41 / 82
第四章 西の国へ
第三十九話 たゆたう想い
しおりを挟む
レイアが宿舎の部屋に戻ると、セレナは隣りの寝台で先に寝息をたてていた。ぴくりとも動かない。
余程疲れていたのだろう。
自分の寝台に腰を下ろすと、レイアは大きなため息を一つついた。
少し目元が熱い。
明日はきっと腫れるだろう。
久し振りに泣いたせいか、頭の芯がツンと痛い。
(私、一体どうしたんだろう? アリオンの目の前で子供みたいに泣くなんて……)
最近は、自分の行動で良く分からないことが出てきている。
そんな自分が怖くて仕方がない。
一人が怖くて仕方がない。
こんなに怖いと思ったことなんて、今までなかったのに……。
(どうしてなんだろう? )
レイアは天井をふと仰ぎ見た。
そう言えば、今の旅を始めてからは常に誰かと一緒だったから、一人になることがほぼなかった気がする。
新たに仲間となったアリオンと一緒に旅をして、
一緒にご飯を食べて、
一緒に寝て、
一緒に朝を迎える。
ずっと同じ時間を生きて、それを繰り返し、いつの間にかそれが当たり前になった。
だけど、その時間もいつかは終わりを告げるだろう。
彼が国を取り戻せば、彼がアルモリカの新国王となる。
国王ともなれば、当然跡継ぎを作り、育てねばならない。
きっと、彼に相応しい姫君が王妃となるだろう。
(相応しい……か……)
自分は、コルアイヌ王国で育った平民の一人に過ぎない。
彼とは生まれが違う。
その時点で、王族である彼の横には立てない。
自分のような泥臭い小娘では分不相応だ。
(分かっているのに……)
レイアは、先程のアリオンとのやり取りをふと思い出した。
自分の腕に、身体に、アリオンの香りが移っている。どこか懐かしく感じる、母なる海の匂い。
彼が自分を優しく抱き寄せてくれた時の、布越しの筋肉の感触が鮮明によみがえってきた。
心臓の音を敏感に感じるが、
命の温もりに包まれて、言葉で表現出来ない安心感を感じた。
波の心地良さに、たゆたうままにずっと身を任せていたくなるような、そんな気持ちだ。
──今度は私が君を守る番だ。是非守らせて欲しいのだが、良いだろうか? ──
(アリオンは、私のことが好きなのだろうか?)
そこで、頭が現実に戻ってきた。
彼が自分に好意を持ってくれているのは嬉しいし、正直悪い気はしない。
だけど……。
自分はあくまでも彼の協力者で、 今のこの関係も一時的なものなのだ。
彼はとても優しい人魚だ。
私に対する彼の想いも、弱っている者、困っている者を放っておけない性格からきているのだろう、きっと。
そして、彼は今たった独りの人魚だ。
人恋しさからきている可能性もある。
アエス王を倒し、囚われた彼の仲間達を救い出せば、私は必要とされなくなるだろう。
彼が独りではなくなるから。
(今が過ぎれば疎遠になる関係だ。
これ以上近づいたら──きっと互いに辛くなる……)
だから、私達は必要以上に近付かないようにすべきなのだろう。
そう思うのだが、心が締め付けられるように痛むのだ。
(私は、彼を一体どう思っているのだろう?)
共に時を過ごせば過ごすほど、
もっと一緒にいたい、
この日々がずっと続けば良いのに、
終わらなければ良いのに、
そう望む自分がいる。
世の中に生きている人と、その人たちの住処は変わってゆく──一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまることはない、波に浮かぶうたかたのように。
今と同じ時間は永遠には流れない。
いつかは互いに違う時間を過ごしていくことになる。
(アリオン……私は、あんたのことが好きなのだろうか? あんたを好きになってはいけないのではないのだろうか?)
