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ラブラブ一ヶ月記念日

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 時間が流れるのは早いと思う時がある。特に大人になってからは顕著に感じる事が多く驚くばかりだ。

 今日も昨日と同じ様に定時までお仕事をする。

 側に居る今井に視線を移すした。

 難しい表情と言えばいいのかソワソワとした様子でお腹でも痛いのかと僕は思った。

 既に本番環境とテスト環境の構築を終えて、今井にも使い方を一通り教え終わっている。

 そう、新部署である我々のお仕事――リプレイス案件が始動の頃を見せていた。

「体調悪いのか?」

 いつもなら『お腹すいたー』と騒ぎ出しそうな時間にも関わらず今井は神妙な顔付きで僕を見る。

「体調は大丈夫ですよ。先輩……アレから一ヶ月です!」

 一ヶ月……ゴールデンウィークから一ヶ月経っていた。雨が増え梅雨の季節で案件が始まる六月だ。

「あ、あぁ。もう経ってたか」

 失念していた。ゴールデンウィークといえば僕――西崎カオルと今井カナが付き合い始めた日でもある。

 学生時代の僕は恋愛について疎い部分があった。周りの友達から話を聞く程度しか知識が無かったとも言える。その友達が良く一ヶ月記念日と言い恋人へのプレゼントに頭を悩ましていた。

 付き合って一ヶ月の月日に対する記念日。世の中には三日坊主という言葉が存在する。

 体重が気になりだした男女問わずダイエットに取り組むも三日程度で断念する現象を現した言葉だ。何事も続けることが難しい……継続は力なりと言われるだけあって、続ける事で大きな力になるのだ。

 日々の業務も例外なく続ける事で知識や技術の向上が見られる。

 つまり、現在の状況を鑑みるに僕は大ピンチという答えが導き出された。

 何故ならば、僕の友人は恋人に記念日プレゼントを用意していた。あの頃は学生でバイトくらいのお金しか無く、好きそうなアクセサリーを購入して渡す様子を隣で見たことがある。

 喜ぶ彼女に満足そうな友人……幸せな光景だった。

 その友人とは社会人になってお互い忙しくなり連絡も取ることが自然と少なくなったからどうなっているのか分からない。

 まだ結婚の報告が無いけれど、アレほど仲良く過ごしていた二人だ。今も楽しく過ごしているだろう。

 僕は今井カナに向けてプレゼントを用意していない。相手が気にしているなら印象を悪くするのは未来予知能力者で無くても想像出来る。

 用意出来てない物は仕方ない。一つの失敗だと認めざるを得ないが、僕は一つだけ挽回する手段――埋め合わせという存在を知っている。代わりにカナが喜ぶイベントを作る事で自分のミスを帳消しにしてみせよう。

 社会人になって僕も仕事で失敗する事は当然ある。その時はスケジュールの見直しや効率的に作業が行える仕組みで期限を挽回してきた。僕なら出来るはずだ!

「流石に私も……この一ヶ月は緊張しました。コンビニでコーヒーを買ったつもりが手元にあったのがオレンジジュースだった時もあります」
「それは流石に注意散漫じゃないか?」

「安心してください。オレンジジュースは美味しく頂きましたよ」
「残さず飲めて偉いな。今井が飲食を残すイメージは無いけどね」

 何度も食事に行く機会はあり今井の嫌いな食べ物を知らないくらい何でも食べる。一緒に食事していて楽しいから僕の癒やしでもある。

 埋め合わせ……背伸びしたレストランでも予約しようか脳裏に過った。

「先輩……不安なので今日は一緒に見ましょう」
「お、おおう」

 やはり、ゴールデンウィークから大体一ヶ月が過ぎた頃……今日が大事な日で間違い無い。

 今井カナは一緒に見ましょうと言った。僕は直近のやりとりを思い出そうと試みるが思いつく心当たりが無い。

 多分、大切な部分は『不安なので』という心理的に負の要素が今井の口からこぼれている。僕はこっそり本日上映予定の映画をチェックした。

 僕の記憶が欠落していて一緒に映画を見る約束をしていたかと自分自身を疑った結果――本日公開の映画にホラー作品は並んでいなかった。少し遡ってみるもタイトルを見て思い出す記憶が存在しない。

 素直に今日は何かあったか? と今井に尋ねてしまえば良かったかもしれないと僕は思った。

 何故、僕が疑問を口に出来なかったのかを考える。僕達が一ヶ月で記念日なのにも関わらず、何も用意出来ていない自分の不甲斐なさを隠した動きが全て裏目に回っている。

 ただ、彼女が悲しむ顔を見たくなかった。その一言に尽きるだろう。

『どうして大切な日なのに覚えてなかったの? って言われちまったわ。なぁ、カオル……なにで埋め直したらいいかなぁー』

 僕の遠い記憶。

 今は何処で何をしているのかも分からない友人の言葉が蘇り、冷や汗が僕の額を伝う。

「定時後……でいいんだよな?」
「もちろんです」

 にこっと笑う今井カナの表情も心なしか硬く見えた。結局のところ僕は定時まで心が此処にあらずと作業効率が落ちていたと思う。定時が過ぎるまで何も無いと分かっているにも関わらず。不安が胸を蝕む感覚に僕は慣れない。

 そして、定時が過ぎて例の話題に足を踏み込もうと、僕は今井に話しかける。

「今井、アレから一ヶ月経ったな。ところで――」
「先輩!!!!」

 僕は結局、思い付かなかった。
 だからこそ今井に尋ねる術を取ろうとした瞬間。僕の言葉を遮り、今井がぎゅっと冷たい両手で僕の手を包む。

「すぅー、はぁぁぁぁ。行きますよ。入力しますからね?」
「入力……」

 よく見ると今井は僕の手で暖を取った後にカバンから受験票を取り出した。そして、見比べながら入力する。己の受講した会場コードを入力し自分の番号を入れてあと、ワンクリック。

 細い指でポチっと押すだけで、試験結果が表示される画面まで到達した。

 一瞬そこで時が止まったかのように今井は固まり、顔だけがゆっくりと動いて僕の方を見る。

 瞳が震え、いつもより呼吸音が荒く胸が上下に鼓動していた。血の気が引くように顔は青白いにも関わらず緊張で少し汗ばんでいた。

「見ようか」

 僕の言葉で背中を押せたのか分からない。けれど、今井はコクンと力強く頷く。

 決意が込められたワンクリックはいつも通りの軽い音で、今井カナが受けた資格試験の合否を知った。
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