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完結編

第四十章 死闘の先

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 二人は鞘から剣を抜き、構えをとった。

「行くぞ!!」

 風を切る音がしたと思いきや、大気を切り裂いて切っ先がサミュエルに迫ってきた。

 ガキィイイイイイイイン!!!!

 冷たい金属音が響き渡り、剣と剣が十文字に交錯する。銀髪と黒髪の切れ端が宙を舞った。
 衝撃が身体中にびりびりと響き渡り、しっかり持っていないと剣を落としてしまいそうになる。

「ふんっ!!」

 エレボスの剣は恐るべき速度を持っていた。動きに一分の無駄もない。研ぎ澄まされた体裁きから繰り出される剣戟は、急所である鳩尾を常に狙ってきて息を付く間も与えない。

「……くっ!!」

 バチバチバチバチバチバチッッッ!!!!

 剣同士が火花を散らした。
 苛烈さを極めながらも、二人の対決は傍から見る者にとってはまるで舞を舞っているかの様な優美さである。

「はぁっっ!!!!」

 エレボスは跳んで一旦背後に下がったと思いきや、サミュエルに向かって黒い稲妻攻撃を仕掛けて来た。

「……っっっ!!!!」

 バリバリバリバリッッッッ!!!!

 サミュエルは左手で真っ白に光が迸る結界を張り、難を逃れる。この黒い衝撃波は普段の稲妻の何万倍もの威力を持つ。まともに食らえば例え龍体であろうとも命はない。人間であれば刹那で灰と化す。感電という生易しいレベルではない。

 突然爆発音が起き、共に後ろに弾き飛ばされる。

 ザザザザザザザザザザザザッッ!!!!

 受け身をとり何とか衝撃を逃したサミュエルは呼吸を整えながらゆらりと立ち上がる。
 空中戦から地上戦と立て続けで戦っている為、二人共全身傷だらけでぼろぼろである。

「エレボス。お前はこの闘いを自らの意思で行っているのか?」

「どうした? 突然」

「私はずっと引っかかっていた。お前の行動には大抵“父からの命”と、常に大義名分を立てている節がある」

「大義名分の何が悪いのだ? 理由なんて必要なのか? 私はこれまでずっと父の命に従って生きてきた。特に疑問に感じておらぬ」

「お前は本当に何も感じぬのか? お前の行動にお前自身の“意思”が感じられぬ。お前は本心から私との闘いを望んでいるとはとても思えぬ。お前の剣の腕は強いと思う。だが闘いに“心”が感じられぬのだ。お前はこの現状に満足出来ているのか? 虚しく感じたことはないのか?」

 エレボスの拳がサミュエルの顔面に迫る。パシリと乾いた音が響き、それはサミュエルの掌の中に収まった。声にやや苛立ちの音が交じる。

「貴殿がそれを聞いて何の意味がある? 貴殿は私を苛立たせたいのか?」

「お前の父、ハーデースはそこまで厳格なのか? お前の意思を奪う程」

 エレボスはサミュエルの手を払う。

「ああ。父は厳しい方だ。今まで指示されたとおり任務を遂行して来たが、褒められたことは一度たりとて無い。どんなに心血注いでやってきても……だ」

「褒めることが無い? 実の息子のお前を? それは本当か?」

「ああ。それが父のやり方だ」

「それは……辛かったな」

「同情は不要だ」

「誰だって自分を認めて貰いたいと思っている。実の親に認めて貰えないと自分の“価値”が分からなくなる。ハーデースは失敗したからと言って、厳罰を与える様な親なのか?」

「……昔はあった。私は良く鞭打ちの罰を受けていた。今でもその時の傷跡は背中にある。流石に今はもう無い。褒められることはなくとも、痛い思いをせずに良くなっただけマシだ」

「……そうか。お前はハーデースに認められたいと、ずっと思っているのではないのか?」

「……黙れ」

「父親に認められたいが為に、罪の無い龍族や人間達を手に掛け続けてきたのではないのか?」

「黙れと言っているであろう!!」

 エレボスはサミュエルに当て身を食らわせる。

「う……っ!!」

 エレボスは当て身を敢えてまともに食らい、ふらついたサミュエルの胸ぐらを掴んだ。

「否定しないということは、嫌でも自覚していると理解して良いのだな?」

「黙れ黙れ黙れ! 私の気持ちなど貴殿に何が分かる!!」

 エレボスはサミュエルの左頬を殴った。サミュエルはそのまま地面に倒れ込み、手から滑り落ちた剣が落ちてカシャンと音を立てる。立ち上がらず座ったままのガウリア家の貴公子の頭上にラスマン家の貴公子が一刀を振り下ろす。

「サム!!!!」

 その場を見守っているウィリアム達がサミュエルに駆け寄ろうとした。

 ガキィイイイイイイイイイインッッ!!

