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第四章 西の国へ
第三十七話 思い出
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ぱちぱちと火の粉が飛び、周囲が白く照らされている。
焚き火自身は小さかったが、近くを流れる川の音をかき消し、闇をさえぎるようだった。
アリオンの傍で、レイアは視線をやや下向きにしながらもじもじしていた。彼に誘われて隣に座ったのは良いが、話題に困っていたのだ。
「あんた、その……歌が上手だね。すっかり聞き惚れてしまったよ」
「ありがとう。でも、君の眠りの邪魔をしたようですまなかった」
「いや……そんなことはないよ。初めて聞いたけど。ずっと聴いていたくなる、素敵な歌だった」
「そうか……」
アリオンは口元に微笑みを浮かべた。
火の灯りの効果もあって、普段以上に輝きが増している。見ていると、吸い寄せられてしまいそうな笑顔だ。心臓の跳ね上がる音が聞こえてくる。
レイアはアルモリカ王国を出る際にやらかしたことをふと思い出し、今こそ謝るタイミングだとアリオンに向き直った。
「ねぇ、アリオン」
「ん?」
「さっきは……その……ごめんなさい。私ったら、あんたに凄い失礼なことをしちゃって。あんた、私なんかよりずっと身分が上なのに……」
「……ああ、大丈夫だよ。全然気にしていないから。それより、私の方が君を不安がらせたようで、すまなかった」
「私は……大丈夫だから。あの時はちょっと、疲れていただけだと思う。うん」
妙な緊張のせいで上手く話せない。
レイアは舌を噛みそうになるのを必死にこらえた。
穏やかな笑顔のままである王子の顔を見ながら、彼女はそう言えば……と、話題をつなげる。
「ところでずっと気になっていたんだけど、アリオンってやっぱりお母さん似?」
「ああ。昔は母親似だと良く言われたが、どうして?」
「何となく、そんな気がしたんだ。だって、今もだけど人魚の時のあんたは素晴らしく綺麗だから、きっとお母さんが美人だったんだろうなと思って」
それを聞いた王子は破顔した。人差し指で頬をくすぐられたような顔だ。
「金色の髪は母親から、青緑色の瞳は父親から来ただろうと言われている。子供の頃は母親の生き写しと良く言われたが、今はどちらにも似ていると言われるかな」
「そう……なんだ」
するとアリオンはゆっくりとレイアの方に顔を向けた。雰囲気を感じた彼女は一呼吸おいたあと吸い寄せられるかのようにゆっくりと顔をむけると、一瞬遅れてから長い髪が顔に追いつき、ゆらりと揺れた。それは火にあてられた艶を帯び、ちらちらと輝いている。ヘーゼル色の光の中にも、炎の輝きが映っている。そんな彼女の視線の先にいるのは王子の穏やかな顔だった。
「ところで、君のことを聞きたいのだが、良いかい? 色々知りたくてね」
「う……うん。大丈夫だよ」
色々話しながら、レイアは改めて思った。
今まで二人で落ち着いてゆっくりと話せる時間は、案外持てていなかった気がする。
出会った時はアリオンが満身創痍で、それどころじゃなかった。
それからすぐに二人して谷底に落ちて、現在まで四人ずっと一緒の行動だったから──。
(ばたばたしていたからね。仕方がないか)
あれからアリオンは心境の変化があったのか、随分と雰囲気が変わった。瀕死状態だった時の彼にまとわりついていた儚さは、もうすっかり鳴りを潜めている。身体の調子も良くなり、アーサーやセレナとも気軽にやり取りしているところを見ていると、彼らともすっかり打ち解けたようである。
元々険のない感じで、温和な性格の彼だ。
アルモリカの国民を守り、慈しむ心をも持ち合わせており、彼らに慕われているのもよく分かる。
しかし、ただ優しいだけでは国は治められない。
ある程度冷徹さも必要だ。
「君の養親はどんな人だった?」
アリオンの声に、あれこれ思考をめぐらせていたレイアは、意識を現実に一気に戻した。
そんな彼女を急かすことをせず、ゆっくりと待ってくれている王子に、レイアは再び思考をゆっくりと過去に飛ばした。
焚き火自身は小さかったが、近くを流れる川の音をかき消し、闇をさえぎるようだった。
アリオンの傍で、レイアは視線をやや下向きにしながらもじもじしていた。彼に誘われて隣に座ったのは良いが、話題に困っていたのだ。
「あんた、その……歌が上手だね。すっかり聞き惚れてしまったよ」
「ありがとう。でも、君の眠りの邪魔をしたようですまなかった」
「いや……そんなことはないよ。初めて聞いたけど。ずっと聴いていたくなる、素敵な歌だった」
「そうか……」
アリオンは口元に微笑みを浮かべた。
火の灯りの効果もあって、普段以上に輝きが増している。見ていると、吸い寄せられてしまいそうな笑顔だ。心臓の跳ね上がる音が聞こえてくる。
レイアはアルモリカ王国を出る際にやらかしたことをふと思い出し、今こそ謝るタイミングだとアリオンに向き直った。
「ねぇ、アリオン」
「ん?」
「さっきは……その……ごめんなさい。私ったら、あんたに凄い失礼なことをしちゃって。あんた、私なんかよりずっと身分が上なのに……」
「……ああ、大丈夫だよ。全然気にしていないから。それより、私の方が君を不安がらせたようで、すまなかった」
「私は……大丈夫だから。あの時はちょっと、疲れていただけだと思う。うん」
妙な緊張のせいで上手く話せない。
レイアは舌を噛みそうになるのを必死にこらえた。
穏やかな笑顔のままである王子の顔を見ながら、彼女はそう言えば……と、話題をつなげる。
「ところでずっと気になっていたんだけど、アリオンってやっぱりお母さん似?」
「ああ。昔は母親似だと良く言われたが、どうして?」
「何となく、そんな気がしたんだ。だって、今もだけど人魚の時のあんたは素晴らしく綺麗だから、きっとお母さんが美人だったんだろうなと思って」
それを聞いた王子は破顔した。人差し指で頬をくすぐられたような顔だ。
「金色の髪は母親から、青緑色の瞳は父親から来ただろうと言われている。子供の頃は母親の生き写しと良く言われたが、今はどちらにも似ていると言われるかな」
「そう……なんだ」
するとアリオンはゆっくりとレイアの方に顔を向けた。雰囲気を感じた彼女は一呼吸おいたあと吸い寄せられるかのようにゆっくりと顔をむけると、一瞬遅れてから長い髪が顔に追いつき、ゆらりと揺れた。それは火にあてられた艶を帯び、ちらちらと輝いている。ヘーゼル色の光の中にも、炎の輝きが映っている。そんな彼女の視線の先にいるのは王子の穏やかな顔だった。
「ところで、君のことを聞きたいのだが、良いかい? 色々知りたくてね」
「う……うん。大丈夫だよ」
色々話しながら、レイアは改めて思った。
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出会った時はアリオンが満身創痍で、それどころじゃなかった。
それからすぐに二人して谷底に落ちて、現在まで四人ずっと一緒の行動だったから──。
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しかし、ただ優しいだけでは国は治められない。
ある程度冷徹さも必要だ。
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アリオンの声に、あれこれ思考をめぐらせていたレイアは、意識を現実に一気に戻した。
そんな彼女を急かすことをせず、ゆっくりと待ってくれている王子に、レイアは再び思考をゆっくりと過去に飛ばした。
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