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番外編
第五話 故郷を訪ねて〜その三〜
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戸をノックする音が聞こえる。マリエラが戸を開けると、従者達を連れたアリオンが姿を現した。彼は息を軽く切らしている。急ぎ足で来たのだろうか。
「やっと終わったよ。二人共待たせたね。遅くなってすまない。そろそろここを出ようか」
どうやら、今日はそのまま宿舎に移動することになるようだ。ゲノルが言うには、ドアルヌネからダムノニア王国跡地までは距離があるらしく、今日は一度宿舎に泊まってから出直した方が良いらしい。宿は既に手配されており、心配は要らないとのことだった。
「宿舎に着いたら一休みしようか。ジャンヌ。君も疲れているだろうし、マリエラ達を休ませたい。向こうに着いたら彼らはある程度自由にさせるようにするつもりだよ」
「そうだね。それが良いと思う。私達に気を遣わせてばかりでは疲れるだろうから」
王子が言うことに対し、レイアは特に異議はない。そうと決まれば後は移動するだけだった。
馬車に移動する際レイアを先に乗せたアリオンは、自分の後に続く栗色の巻き毛の侍女にそっと声を掛けた。何だろうと彼女は小首を傾げた。
「私がいない間、ジャンヌの相手をしてくれてありがとう。君のお陰で気分がほぐれているようだ。君なら彼女を安心して任せられる。これから先も宜しく頼む」
「身に余る光栄ですわ。殿下。ジャンヌ様は殿下の大切なお方。私の命に変えても必ずやお守り致します」
「ありがとう」
王子は目を細めてにっこりとほほ笑むと、馬車に颯爽と乗り込んだ。それを見たマリエラは胸の内がすうっと軽くなった。
(本当に、殿下は少し見ないうちに笑顔が大変魅力的になられたこと。大人の色気も出てこられて、見ているだけでこちらが吸い寄せられてしまいそうね。これも全てジャンヌ様のお陰ね。殿下は良きお方と巡り会えて良かったわ……)
彼女は早くから使用人としてリアヌ城に勤めている。カンペルロ王国から侵略攻撃を受けた時は幸い私用で城におらず、自宅にいて隠れていたため、運良く兵の目から逃れることが出来た。そんな彼女はアリオンと歳が一つしか変わらず、これまで彼を弟のように見守って来たのだ。彼がアエス王を倒すのみならず、まさか将来を共にする伴侶まで連れて帰ってくるとは夢にも思わなかったが、彼女なりに王子の成長振りをとても喜んでいる。
⚔ ⚔ ⚔
宿舎に着いた後、二人は侍女を含む従者達の手を借りながら荷物の整理をした後で、普段の軽装に着替えた。着替えるだけでも、肩にのしかかっていたものから解き放たれ、身体が軽くなった気がする。レイアに至っては、部屋のテーブルへと盛大に突っ伏している状態だった。そのまま両腕を前へ真っ直ぐに伸ばしている。その様子を目の当たりにした王子はぎょっとした。
「レイア、大丈夫か?」
「……大丈夫。ちょっと身体を伸ばしているだけだよ。いたたた……特に背中と肩周りの筋肉が凝り固まってるからねぇ!」
「なら良いが……何かあったらすぐに教えてくれ。ここのところ君に無理させてばかりだから、倒れないかが心配なんだ」
「私は大丈夫だよ。たまに気取った雰囲気を装うのも悪くないだろう?」
レイアはむくりと起き出すと、荷物を置いている場所につかつかと歩み寄り、その中から細長い物を手にとった。それはレイチェルから授けられた彼女の愛剣だ。鞘からすらりと抜いて中身を確認すると、常にしっかり手入れの行き届いている剣身は、持ち主の顔を曇り一つなく綺麗に映している。
「それ、持ってきていたんだね」
「うん。大切な宝物だし、もし何かあった場合は、私は最終手段としてこれであんたを絶対に守る。そのために必要だから」
「ありがとう。そう言ってくれて私はとても心強いよ」
剣を鞘に納めたレイアの身体を、アリオンは静かにそっと抱き寄せた。彼の体温と匂いを布越しに感じて、彼女の胸の奥がきゅっと締め付けられる感じがする。
「でも、私にも君を守らせて欲しいな」
「私はただでさえあんたに守ってもらってばかりなのに……足りないの?」
「うん。全然足りない」