答えの出ない問いに対し、レイアは再び深いため息をついた。
窓の外には玲瓏たる月が彼女を包み込むように、優しく照らし、その周りには星たちが煌々と輝いていた。
余程疲れていたのだろう。
自分の寝台に腰を下ろすと、レイアは大きなため息を一つついた。
少し目元が熱い。
明日はきっと腫れるだろう。
久し振りに泣いたせいか、頭の芯がツンと痛い。
(私、一体どうしたんだろう? アリオンの目の前で子供みたいに泣くなんて……)
最近は、自分の行動で良く分からないことが出てきている。
そんな自分が怖くて仕方がない。
一人が怖くて仕方がない。
こんなに怖いと思ったことなんて、今までなかったのに……。
(どうしてなんだろう? )
レイアは天井をふと仰ぎ見た。
そう言えば、今の旅を始めてからは常に誰かと一緒だったから、一人になることがほぼなかった気がする。
新たに仲間となったアリオンと一緒に旅をして、
一緒にご飯を食べて、
一緒に寝て、
一緒に朝を迎える。
ずっと同じ時間を生きて、それを繰り返し、いつの間にかそれが当たり前になった。
だけど、その時間もいつかは終わりを告げるだろう。
彼が国を取り戻せば、彼がアルモリカの新国王となる。
国王ともなれば、当然跡継ぎを作り、育てねばならない。
きっと、彼に相応しい姫君が王妃となるだろう。
(相応しい……か……)
自分は、コルアイヌ王国で育った平民の一人に過ぎない。
彼とは生まれが違う。
その時点で、王族である彼の横には立てない。
自分のような泥臭い小娘では分不相応だ。
(分かっているのに……)
レイアは、先程のアリオンとのやり取りをふと思い出した。
自分の腕に、身体に、アリオンの香りが移っている。どこか懐かしく感じる、母なる海の匂い。
彼が自分を優しく抱き寄せてくれた時の、布越しの筋肉の感触が鮮明によみがえってきた。
心臓の音を敏感に感じるが、
命の温もりに包まれて、言葉で表現出来ない安心感を感じた。
波の心地良さに、たゆたうままにずっと身を任せていたくなるような、そんな気持ちだ。
──今度は私が君を守る番だ。是非守らせて欲しいのだが、良いだろうか? ──
(アリオンは、私のことが好きなのだろうか?)
そこで、頭が現実に戻ってきた。
彼が自分に好意を持ってくれているのは嬉しいし、正直悪い気はしない。
だけど……。
自分はあくまでも彼の協力者で、 今のこの関係も一時的なものなのだ。
彼はとても優しい人魚だ。
私に対する彼の想いも、弱っている者、困っている者を放っておけない性格からきているのだろう、きっと。
そして、彼は今たった独りの人魚だ。
人恋しさからきている可能性もある。
アエス王を倒し、囚われた彼の仲間達を救い出せば、私は必要とされなくなるだろう。
彼が独りではなくなるから。
(今が過ぎれば疎遠になる関係だ。
これ以上近づいたら──きっと互いに辛くなる……)
だから、私達は必要以上に近付かないようにすべきなのだろう。
そう思うのだが、心が締め付けられるように痛むのだ。
(私は、彼を一体どう思っているのだろう?)
共に時を過ごせば過ごすほど、
もっと一緒にいたい、
この日々がずっと続けば良いのに、
終わらなければ良いのに、
そう望む自分がいる。
世の中に生きている人と、その人たちの住処は変わってゆく──一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまることはない、波に浮かぶうたかたのように。
今と同じ時間は永遠には流れない。
いつかは互いに違う時間を過ごしていくことになる。
(アリオン……私は、あんたのことが好きなのだろうか? あんたを好きになってはいけないのではないのだろうか?)
答えの出ない問いに対し、レイアは再び深いため息をついた。
窓の外には玲瓏たる月が彼女を包み込むように、優しく照らし、その周りには星たちが煌々と輝いていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる