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第一話 紅葉と黒猫
しおりを挟むあたしは黒猫のディアナ。
とある骨董屋さんのお家に住んでいる飼い猫なの。
その店主の柳都が、あたしの飼い主。
この名前は、彼がつけてくれたの。
彼の銀縁眼鏡をかけた細面は、色白でどこか優雅。
目鼻立ちが整っていてさわやかな感じ。
少し癖のある黒髪は襟足まで長さがあって、艶々している。
丁寧な物腰と対応で、訪れるお客さん達からも彼は大変人気があるの。あたしはそれを裏からこっそり見ているんだけど、ちょっと妬いちゃう時もあるわ。
そんな彼は、あたしの自慢のご主人様なの。
あたしが住んでいるそのお家には、小さなベランダがあるのよ。あたし専用の砂場があって、その先には小さなお庭、芝生もある。
良く晴れた暖かい日には、そこで日向ぼっこをするの。
そこは特別ぽかぽかしていて、とっても気持ちが良いんだから!
今日は晴れているけど、ちょっと風が冷たいな。
少し前までは蒸し蒸しして、暑かったのにね。
人間が言う「秋」という季節だからかなぁ。
芝生の上でのんびりしていたところ、風がひゅるりと吹いてきて、あたしの身体中の毛を下からぺろりとなめるようになでていった。
「みゃあ!?」
ちょっと、誰?
もう! 急に驚かさないでよ。
おまけにちょっと寒いし、背中がぞくぞくしちゃったじゃないの。
あたしの毛をいたずらになでていった犯人を思い切り睨もうとしたら、眼の前にたくさんの葉っぱが降ってきた。
その中で、気になるものがひらりとひらりと舞うように、あたしの足元へと落ちてきたの。
何これ?
この葉っぱ、指がある。
五本もあるわ。何だか、人間の手のひらみたいね。
でも柳都のそれより随分小さいの。
あたしには、その葉っぱが特別なものに見えた。
鼻を近付けて匂いを嗅いでみたけど、土っぽい、ちょっと湿った匂いがするだけ。形がお花みたいだから、もっと良い匂いがするのかなと期待しちゃったけど、普段外で嗅いでいる匂いと同じだった。ちょっとがっかりしちゃったわ。
でも、この葉っぱは何だか可愛い。前足で恐る恐る触ってみると、かさかさと音がした。
これは何だろう。
食べられるのかな。
あたしは試しにと、その「五本指のある葉っぱ」を口の中に入れて噛んでみた。もさもさしている。思ったほどかたくないけど、味が全然しないのよ。変な感じね。
すると、突然大きな手があたしの身体をひょいと抱き上げた。
芝生が少し遠くなったと思ったら、上から上品で優しい声が聞こえてきたの。驚いたあたしは、口の中のものをごっくんと飲み込んじゃった。
「おや。ディアナ。お腹が空きましたか?」
やがて銀縁眼鏡をかけた優しい顔が近づいてきた。
あたしの目を眼鏡越しで見つめてくる、優しい榛色の瞳。
彼の指が顎を優しくなでてくれるものだから、凄く気持ち良くなって、あたしはごろごろとのどをならした。今日のお仕事が終わって、店じまいしちゃったのかしら。
「みゃう~」
「これは〝紅葉〟というものですよ。毒はないですが、あまりたくさん食べるとのどに詰まったり、お腹を壊してしまいますから、ほどほどにして下さいね」
「くしょん!!」
あらやだ。
あたしの馬鹿。柳都に鼻水をつけなかったかしら?
どうしてこういう時にくしゃみが出るのよ。
柳都、ごめんなさい。
曲がったしっぽを立ててぶるると身体を震わせたあたしを、彼は苦笑しながら腕の中に入れて、大きな手で頭や背中をゆっくりとなでてくれた。つい、先の曲がったしっぽを真上にピンと伸ばしてしまった。
あたしはこれが一番大好き。毛と地肌の間を通り抜ける彼の指の感触が、とっても気持ち良いのよね。その温かい手につい顔をこすりつけたくなっちゃうの。
「なぁごぉ~……」
「少し冷えてきたようですね。ディアナ、もうお家の中に入りましょうか。お腹が空いているようだから、今日はご飯の時間を早めにしましょうね」
「みゃあ」
お家に入ると、柳都ったら
「あなたが風邪をひいたら大変ですから」
とあたしを毛布にくるんで、優しく抱き締めてくれた。
もうあの時のおチビじゃないのになんだか過保護だなぁと思うんだけど、あたしはそれがとっても嬉しかった。
秋も、悪くないわね。
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