上 下
27 / 82
第三章 奪われし国

第二十五話 瀕死の国

しおりを挟む
 透き通った空。
 穏やかに流れる雲。
 清廉さを象徴するかのような真っ白な壁
 宝石のような景色がこの国の見物である。

 しかし、国の入り口とも言える城門の周囲に右往左往している黒装束の兵達が、その景観を台無しにしていた。
 
 アルモリカ王国の入り口に当たる城門──それは石で出来ている──の境目から中を伺っている四人組がいた。
 
 コルアイヌ王国から来たレイア達一行だった。
 
 アルモリカ族は人間の姿をしていれば、普通の人間と相違ない。そして王国関係者とは言えカンペルロ人も出入りしているようだから、何とかして中に入り込みさえすれば身動きが取れるだろうとふんだのだ。
 
「どこも警備の者が見張っているな」
「下手に大暴れしない方が良さそうだ」
「どうやって中に入ろうかしら」
「私がちょっと試してみたいことがあるのだが、やってみても良いだろうか」
「ああ。あんたがぶっ倒れないような内容であればな」
 
 アリオンが唇に人差し指をあて、何かの呪文を唱えると、指先から青白い霧のようなものが発生した。
 それがあっという間に城門の周囲を取り囲む。
 まるでレイア達だけ避けるように。
 
「!?」
 
 レイアが振り返ると、アリオンの瞳の色が金茶色からパライバ・ブルーへと変化している。
 霧は兵達を静かに包み込んでゆくが、それに不思議と誰も気付いていない。
 どうやらこの霧は兵達には視えていないようだ。
 やがて一人ずつだが生あくびをし始める者が出始めた。
 兵達はその場にどかりと座り込み、いびきをかくものも出る始末だ。

「これは……」
 
 アーサー達は目を大きく見開いている。
 警備として陣取っていた兵達が一人残らず居眠りを始めたのだ。
 
「私が術で城門を警備している者達だけ眠らせた。さあ、今のうちに中に入ろう」
「あんた、身体は大丈夫なのか?」
「ああ。これ位なら問題ない」
「彼らはどれ位眠ったままなんだ?」
「まともな威力で効果は二日位だ。しかし、今の私の力ではそこまでの威力はないと思う。一時的な足止め程度と思ってくれれば良い」
 
 アーサーが白い歯を見せた。
 
「いや充分だ。ありがとう。あとは上手に紛れ込むことにしよう」
「ただ、アルモリカ族は鼻が良い。人間の姿をした人魚と普通の人間を簡単に見抜いてしまう。これから先は私から離れないで欲しい」
「分かったわ」
 
 レイア達はアリオンの指示に従い、城門を通って、眠りこける兵達を尻目に国内へと入り込んだ。
 
 カンペルロ王国がアルモリカ王国へと侵略攻撃をした際に、この門は城壁ごと大きく破壊されたはずである。
 それがまるで何もなかったかのように修繕されている。
 きっと、この作業にも仲間達が何人か借り出されたのだろうと思うと、アリオンは胸が傷んだ。
 
 植えられている大きな木々が、荒れた地面に広い樹影を落としていた。
 
 ⚔ ⚔ ⚔
 
 アリオン達はまず街中で情報を手に入れつつ、中心都市であるガリアを目指すことにした。
 ガリアには城があり、その名をリアヌ城と言った。
 アリオンが生まれ育った城だ。

 海の音と潮の香りがどことなく漂っている。
 
「海の王国というだけあって、海の敷地も多そうね」
「ああ。平常時であれば色々案内したいところだが、今はそういう状態ではないから残念だ。ここでは情報を手に入れることと、シャックルリングの鍵のありかへの手がかりを得るのが目的だ」
「そうだな。急ごうか」
 
 途中で見かける建物は、煤で黒くなったり、被弾してえぐれ、くもの巣状のひびが四方八方へと入っていたりと、攻撃の凄まじさを物語っていた。
 今歩いている地域は、きっと激戦区だったのだろうと思われる。
 無惨にも岩肌を残すのみで建物自体が崩壊している地域もあった。
 白い欠片と青い欠片が飛散している。
 誰かの悲鳴が聞こえてくるようだった。
 