「もう……欲張りさんなんだから」
「君に関しては誰にも負けたくないからね」
アリオンはそう言って婚約者の唇に軽い口付けを一つ落とした後、彼女の耳元でそっと囁いた。レイアはそっと目を閉じる。彼女は、アリオンにこうして優しく囁きかけてもらうのが一番好きだ。耳元にかかる優しい息が少しくすぐったいけど、何だか心地良い。
「……そうだ。ゲノルからダムノニアについて色々話しを聞いたよ。夕食後にゆっくり話そう」
「分かった。忙しい中、色々ありがとう」
「せっかくの遠出だ。楽しもう」
「うん」
「……レイア。もう少しだけ、このままでいたいのだが、良いかな?」
「うん。やっとあんたと二人きりになれたし、私もこのままでいたいよ……」
しばらく、二人は抱き合ったままで離れようとはしなかった。部屋の窓からは大きな夕陽がそんな二人を見守るように、静かに息を潜めて沈みかけているのが見えた。
⚔ ⚔ ⚔
宿舎の一番下の階には食堂があり、二人は夕食をそこでとることにしていた。従者達には明日出発する時刻だけ伝えて解散しているため、彼らは各自自由に行動しているだろう。アリオンとレイアも城内の自室で着ている普段着で動いているため、肩肘張る必要性がない。
店内は美しいアーチ型の天井をもち、カジュアルでありつつも、どこかエレガントな雰囲気だ。
「何か、久し振りだね」
「何が?」
「こうやって、普通のお店でご飯を食べるの」
「ああ。言われてみれば、久し振りだな。ずっと城の中だったし。食べたいものがあったら好きに頼むといいよ。私も頼むから」
「うん。そうする」
店の中は客で賑わっていた。
数ヶ月前まではカンペルロ王国でも他国でもどこか戦々恐々とした世情だったせいか、客の入りが少なくどの店も苦労していた。今ではその影も鳴りを潜め、人気が戻ってきているようだ。それを見ると、温かい気持ちになった。
二人が注文した料理は、お品書きにあった、“今日のダムノニア料理”だった。この店では今や街となっているダムノニアの料理も取り扱っているようだ。二人は迷わずそれを選んだ。日替わりのコース料理のようだが、一体何が出てくるのだろうか。
やがて、頼んだ料理が運ばれてきた。どの料理も色鮮やかな野菜で彩られており、華やいでいた。
玉ねぎとトマトをふんだんに使った色鮮やかなスープ
カンペルロ産の採れたて新鮮野菜とライ(チーズ)のサラダ
近海で採れたアサリをたっぷり使ったラガナ(パスタ)
海老とイカをからりと揚げたもの
鶏の胸肉の炭火焼き
丸いマナ(発酵パン)とクイナ(バター)添え
旬の果物の果汁を使った冷製菓子
程よく湯がかれたラガナとアサリのソースが良く絡み、パセリの新鮮な香りと一緒に口の中で豊かな香りが広がった。使用されているラガナは長さが短いので、匙で食べることも出来る。王子は珍しそうな顔をしてラガナをじっと眺めたり、口に運んではゆっくりと食感を確かめたりしている。一方レイアは咀嚼しつつも、どこかぼんやりとしている。何かを思い出そうとしているのだろうか。
続く海老とイカは衣がカリッとさくっとした歯ごたえで、葡萄酒に良くあっている。炭火で丁寧に香ばしく焼かれた鶏は皮がパリッとしており、その身は軟らかくしっとりとしている。ルッコラとトマトを上から散らしてあり、白オリーブと黒オリーブをすり潰してハーブと混ぜ合わせたソースが絶品で、大変上品な味わいだ。最後を締めくくる甘酸っぱい菓子は大変水々しく、口中を爽やかにしてくれた。
「ダムノニアではこういう料理があるのか。特にラガナは初めて食べたが、歯応えがあって中々美味しいものだな」
「あんたは初めてなんだね。私はおぼろげだけど、ラガナを食べた記憶がある。これはソースの味を変えることで、色々楽しめるんだ。このラガナは昔食べたもので、私が好きだった味に近い気がするよ」
「……そうか。私が知らないだけで、うちの料理人は知っているかもしれないな。時々メニューに入れてもらえるよう、後で料理長に伝えておこう」
「嬉しい。ありがとう」
そう言えば、外で二人きりでご飯を食べるのも、案外なかった気がする。特に決まったドレスコードもなく、こうして気軽な普段着で過ごしているのも、久し振りだ。いくら慣れたとはいえ、王宮暮らしにはどうしても窮屈さがつきまとう。王子は平民として過ごした時間の長いレイアを気遣ってくれているのだろう。
