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第四章 西の国へ

第三十九話 たゆたう想い

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 レイアが宿舎の部屋に戻ると、セレナは隣りの寝台で先に寝息をたてていた。ぴくりとも動かない。
 余程疲れていたのだろう。
 自分の寝台に腰を下ろすと、レイアは大きなため息を一つついた。
 少し目元が熱い。
 明日はきっと腫れるだろう。
 久し振りに泣いたせいか、頭の芯がツンと痛い。 
 
 (私、一体どうしたんだろう? アリオンの目の前で子供みたいに泣くなんて……) 
  
 最近は、自分の行動で良く分からないことが出てきている。
 そんな自分が怖くて仕方がない。
 一人が怖くて仕方がない。
 こんなに怖いと思ったことなんて、今までなかったのに……。
 
 (どうしてなんだろう? )

 レイアは天井をふと仰ぎ見た。
 
 そう言えば、今の旅を始めてからは常に誰かと一緒だったから、一人になることがほぼなかった気がする。
 
 新たに仲間となったアリオンと一緒に旅をして、
 一緒にご飯を食べて、
 一緒に寝て、
 一緒に朝を迎える。
 ずっと同じ時間を生きて、それを繰り返し、いつの間にかそれが当たり前になった。
 
 だけど、その時間もいつかは終わりを告げるだろう。
 
 彼が国を取り戻せば、彼がアルモリカの新国王となる。
 国王ともなれば、当然跡継ぎを作り、育てねばならない。
 きっと、彼に相応しい姫君が王妃となるだろう。
 
 (相応しい……か……)
 
 自分は、コルアイヌ王国で育った平民の一人に過ぎない。
 彼とは生まれが違う。
 その時点で、王族である彼の横には立てない。
 自分のような泥臭い小娘では分不相応だ。
 
 (分かっているのに……) 
 
 レイアは、先程のアリオンとのやり取りをふと思い出した。
 自分の腕に、身体に、アリオンの香りが移っている。どこか懐かしく感じる、母なる海の匂い。
 彼が自分を優しく抱き寄せてくれた時の、布越しの筋肉の感触が鮮明によみがえってきた。
 心臓の音を敏感に感じるが、  
 命の温もりに包まれて、言葉で表現出来ない安心感を感じた。
 波の心地良さに、たゆたうままにずっと身を任せていたくなるような、そんな気持ちだ。
 
 ──今度は私が君を守る番だ。是非守らせて欲しいのだが、良いだろうか? ──

(アリオンは、私のことが好きなのだろうか?)
 
 そこで、頭が現実に戻ってきた。 
 彼が自分に好意を持ってくれているのは嬉しいし、正直悪い気はしない。
 
 だけど……。
 自分はあくまでも彼の協力者で、 今のこの関係も一時的なものなのだ。
 彼はとても優しい人魚だ。
 私に対する彼の想いも、弱っている者、困っている者を放っておけない性格からきているのだろう、きっと。
 
 そして、彼は今たった独りの人魚だ。
 人恋しさからきている可能性もある。
 アエス王を倒し、囚われた彼の仲間達を救い出せば、私は必要とされなくなるだろう。
 彼が独りではなくなるから。
 
 (今が過ぎれば疎遠になる関係だ。
 これ以上近づいたら──きっと互いに辛くなる……)
 
 だから、私達は必要以上に近付かないようにすべきなのだろう。
 そう思うのだが、心が締め付けられるように痛むのだ。

 (私は、彼を一体どう思っているのだろう?)
  
 共に時を過ごせば過ごすほど、
 もっと一緒にいたい、
 この日々がずっと続けば良いのに、
 終わらなければ良いのに、
 そう望む自分がいる。
 
 世の中に生きている人と、その人たちの住処は変わってゆく──一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまることはない、波に浮かぶうたかたのように。
 
 今と同じ時間は永遠には流れない。 
 いつかは互いに違う時間を過ごしていくことになる。
 
 (アリオン……私は、あんたのことが好きなのだろうか? あんたを好きになってはいけないのではないのだろうか?)
 
 答えの出ない問いに対し、レイアは再び深いため息をついた。
 窓の外には玲瓏たる月が彼女を包み込むように、優しく照らし、その周りには星たちが煌々と輝いていた。

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