「……これは……酷いな……」
 
 現地のあまりの惨状に、さすがのアーサーも眉をひそめ、言葉が出なかった。
 本来は翡翠色にまどろみ、厚い硝子の切断部のように輝いているはずの海は灰色だった。
 水はどこか淀んでおり、 どことなく葬式の匂いがする。
 道端には放置されたままの人魚の遺体が、何体も転がされている。その中には、まだあどけない子供の人魚の遺体も混じっていた。少しずつ回収はされているようだが、間に合っていないのだろう。色とりどりの鱗が、鈍い色を周囲に放っている。
 
 それを目の当たりにしたセレナは、あまりの悲惨さに口元を手で押さえた。
 
「何ということ……!!」
「あいつら、絶対に許さない……!!」
 
 レイアは歯をぎりぎり言わせている。
 
 アリオンが無言のままで、その場に立ち尽くしているのが視野に入った。
 彼の視線の先は海なので、レイア達からは後ろ姿しか見えない。
 生まれ故郷の惨状を目にして、彼は一体どう思っているのだろうか。
 レイアはどう声をかけてあげれば良いのか分からず、彼の肩に置きかけた手を握り、思わず引っ込めた。
 
「おい。そこにいるのは一体誰だ? 見慣れない顔だな?」
「人間の匂いがする。彼らは我らが同胞ではない」
 
 突然声をかけられて振り返ると、二人の男がいた。二本の足を持つアルモリカ族のようだ。
 こちらを覗き込んでいる顔は、訝しげだ。漂う空気が怒気をはらんでいる。
 
「人間め! 我々をこれ以上どうするつもりか!?」
「俺達の国をよくもめちゃくちゃにしやがって……!」

 突然悪意をぶつけられたアーサーは、意味が分からず首をひねった。
 
「君達は何か勘違いしていないか? 俺達はコルアイヌから来たのだが」
「うるせえ。カンペルロ人だろうがコルアイヌ人だろうが関係ねぇ! ああ、先祖の悪口なんか言いたくないのだが、人魚族が人間なんかと仲良くしなければ、我々はこんな目に合わなかったんだ。一体どうしてくれる!?」
 
 剥き出しの敵意に、アーサーとレイアはつい反射的に左腰に帯びる剣のヒルトに右手を伸ばしてしまう。抜剣しそうになるのをすんでのところで食い止めた。
 
「一体何だ!? 彼らはこちらへ来るつもりだな」
「どうやら俺達をカンペルロ人と思い込んでいる。今何を言っても聞き入れてもらえないようだな」 
「彼らは敵じゃない。守らねばならない国民じゃないか。これを一体どうやって止める?」 
「難しい問題だな……」
 
 彼らは敵ではない。それどころか、今回の騒動での被害者なだけに、刃を向けることも出来ず、立ち往生している。 
 その時、悲鳴が聞こえた。
 
「きゃぁ!! 止めて!! 離して!!」
「あの声は、セレナ!?」
 
 三人は声が聞こえた方に顔を向けると、四・五人の人魚達によって足や衣服の裾を引っ張られ、灰色の海に引きずり込まれそうになっているセレナが目に止まった。
 赤や青や黄色、橙色の鱗を持つ人魚達だった。
 
「お前らが連れ去った俺達の仲間を返せぇ! じゃないとこの女を海に引きずり落とすぞ!!」
 
 アーサーが止めに行こうとしたところ、アリオンに制止され、驚いた顔をして反射的に振り返った。
 
「アリオン!?」
「彼らの説得は私に任せてくれ。君はセレナを頼む」
「ああ、分かった」
 
 先程まで微動だにせず沈黙を通していたアリオンが、後ろへと一つに結った明るい茶色の髪をたなびかせつつ、人魚達に向かって歩いて行った。
 その瞳は悲痛な色を含んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

処理中です...