そして、かつての自分の生まれ故郷を偲ばせる温かい料理。アルモリカに帰国して以来、復興事業で多忙な日々を送る彼が、自分を想い、わずかな時間を割いてでも作ってくれた大切な時間だ。そう思うと、胸の中にじんわり温かいものが広がり、思わず目元が熱くなってくる。
(アリオン。最近心配かけてばかりで、本当にごめん……)
こうして、数ヶ月振りにカンペルロで過ごした夜は静かに更けていった。
「やっと終わったよ。二人共待たせたね。遅くなってすまない。そろそろここを出ようか」
どうやら、今日はそのまま宿舎に移動することになるようだ。ゲノルが言うには、ドアルヌネからダムノニア王国跡地までは距離があるらしく、今日は一度宿舎に泊まってから出直した方が良いらしい。宿は既に手配されており、心配は要らないとのことだった。
「宿舎に着いたら一休みしようか。ジャンヌ。君も疲れているだろうし、マリエラ達を休ませたい。向こうに着いたら彼らはある程度自由にさせるようにするつもりだよ」
「そうだね。それが良いと思う。私達に気を遣わせてばかりでは疲れるだろうから」
王子が言うことに対し、レイアは特に異議はない。そうと決まれば後は移動するだけだった。
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「私がいない間、ジャンヌの相手をしてくれてありがとう。君のお陰で気分がほぐれているようだ。君なら彼女を安心して任せられる。これから先も宜しく頼む」
「身に余る光栄ですわ。殿下。ジャンヌ様は殿下の大切なお方。私の命に変えても必ずやお守り致します」
「ありがとう」
王子は目を細めてにっこりとほほ笑むと、馬車に颯爽と乗り込んだ。それを見たマリエラは胸の内がすうっと軽くなった。
(本当に、殿下は少し見ないうちに笑顔が大変魅力的になられたこと。大人の色気も出てこられて、見ているだけでこちらが吸い寄せられてしまいそうね。これも全てジャンヌ様のお陰ね。殿下は良きお方と巡り会えて良かったわ……)
彼女は早くから使用人としてリアヌ城に勤めている。カンペルロ王国から侵略攻撃を受けた時は幸い私用で城におらず、自宅にいて隠れていたため、運良く兵の目から逃れることが出来た。そんな彼女はアリオンと歳が一つしか変わらず、これまで彼を弟のように見守って来たのだ。彼がアエス王を倒すのみならず、まさか将来を共にする伴侶まで連れて帰ってくるとは夢にも思わなかったが、彼女なりに王子の成長振りをとても喜んでいる。
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宿舎に着いた後、二人は侍女を含む従者達の手を借りながら荷物の整理をした後で、普段の軽装に着替えた。着替えるだけでも、肩にのしかかっていたものから解き放たれ、身体が軽くなった気がする。レイアに至っては、部屋のテーブルへと盛大に突っ伏している状態だった。そのまま両腕を前へ真っ直ぐに伸ばしている。その様子を目の当たりにした王子はぎょっとした。
「レイア、大丈夫か?」
「……大丈夫。ちょっと身体を伸ばしているだけだよ。いたたた……特に背中と肩周りの筋肉が凝り固まってるからねぇ!」
「なら良いが……何かあったらすぐに教えてくれ。ここのところ君に無理させてばかりだから、倒れないかが心配なんだ」
「私は大丈夫だよ。たまに気取った雰囲気を装うのも悪くないだろう?」
レイアはむくりと起き出すと、荷物を置いている場所につかつかと歩み寄り、その中から細長い物を手にとった。それはレイチェルから授けられた彼女の愛剣だ。鞘からすらりと抜いて中身を確認すると、常にしっかり手入れの行き届いている剣身は、持ち主の顔を曇り一つなく綺麗に映している。
「それ、持ってきていたんだね」
「うん。大切な宝物だし、もし何かあった場合は、私は最終手段としてこれであんたを絶対に守る。そのために必要だから」
「ありがとう。そう言ってくれて私はとても心強いよ」
剣を鞘に納めたレイアの身体を、アリオンは静かにそっと抱き寄せた。彼の体温と匂いを布越しに感じて、彼女の胸の奥がきゅっと締め付けられる感じがする。
