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4 目覚めた時には
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アンナの寝室のドアがゆっくりと開くと、二人の男女の顔が部屋の中をそっと伺っていた。開いたドアから差し込まれた光が、ベッドの上で眠る二つの顔を明るく浮かび上がらせている。
どちらにも良く似た小さな顔だ。
そのどこか嬉しそうな表情を見た二人は、互いに顔を見合わせた後、安堵の吐息を同時についた。
「おやおや。どうやらぬいぐるみは見付かったようだな。良かった……」
「『マイケル』よ。あなた」
「おおっと、いけない。そうだな。君の言う通りだ」
「とっても良い笑顔をしているわね……楽しい夢を見ているんだわきっと。しばらくむくれていたけど」
「いつも寂しい思いをさせているからかな。普段大人しいから、彼女がかんしゃくを出すと思わなくて、正直驚いたよ」
「ごめんねぇ。アンナ。パパもママもあなたを忘れているわけではないのよ」
彼女の両親は、共働きだ。ベビーシッターを雇い、家事全般と彼らが不在にしている間のアンナの世話を任せている。彼女に関しては特に問題ないのだが、一番良いのは娘が実の両親と一緒に過ごす時間を出来るだけ多く確保することだ。
しかし、現実は中々思い通りにはいかなかった。特にアンナの父親は朝早く家を出て、夜遅く帰宅する毎日だ。娘の顔を何日も見られない日も多く、日曜日に仕事が入ることも多い。アンナの母親も父親より幾分かマシだが、似たような状態だ。二人共糧を稼ぎ、日々を過ごすことで精一杯の毎日だ。ついついおろそかになることも多くなる。
アンナの部屋の中に音を立てずに入った二人は、真っ白な布団からはみ出している小さな腕を、その中にそっと入れてやった。
柔らかい、小さな腕だ。
手のひらなんて、ぷにぷにとしている。
自分達にもこんな時代があったのだと思うと、妙に感慨深くなる。二人はひそひそ話しを始めた。
「次の日曜日は久し振りに休みがとれたんだ。家族みんなで動物園に行こうかと思うのだが、どうだい?」
「良いわねぇ。私もその日丁度休みなのよ。朝になったらアンナにも聞いてみましょう。きっと喜ぶわ。勿論、“マイケル”も一緒にね」
「そうだな。アンナにはいつも寂しい思いをさせているから、少しでも罪滅ぼしをと思ってね」
「そして、帰りにはどこかでご飯を食べて帰りましょうか」
「ああ。そうしよう。きっと喜ぶぞ」
すると、目の前にある小さな身体がもぞもぞと動くのが見え、二人は慌てて会話を止めた。息をひそめてようすをうかがっていたが、どうやら彼女がむくりと起き出すようすはなさそうだ。途端に胸をなでおろす。
「あら? 聞こえちゃったかしら? 明日彼女がどんな顔をするか、楽しみね」
「「おやすみ、アンナ。良い夢を」」
優しく見守る両親の声が聞こえているのか、アンナは満足そうに寝返りをうつと、マイケルを両腕でぎゅうっと抱きしめた。
両親が一緒にその頭を優しく撫でると、彼らの愛娘は一瞬くすぐったそうな顔をして、むにゃむにゃとつぶやいた。
静かに寝息をたてているその姿は、正に翼のない天使だった。
「アンナ、良かったね。また明日。良い夢を」
彼女の腕の中にいるマイケルがぽそりと言うと、それが聞こえたかのように、アンナの口元にふんわりとした笑顔が浮かび上がった。
どちらにも良く似た小さな顔だ。
そのどこか嬉しそうな表情を見た二人は、互いに顔を見合わせた後、安堵の吐息を同時についた。
「おやおや。どうやらぬいぐるみは見付かったようだな。良かった……」
「『マイケル』よ。あなた」
「おおっと、いけない。そうだな。君の言う通りだ」
「とっても良い笑顔をしているわね……楽しい夢を見ているんだわきっと。しばらくむくれていたけど」
「いつも寂しい思いをさせているからかな。普段大人しいから、彼女がかんしゃくを出すと思わなくて、正直驚いたよ」
「ごめんねぇ。アンナ。パパもママもあなたを忘れているわけではないのよ」
彼女の両親は、共働きだ。ベビーシッターを雇い、家事全般と彼らが不在にしている間のアンナの世話を任せている。彼女に関しては特に問題ないのだが、一番良いのは娘が実の両親と一緒に過ごす時間を出来るだけ多く確保することだ。
しかし、現実は中々思い通りにはいかなかった。特にアンナの父親は朝早く家を出て、夜遅く帰宅する毎日だ。娘の顔を何日も見られない日も多く、日曜日に仕事が入ることも多い。アンナの母親も父親より幾分かマシだが、似たような状態だ。二人共糧を稼ぎ、日々を過ごすことで精一杯の毎日だ。ついついおろそかになることも多くなる。
アンナの部屋の中に音を立てずに入った二人は、真っ白な布団からはみ出している小さな腕を、その中にそっと入れてやった。
柔らかい、小さな腕だ。
手のひらなんて、ぷにぷにとしている。
自分達にもこんな時代があったのだと思うと、妙に感慨深くなる。二人はひそひそ話しを始めた。
「次の日曜日は久し振りに休みがとれたんだ。家族みんなで動物園に行こうかと思うのだが、どうだい?」
「良いわねぇ。私もその日丁度休みなのよ。朝になったらアンナにも聞いてみましょう。きっと喜ぶわ。勿論、“マイケル”も一緒にね」
「そうだな。アンナにはいつも寂しい思いをさせているから、少しでも罪滅ぼしをと思ってね」
「そして、帰りにはどこかでご飯を食べて帰りましょうか」
「ああ。そうしよう。きっと喜ぶぞ」
すると、目の前にある小さな身体がもぞもぞと動くのが見え、二人は慌てて会話を止めた。息をひそめてようすをうかがっていたが、どうやら彼女がむくりと起き出すようすはなさそうだ。途端に胸をなでおろす。
「あら? 聞こえちゃったかしら? 明日彼女がどんな顔をするか、楽しみね」
「「おやすみ、アンナ。良い夢を」」
優しく見守る両親の声が聞こえているのか、アンナは満足そうに寝返りをうつと、マイケルを両腕でぎゅうっと抱きしめた。
両親が一緒にその頭を優しく撫でると、彼らの愛娘は一瞬くすぐったそうな顔をして、むにゃむにゃとつぶやいた。
静かに寝息をたてているその姿は、正に翼のない天使だった。
「アンナ、良かったね。また明日。良い夢を」
彼女の腕の中にいるマイケルがぽそりと言うと、それが聞こえたかのように、アンナの口元にふんわりとした笑顔が浮かび上がった。
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