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番外編
第十一話 アリオンのスープ〜その二〜
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部屋で布団にくるまっていたレイアは、戸が開いた時、布団からそっと顔を出した。
痛みがかなりきつかったのだろう。
冷や汗混じりで、青白い顔をしている。
部屋に入ってきたのがセレナのみならずアリオンも一緒だったため、彼女は驚いて目を丸くしていた。
「……」
「レイア。具合はどうだ?」
「……今のところ何とか。朝に比べれば大分マシになったところかな……心配かけてごめん」
「ねぇ、今なら少し何か食べられそう?」
「……ものによるかも……」
「スープを持ってきたの。とろみがあって、ふわふわした感じだから、きっと食べやすいだろうと思って」
朝と変わらず、いつも元気な声に覇鬼がない。
傍の机に盆を置いたセレナが、こそっとレイアに耳打ちした。
「これ作ったの、実はアリオンなのよ。あなたのために作ってくれたの。大丈夫そうなら、今のうちに一口だけでも試してみない?」
皿から漂う優しい香りに鼻をひくつかせながら、レイアはヘーゼル色の瞳を大きく広げた。
「アリオン……あんた料理出来たんだ……」
「……ああ。城では中々させてもらえないから、普段することはあまりないが、基本的なことなら出来るよ」
「これ……私に……? 本当……?」
「ああ。これを作るのは久し振りだったから少し手間取ったが、感覚を思い出したよ」
目をまん丸くしてスープから目を離そうとしないレイアに、セレナはさじを手渡した。
「うふふ。アリオンったらねぇ『自分でする』と言って譲ってくれなかったのよ。あなたのために出来ることは何でもしたいって。彼らしいけど、一度言い出したら引かないところは、あなたと良い勝負かもね」
二人にすすめられるがままにレイアはスープをそっと口に運ぶと、とろりとした食感で、無理なくするりと喉を通ってゆくのを感じた。
それは素朴だが大変優しい味わいだった。
空っぽの胃袋に入ってきた温もりが、じんわりと身体全体へと広がってゆく。
チブリーの嫌味のない自然な甘さとセノカの香りが食欲をそそり、これならいくらでも食べられそうだ。不思議と吐き気も来ない。
「丁寧に下ごしらえしてあるから、ふんわりとした食感に仕上がってるでしょう? セノカもたっぷりと入っているから、きっと、身体が芯から温まると思うわ」
「すりおろしと潰すだけでは限界だったから、実は少し〝力〟を使ったがね。裏漉ししたかのように、よりなめらかな食感になったから、上出来だ」
朝から何も口にしていなかったレイアの頬に、うっすら赤味がさしている。わずかだが、口元が緩んで、微笑みが浮かんでいる。
「……不思議だ。これなら私大丈夫そう。ミルカでも吐き気がしたレベルだったのに……」
「そうか。それなら良かった」
「これ凄く美味しいよ……ありがとう」
「まだあるから、焦らずゆっくり食べると良いよ」
スープをひとさじひとさじ口に運ぶレイアの様子を見ていたアリオンとセレナは、見守りつつも安堵の笑みを浮かべていた。
⚔ ⚔ ⚔
「……ということをさっき急に思い出したよ」
「ああ。そう言えばあったな。あの時は私も流石に驚いたよ。君の事情を良く知らなかったから、急に体調を崩したのだとばかり思っていた」
ここはリアヌ城にあるアリオンとレイアの寝室である。
寝台に腰掛けたアリオンの背中に、夜着姿のレイアは身を預けるように寄りかかった。原因が消え去った今、もう彼女は原因不明の妙な頭痛やめまいを起こすことはなくなっていた。
「あの時は他のご飯は全然食べられなかったのに、あんたが作ってくれたスープだけは不思議と口に出来た。味覚がまともじゃないはずだったのに、凄く美味しかったのを覚えているよ」
「そうか……」
「ねぇ。あのスープ、いつかまた作って欲しいな。もちろん今すぐじゃなくて良いよ。あんた普段忙しいし。時間がある時で構わないから」
ふとんにくるまれながらねだる彼女は、とても無邪気で愛おしい。随分と昔のことに感じられるが、あれからまだ一年も経っていないのだ。
「分かった。君がそう言うなら、今度時間を作ろう。その時だけ厨房の一部をかりれるように、料理長に頼んでおくよ」
「本当に!? 嬉しいなぁ。ありがとう。アリオン」
レイアはぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。王子はそんな彼女の身体を優しく抱き寄せ、微笑みながらその額にそっと口付けを落とす。
「君が望むなら、いくらでも作るよ。せっかくだから時々は何か作らせてもらおうかな。これでも私は母から習ったレシピをいくつか持っているからね」
「え!? 凄い! それは知らなかったよ。何故隠しておくんだ!? 私にも是非教えて欲しい」
「分かった。それじゃあ、今度の休みの日は一緒に何か作ろうか」
「あんたと一緒に料理かぁ。何だか嬉しいなぁ。楽しみにしているよ」
「私も楽しみだ。……それじゃあ、レイア。明日君も朝早いだろうから、今日はもうお休み」
「うんお休み。アリオン。また明日」
二人はお休みの口付けを交わした後、互いに寄り添いながら静かに目を閉じた。
──完──