「でも、私にも君を守らせて欲しいな」
「私はただでさえあんたに守ってもらってばかりなのに……足りないの?」
「うん。全然足りない」
「もう……欲張りさんなんだから」
「君に関しては誰にも負けたくないからね」
アリオンはそう言って婚約者の唇に軽い口付けを一つ落とした後、彼女の耳元でそっと囁いた。レイアはそっと目を閉じる。彼女は、アリオンにこうして優しく囁きかけてもらうのが一番好きだ。耳元にかかる優しい息が少しくすぐったいけど、何だか心地良い。
「……そうだ。ゲノルからダムノニアについて色々話しを聞いたよ。夕食後にゆっくり話そう」
「分かった。忙しい中、色々ありがとう」
「せっかくの遠出だ。楽しもう」
「うん」
「……レイア。もう少しだけ、このままでいたいのだが、良いかな?」
「うん。やっとあんたと二人きりになれたし、私もこのままでいたいよ……」
しばらく、二人は抱き合ったままで離れようとはしなかった。部屋の窓からは大きな夕陽がそんな二人を見守るように、静かに息を潜めて沈みかけているのが見えた。
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宿舎の一番下の階には食堂があり、二人は夕食をそこでとることにしていた。従者達には明日出発する時刻だけ伝えて解散しているため、彼らは各自自由に行動しているだろう。アリオンとレイアも城内の自室で着ている普段着で動いているため、肩肘張る必要性がない。
店内は美しいアーチ型の天井をもち、カジュアルでありつつも、どこかエレガントな雰囲気だ。
「何か、久し振りだね」
「何が?」
「こうやって、普通のお店でご飯を食べるの」
「ああ。言われてみれば、久し振りだな。ずっと城の中だったし。食べたいものがあったら好きに頼むといいよ。私も頼むから」
「うん。そうする」
店の中は客で賑わっていた。
数ヶ月前まではカンペルロ王国でも他国でもどこか戦々恐々とした世情だったせいか、客の入りが少なくどの店も苦労していた。今ではその影も鳴りを潜め、人気が戻ってきているようだ。それを見ると、温かい気持ちになった。
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旬の果物の果汁を使った冷製菓子
程よく湯がかれたラガナとアサリのソースが良く絡み、パセリの新鮮な香りと一緒に口の中で豊かな香りが広がった。使用されているラガナは長さが短いので、匙で食べることも出来る。王子は珍しそうな顔をしてラガナをじっと眺めたり、口に運んではゆっくりと食感を確かめたりしている。一方レイアは咀嚼しつつも、どこかぼんやりとしている。何かを思い出そうとしているのだろうか。
続く海老とイカは衣がカリッとさくっとした歯ごたえで、葡萄酒に良くあっている。炭火で丁寧に香ばしく焼かれた鶏は皮がパリッとしており、その身は軟らかくしっとりとしている。ルッコラとトマトを上から散らしてあり、白オリーブと黒オリーブをすり潰してハーブと混ぜ合わせたソースが絶品で、大変上品な味わいだ。最後を締めくくる甘酸っぱい菓子は大変水々しく、口中を爽やかにしてくれた。
「ダムノニアではこういう料理があるのか。特にラガナは初めて食べたが、歯応えがあって中々美味しいものだな」
「あんたは初めてなんだね。私はおぼろげだけど、ラガナを食べた記憶がある。これはソースの味を変えることで、色々楽しめるんだ。このラガナは昔食べたもので、私が好きだった味に近い気がするよ」
「……そうか。私が知らないだけで、うちの料理人は知っているかもしれないな。時々メニューに入れてもらえるよう、後で料理長に伝えておこう」
「嬉しい。ありがとう」
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そして、かつての自分の生まれ故郷を偲ばせる温かい料理。アルモリカに帰国して以来、復興事業で多忙な日々を送る彼が、自分を想い、わずかな時間を割いてでも作ってくれた大切な時間だ。そう思うと、胸の中にじんわり温かいものが広がり、思わず目元が熱くなってくる。
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