儀式を受けなくてはならないのだ。
 俺たちは飼い馴らされた家畜も同然だった。
 「我々の管理体制は万全です。どうぞ、ご安心を」
 管理人は最後にもう一度そういうと、にっこりと微笑んだ。俺には、それが悪魔の微笑みに見えた。
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