※こちらの過去エピソードは時系列で言うと、
本編「蒼碧の革命~人魚の願い~」の第十四話「思い出の首飾り」辺りの物語となります。
痛みがかなりきつかったのだろう。
冷や汗混じりで、青白い顔をしている。
部屋に入ってきたのがセレナのみならずアリオンも一緒だったため、彼女は驚いて目を丸くしていた。
「……」
「レイア。具合はどうだ?」
「……今のところ何とか。朝に比べれば大分マシになったところかな……心配かけてごめん」
「ねぇ、今なら少し何か食べられそう?」
「……ものによるかも……」
「スープを持ってきたの。とろみがあって、ふわふわした感じだから、きっと食べやすいだろうと思って」
朝と変わらず、いつも元気な声に覇鬼がない。
傍の机に盆を置いたセレナが、こそっとレイアに耳打ちした。
「これ作ったの、実はアリオンなのよ。あなたのために作ってくれたの。大丈夫そうなら、今のうちに一口だけでも試してみない?」
皿から漂う優しい香りに鼻をひくつかせながら、レイアはヘーゼル色の瞳を大きく広げた。
「アリオン……あんた料理出来たんだ……」
「……ああ。城では中々させてもらえないから、普段することはあまりないが、基本的なことなら出来るよ」
「これ……私に……? 本当……?」
「ああ。これを作るのは久し振りだったから少し手間取ったが、感覚を思い出したよ」
目をまん丸くしてスープから目を離そうとしないレイアに、セレナはさじを手渡した。
「うふふ。アリオンったらねぇ『自分でする』と言って譲ってくれなかったのよ。あなたのために出来ることは何でもしたいって。彼らしいけど、一度言い出したら引かないところは、あなたと良い勝負かもね」
二人にすすめられるがままにレイアはスープをそっと口に運ぶと、とろりとした食感で、無理なくするりと喉を通ってゆくのを感じた。
それは素朴だが大変優しい味わいだった。
空っぽの胃袋に入ってきた温もりが、じんわりと身体全体へと広がってゆく。
チブリーの嫌味のない自然な甘さとセノカの香りが食欲をそそり、これならいくらでも食べられそうだ。不思議と吐き気も来ない。
「丁寧に下ごしらえしてあるから、ふんわりとした食感に仕上がってるでしょう? セノカもたっぷりと入っているから、きっと、身体が芯から温まると思うわ」
「すりおろしと潰すだけでは限界だったから、実は少し〝力〟を使ったがね。裏漉ししたかのように、よりなめらかな食感になったから、上出来だ」
朝から何も口にしていなかったレイアの頬に、うっすら赤味がさしている。わずかだが、口元が緩んで、微笑みが浮かんでいる。
「……不思議だ。これなら私大丈夫そう。ミルカでも吐き気がしたレベルだったのに……」
「そうか。それなら良かった」
「これ凄く美味しいよ……ありがとう」
「まだあるから、焦らずゆっくり食べると良いよ」
スープをひとさじひとさじ口に運ぶレイアの様子を見ていたアリオンとセレナは、見守りつつも安堵の笑みを浮かべていた。
⚔ ⚔ ⚔
「……ということをさっき急に思い出したよ」
「ああ。そう言えばあったな。あの時は私も流石に驚いたよ。君の事情を良く知らなかったから、急に体調を崩したのだとばかり思っていた」
ここはリアヌ城にあるアリオンとレイアの寝室である。
寝台に腰掛けたアリオンの背中に、夜着姿のレイアは身を預けるように寄りかかった。原因が消え去った今、もう彼女は原因不明の妙な頭痛やめまいを起こすことはなくなっていた。
「あの時は他のご飯は全然食べられなかったのに、あんたが作ってくれたスープだけは不思議と口に出来た。味覚がまともじゃないはずだったのに、凄く美味しかったのを覚えているよ」
「そうか……」
「ねぇ。あのスープ、いつかまた作って欲しいな。もちろん今すぐじゃなくて良いよ。あんた普段忙しいし。時間がある時で構わないから」
ふとんにくるまれながらねだる彼女は、とても無邪気で愛おしい。随分と昔のことに感じられるが、あれからまだ一年も経っていないのだ。
「分かった。君がそう言うなら、今度時間を作ろう。その時だけ厨房の一部をかりれるように、料理長に頼んでおくよ」
「本当に!? 嬉しいなぁ。ありがとう。アリオン」
レイアはぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。王子はそんな彼女の身体を優しく抱き寄せ、微笑みながらその額にそっと口付けを落とす。
「君が望むなら、いくらでも作るよ。せっかくだから時々は何か作らせてもらおうかな。これでも私は母から習ったレシピをいくつか持っているからね」
「え!? 凄い! それは知らなかったよ。何故隠しておくんだ!? 私にも是非教えて欲しい」
「分かった。それじゃあ、今度の休みの日は一緒に何か作ろうか」
「あんたと一緒に料理かぁ。何だか嬉しいなぁ。楽しみにしているよ」
「私も楽しみだ。……それじゃあ、レイア。明日君も朝早いだろうから、今日はもうお休み」
「うんお休み。アリオン。また明日」
二人はお休みの口付けを交わした後、互いに寄り添いながら静かに目を閉じた。
──完──
※こちらの過去エピソードは時系列で言うと、
本編「蒼碧の革命~人魚の願い~」の第十四話「思い出の首飾り」辺りの物語となります。
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