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第五章 革命の時

第五十七話 蒼碧の革命

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 アリオンは剣を鞘に納め、天井に向かって右手を突き上げて叫んだ。それは今まで誰も聞いたことのない呪文だった。 
 
「全ての海を統べる王者トリトンよ。我にわたつみの御力を与え給え……!!」
 
 アリオンの身体全体が青緑色の閃光に包まれ、光の渦が生み出だれた。しばらくして光がひいてきたと思うと、彼の右手に黄金に輝くトライデントが現れた。

 (ああ、あれがひょっとしてアリオンが言っていた〝王族にしか使えない、特別な力〟か!? )
 
 ──シアーズ家の者はトライデントを召喚し、操る力を持っているのだ。それは水と大地を支配する能力を持つ──
 
 以前、アリオンが話してくれていた〝人魚の力〟のことをアーサーは思い出した。腕輪の拘束から解放された今、存分に力を発揮することが出来る絶好の機会だ。アリオンはトライデントを構え、静かに問うた。アエスを睨みつける瞳は研ぎ澄まされた刃物のように鋭く、声はいつもの温厚さは失われ、背筋が冷え冷えと凍りつくような冷徹な声となっていた。
 
「アエス王。今一度言う。彼女を離すんだ。さもなくば、お前の命はないと思え……」 

 王は怯えきって奥歯をカチカチ言わせながらも、レイアを拘束する腕を緩めようとはしなかった。彼女が顔を少しでも動かすと、首元にあてられた刃が突き刺さる可能性がある。刃先に毒が塗られてない保証がないため、レイアも身動きがとれないままだ。

「知るか! そ……そんなまやかしが、こ……この儂に通じるとでも思うのか!?」 
「……言ったな。その言葉、とくと後悔するがいい……!!」

 アリオンが頭上で三叉戟を何回か旋回させると、周囲に真っ白な稲妻が走り、轟渡った。柄尻の部分で床を思い切り突くと、大きな縦揺れが巻き起こる。

「危ない! みんな伏せろぉっ!!」

 突然襲ってきた大地震に全員まともに立っていられず、アーサー達は急いで身を伏せた。 
 
「天よ、地よ、海よりいでし精霊達よ。我の願いを聞き給え……!」 
   
 アリオンの声に従い、彼の全身からほとばしる青緑色の光は、炎のように立ち上がった。すると、耳をつんざくような轟音が鳴り響き、真っ白で大きな雷が高い天井から床へと一気に貫いた。周囲に地響きが鳴り響く。その衝撃でシャンデリアが派手な音を立てて落下した。ガラスが砕け散る音が周囲に響き渡る。
 
 やがて、どこからかごうごうと音が聞こえてきた。その音が近付いてきたと思った途端、破壊音とともに天井から大量の水がどっと流れ込んできた。そしてそれは大きく渦を巻き、どんどん量を増してゆく。それを目の当たりにした王は、目玉が飛び出さんばかりに目を大きく広げた。
 
「……や……やめろ……来るなぁああっっ!!」
「わたつみの怒り、その身に受けよ!!」

 すっかり青くなったアエスは腕の中にとらえていた少女を突き飛ばし、自分に向かって押し寄せてくる大波から何とか逃げようと後ずさったが、徒労に終わった。百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う波は、彼を逃さず一気に飲み込んだのだ。全身の力を手足にこめて、押し寄せ渦巻く流れをかき分けようとしたが、抵抗出来ない。
 
「ぐあああああああああああっっっ!!」 
 
 大波はアエスの叫びをせせら笑うかのように、ますます激しく躍り狂った。波は彼を呑み下し、あおり立てては外へ外へと、押し流していく。耳を押さえたくなるような不協和音が鳴り響いたと思うと、窓に大きな穴が空き、そこから外の海に向かってごうごうと水が流れていった。

 一方、アエスの拘束から逃れたレイアは床に倒れ込んだが受け身をとり、受ける衝撃を最小限に抑えていた。身体にまとわりついていたものは、いつの間にか忽然と姿を消えていた。そんな彼女の元にも容赦なく荒れ狂う大波はどうどうと押し寄せてくる。「ああ、動けない自分は今度こそもうだめかも」と思ったその時、愛しく思う声がレイアの耳へと、貫くように飛び込んできた。波を大きく打つ音が、自分へと近付いてくる。 
 
「レイア! こっちだ!!」
「アリオン!?」
  
 すると、青緑色の光が自分の身体を包み込むように広がってきて、眩しさのあまりレイアは思わず目をつぶった。

(何だろう。この感覚。何か、前にもあった気がする。確か、崖から落ちた時に感じた感触と似ているな……)

 音がない中で、レイアは何かに包まれるような感触を全身で感じていた。それは彼女が強く欲しいと望む、優しい温もりだった。
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