上 下
11 / 82
第一章 逃亡者

第九話 鍵

しおりを挟む
 焼き物の焼け具合いを見て来ると、一旦台所に行っていたセレナがエプロンで濡れた手を拭きながら再び戻って来た。
 上手い具合いなのだろう。
 先程と比べ、テンションがやや上がり気味だ。
 香ばしい、良い匂いが漂ってきている。
 
「鍵探しはみんなで協力すれば良いけど、まず一番重大な問題を解決してからね」
「?」
「アリオンの体調回復よ。先ほど確認したけど、レイアの手当てでも治りきれていない傷が身体中にあったわ。かなり弱っている証拠ね」
 
 そっと目を伏せるアリオンを見て、レイアは顔色を変えた。つい声が震えがちになってしまうのを抑えられなかった。
 
「それは一体どういうことだセレナ!? まさか……」
「説明するからレイア、落ち着いて。人魚族は治癒能力を持っているのよ」
「治癒能力……」
 
 セレナが言うには、人魚族は体力さえあれば、薬がなくても自身の傷をある程度治す能力を持っているらしい。
 そう言えばアリオンに初めて会った時、全身傷だらけの割には、不思議と発熱していなかったのをレイアは思い出した。
 彼ら特有の能力が底力としてあったからなのかもしれない。
 それでもあの時、限界に近かっただろうその力を彼は迷うことなく使った。
 谷底に落ちた自分を助けるために──。
 
 (あんたって奴は…… ) 
 
 彼を助けるために協力を申し出た自分が、かえって足手まといになったことに対し、腹ただしい思いだ。
 無言になったレイアの傍で、セレナはアリオンの肩から白い上着をかけてやった。
 
「……ねぇアリオン。カンペルロ王国で幽閉されている間、ロクな食事も出されていなかったんでしょ?」
 
 セレナの問いに対し、アリオンは黙って首を縦に振っている。
 金茶色の瞳はどこか遠くを見つめていて、心ここにあらずとでも言ったほうが良かった。
 
 ⚔ ⚔ ⚔
 
 カンペルロ王国のランデヴェネスト牢獄に幽閉されていた時──
 
 彼の部屋は他の者達とは別にされており、個室だった。だが王族の生き残りである彼ですら、兵による暴行という魔の手から逃れることは出来なかった。
 
 〝王族であるシアーズ家の者は極上の涙を流す〟
 
 誰一人目にした者がいないと言われる、シアーズ家の涙が結晶化した宝石。兵達は意地でもその〝幻〟を手にせんとするだろう。
 唸る音が響く度に身体が軋み、肉が裂ける痛みを全身に感じた。
 血が流れ落ちてゆき、体温と体力が奪われてゆく。
 それでも絶対に屈するものかと、アリオンは歯を食いしばり、声一つ漏らしはしなかった。
 
 自身の肉体に加えられる拷問よりも、自分の部屋の外から聞こえてくる、うめき声の方が彼にはこたえた。
 それは連日、日夜途切れることがない。
 耳から入り込んでくる度に身を硬くしていた。
 
 何か皮のようなもので叩かれているような音、
 何かが破けたような乾いた音、
 獣のような声と水音、
 助けを求める悲鳴と泣き声……。
 
 毎日聞かされていて、気に病まない方が不思議だった。
 
 アリオンは身を横たえながら涙一つこぼすことなく、ただひたすら耐えていた。一睡も出来ない日々が連日続くこともあった。
 
 (絶対に泣くものか……!! )
 
 突如として奪われた平穏な日常。
 踏みにじられた自由。
 強引に封じられた力。
 本来であれば身を賭してでも守らねばならぬ者達を、守れない現実。
 何とかしてここから脱出し、反撃の時期を狙わねば。
 でも一体どうしたら……!!
 せめてこの忌まわしい腕輪を外す鍵が見つかれば、歩けるようになるし、何とかなるはずだ。
 しかしその場所も、誰が持っているかも分からない……!!
 
 疲労困憊で指一本動けなくなり、倒れたまま、ただ呆然と石造りの壁を見つめていたその時、カチャリと音が響いた。
 
「?」
 
 音がした方向におそるおそる視線をやると、右手首から腕輪が消えていて──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

不遇な公爵令嬢は無愛想辺境伯と天使な息子に溺愛される

Yapa
ファンタジー
初夜。 「私は、あなたを抱くつもりはありません」 「わたしは抱くにも値しないということでしょうか?」 「抱かれたくもない女性を抱くことほど、非道なことはありません」 継母から不遇な扱いを受けていた公爵令嬢のローザは、評判の悪いブラッドリー辺境伯と政略結婚させられる。 しかし、ブラッドリーは初夜に意外な誠実さを見せる。 翌日、ブラッドリーの息子であるアーサーが、意地悪な侍女に虐められているのをローザは目撃しーーー。 政略結婚から始まる夫と息子による溺愛ストーリー!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

借金地獄の貧乏男爵家三男に転生してしまったので、冒険者に成ろうとしたのですが、成り上がってしまいました。

克全
ファンタジー
ラスドネル男爵家の三男ライアンは転生者だった。マクリントック男爵家のイヴリンと結婚して婿入りする予定だった。だがイヴリンは多くの悪評通り、傲慢で野心家だった。なんとチャーリー第一王子の愛人になっていたのだ。しかもチャーリー王子と一緒に婚約破棄の賠償金まで踏み倒そうとした。男爵家の意地を通したいライアンは、王国法務院に行って裁判に持ち込もうとした。何とか裁判には持ち込めたが、法務院の委員はほぼ全員王子に脅迫されていた。しかもライアンの婚約破棄賠償金請求ではなく、チャーリーと四妹の王位継承争いの場となってしまった。何とか弁舌を振るって婚約破棄賠償金請求の争いに戻し、勝利を勝ち取ったライアンではあったが、往生際の悪い王子は取り巻きを使ってライアンを殺そうとした。ついに堪忍袋の緒が切れたライアンは、取り巻きは半殺しにしただけでなく、王子の顔も焼いて心機一転ジェラルド王国で冒険者として生きる事にしたのだが…… 「アルファポリス」だけに投稿しています。

【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。

業 藍衣
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。 実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。 たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。 そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。 そんなお話。 フィクションです。 名前、団体、関係ありません。 設定はゆるいと思われます。 ハッピーなエンドに向かっております。 12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。 登場人物 アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳 キース=エネロワ;公爵…二十四歳 マリア=エネロワ;キースの娘…五歳 オリビエ=フュルスト;アメリアの実父 ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳 エリザベス;アメリアの継母 ステルベン=ギネリン;王国の王

処理中です...