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流離いの旅人
しおりを挟むフリードの部屋は一人暮らしで広さを必要としていない。煩い音を奏でながら寝ている男を自分のベッドに放り投げると目を覚ますのを待った。
最近たるんでいるフリードは依頼をやる訳でも無く自室で過ごす事も増えていた。そんなフリードの部屋に知らない男が寝ている……その光景を改めて見渡したフリードは小さく笑う。
毎日コツコツ依頼を請けていた頃は家に居ることが殆どなかった。寝て起きて魔物を倒しに行く日々は充実していた。それが心に穴が空いたような感覚に陥りやる気が無い。
目の前でだらしなく眠る男がまるで最近の自分を見ているかのように。
「ちゃんとしないとな……」
フリードは商人――ミナトの言葉を思い出した。この男は馬車に酔い酒に酔っている……起きた時に食べるものさえ少ない事に気づいたフリードは買い出しにいった。
どうせ暫く寝たままだろうと、たかを括るフリードの読みは正しく家に戻っても男は眠っていた。
フリードは寝ている男の様子を伺った。フリードよりも年齢は少し上で見た目から冒険者だと判断する、剣などを持っている訳では無いので近接では無くスキルを使った遠距離だろうかと考えたが、それにしては肉体が鍛えられている。
ぱちりと男が目を開いた。
ちょうどフリードが顔を見ようと屈んだ瞬間という間の悪さで気まずい雰囲気が自室に漂う。
五秒……十秒と二人の視線が合ったまま時間が過ぎて寝起きの男は現状を理解した。
「うぉい。おまえ誰だ。なんだこの部屋……俺は確か馬車で眠っていたよな。それにこの寝心地……ま、まさかお前! このレオン様の寝込みを襲おうって魂胆かオラァ! ふざけんな! 男と寝る趣味は無いぜ」
超絶な勘違いをしている男にフリードは返す言葉が直ぐに思い浮かばなかった。
「黙ってるのが更に怖えな。絶体絶命のピンチって奴だ、男レオン! 腹を括る時が来たようだな……いや、まてよ。よく見るとお前……意外とイケてる顔してるじゃねーか」
大きく息を吸って長い溜息を吐き出したフリードが口を開く。
「風呂を用意した。さっさと入ってこい」
おそらく何日も風呂に入らず無精髭を生やしたレオンと名乗る男にフリードがそう言うと後手に親指で風呂場を指した。
「お、風呂か。あんがとよ」
大きな欠伸をして久々の風呂に喜んだレオンがはっと何かに気づく。
「おまえ……やり手だな。自然と俺を脱がそうとしている!? くっ、ミナトの野郎……俺をこんな所に売りやがったな。あいつが楽しみに隠し持ってた肉を黙って食ったのが悪かったのか? いや、でも。俺様も同じ馬車で過ごしたよしみで食っていいよな?」
一人騒ぐレオンに呆れてフリードは商人に同情した。
「こんな男だから押し付けられたのか……商人が別れ際に浮かべた笑顔の意味が分かった」
汚物を見る目にレオンは身の危険が無い事を悟って安心した表情となり、はっはっはと笑いつつ風呂へ向かった。それを見届けてフリードは汚れたベッドを片付け始める。
王都オフィキナリスの情報をタダで得る事に成功したが、とんだ負債を抱えてしまった。少々握らせて王都エデンへ放り投げようとフリードは一人で作業をしながら決意した。
暫く経ってレオンが出てきた。
「最高だったぜ。意外と快適な風呂だったが……」
満足そうにしている男が唯一の不満をフリードに告げる。
「風呂はもっと広い方がいいぞ」
フリードの過ごしている部屋は一人用で、ましてや持て成す想定はされていない。
「俺が一人で使うには十分の大きさだ。文句を言われる筋合いは無い」
商人の顔を立てる意味も込めてフリードは善意で接していた。見るからに一文無しの風貌をしている男に食料と少々の用意したお金をテーブルに置いた。
「さぁ、これで死ぬことは無いだろう。さっさと出ていってくれ」
フリードの言葉に対して男はすぐさまお金を数え始めた。
「んぁー、二万ペセタか。ちなみにこの国で俺様が三食付きの宿を借りるとしたら何日生きていけるんだ?」
フリードはこの男が他国から来た事を失念していた。恐らく物価の違いを把握していない、だからこの場で渡されたお金を使い何が出来るのかを確認している。
嘘を含まず正直にフリードは出来る事を教える事にした。
「宿を選ばなければ一週間は過ごせる。まともな宿なら三日で尽きるはずだ。見た目で判断しているが冒険者だろう? それならギルドに行けば仕事もあるさ。俺は商人とのやりとりで商売の邪魔をしているお前を引き取ったに過ぎない。見ず知らずの他人から食料と数日過ごせるお金が貰えるなら十分だろう」
フリードの言葉を聞いて男は何度か頷いていた。思考能力も一応あるらしく、食料も確認して暫くの間は大丈夫だと言う事も伝わっている。
「ありがとう話は分かったぜ。ミナトのせいで世話になったな」
はっはっはと大笑いしながら男はお金を懐にしまった。別に商人は何も悪くない全てはこの男が面倒なだけ。
「そういえばこの国はアレよな? 魔物討伐に特化した冒険者が多いって話を聞いてる。別にパーティを組まなくても俺は依頼を請けきれるんだよな?」
冒険者だというフリードの読みは当たっていた。旅をする冒険者も稀に訪れることはある。色々な土地を見て回って住みやすい所を探したり、お金を稼いで自分の国へ帰ったりと様々な冒険者を今まで見てきた。レオンの疑問は別の国から来ても依頼を請けれるのかを確かめたいという内容だ。
「基本的に冒険者はパーティで活動するが、仕事を選ばなければソロでも大丈夫だ。実際、俺はソロで活動している。何も不安に思うことはないだろう」
「おう、ありがとさん」
身支度を済まそうとしているレオンを見てフリードは一つ訪ねる事にした。
「質問だが、お前のランクを訪ねたい。別に変な意味は無いんだが、どれくらいのランクがあれば外でやっていけるのか気になっていてな」
フリードは自分の目でオフィキナリスを見ようと考えていた。魔物に崩壊された……メアリの過ごしていた国へ行ってみる。あの頃に考えていた形とは違うけれど、メアリの過ごした国を見たい。
レオンはフリードの言葉に頭を抱えてしまった。難しそうな顔をして眉を潜めて何かを考えている。この予想外の反応は流石にフリードも戸惑ってしまった。ランクを教えてもらえれば良かっただけなのだが、聞いてはいけない事だったのかもしれない。王都エデンでは特にランクを口外しては駄目という規則がない。だから訪ねたのだがマナー違反の可能性をフリードは考えた。
「言えないなら別に教えてくれなくてもいい。悪かった」
怪訝な顔をしているフリードにレオンが気付いた。
「いや、そんなんじゃねー。教える事は可能なんだが……ちょっと難しいな。俺はジェネラルって国から来たんだが、公式の情報だと俺はFランクって事になってたような……もう少しあったような」
非公式のランクでも存在するのか疑問に思うところもあるが、フリードはこれ以上の詮索を止めることにした。この男が旅に出れるなら恐らく自分でも大丈夫だろうと考える。
「まぁ、いい。俺からの用は終わりだ」
「おうよ。んじゃ金はありがたく使わせて貰うぜ。まぁ一週間過ごせればギルドに行く必要もないだろう。この国には人探しに来ただけだからな。そういえば、名前を聞いてなかったな。王都ジェネラルから来た流離いの冒険者レオン・ジュピターだ」
フリードの知識ではジェネラルという国がとても遠い所にある事くらいしか分からなかった。その遠い国から来た男、レオン・ジュピターを真っ直ぐ見て口を開く。
「俺はフリード。ただの王都エデンで過ごす冒険者さ」
何故かレオンの目が点となり固まった。そして、今にも部屋から出ようとしていたにも関わらず荷物を置く。
「見つけたぞフリード。さぁ、俺様と旅に出よう」
今度はフリードがその言葉で固まってしまった。
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