 サミュエルは拾い上げた剣でエレボスの攻撃を瞬時に受け止めた。左唇の端に垂れた血を親指で弾きながらゆらりと立ち上がる。

「誰かに認めても貰いたいと思うことは誰もが持つ感情であり欲求だ。お前は幼い頃母親と離れ離れになって以来、父親にずっと己の価値を認めて貰いたかったのではないか?」

 バチッ!!

 エレボスは剣を弾き、跳んで距離をとる。

「父親はたった一人の肉親であり嫡男であるお前を厳しく鍛えようとした。何故褒めようとしなかったのかは分からぬが、何か考えがあったからに違いない。実の子を本気で嫌う親は居ない。愛情の裏返しの様な気がする」

 サミュエルは構えをとりつつ語りをやめない。

「エレボス。お前は武術や魔術は誰にも負けず劣らず充分強い。だが、もう父親の言いなりで動くのではなく、自分の意思で動いた方が良いのでは無いのか? もっと意見を言うべきでは無いのか? お前はハーデースの臣下ではないのだから」

「五月蝿い!!」

 エレボスはサミュエルに向かって黒い衝撃波を放った。サミュエルはそれに応えるかのように、白い衝撃波を放つ。黒い光と白い光がバチバチと音を立てて衝突し合う。

 白と黒の激突。
 光と闇の輪舞曲。
 静と動の合唱。
 生と死の円舞曲。

 どちらも一歩も引こうとしない。

「苛立っているということは、お前自身自覚している証拠だ。お前は事件を起こす機械じゃない。殺人機でも無い。意思を持っている。本当は人間と龍族間で起こる事件をずっと疑問に思っていたのでは無いか? お前は変わるべきなんだ。さすれば争いで無意味に命を落とす者の数が減る」

 膠着状態が続いていた光の応戦に若干動きが見られた。

「この屋敷内の使用人達をもうこれ以上無意味な事件ヘ加担させない様にして欲しい。お前なら出来る筈だ! 私が認める!!」

 白い光が黒い光を押し切った。
 その途端大きな爆発音が鳴り響き、その衝撃で二人は後方に弾き飛ばされる。

「かはっ……!!」

 弾き飛ばされたサミュエルの身体を辛うじてウィリアムが抱き止める。サミュエルの手から剣は握られたままだった。エレボスは地面に倒れ込む。手元にあった筈の剣は遠くに弾き飛ばされてしまったようだ。

 少し沈黙の時が流れ、エレボスが口を開き始めた。

「……私は貴殿が嫌いだ。出来れば顔も見たくない」

「好きにすれば良い。私もお前に無理に好まれようとは思わぬ」

「約束だ。私の手下と私自身を倒せば貴殿の宝珠を返すと宣告したからな。彼女の場所はヨゼフに聞け。彼に指示している」

「エレボス……」

 サミュエル達一同は目を見開く。

「構うな。暫く一人にしておいてくれ」

 エレボスは倒れたまま動こうともせず、そのまま静かに口を閉ざした。

 ※ ※ ※

「ここから先は私にどうぞお任せを。アシュリン様に滞在して頂いているお部屋迄ご案内致します」

 サミュエル達はエレボスを残し、ヨゼフの後に続いた。ウィリアムはぼそぼそとサミュエルの耳元で囁いた。

「サム、随分手酷くやられているが大丈夫か?」

「ああ、何とか」

「エレボスの奴、心が痛そうだったな」

「ああ。私は彼には嫌われてしまった様だ。その事自体はあまり気にならないが、もう少し言葉を選ぶべきだっただろうか」

「おまえは悪くない。奴はひねくれているんだ。それでも聞く耳を持っていただけマシというところだな。誰だって痛いところをつかれて冷静にはなれんよ。まぁ気にするな。しかし、今日のお前は何か凄みがあって凄かった。奴は武術攻撃より精神攻撃の方がこたえた様だ。暫く放っておこう」

 ウィリアムは労うように友人の肩をぽんぽんと叩いた。サミュエルは何か言いたそうな、複雑な表情をしていた。

 ※ ※ ※

 サミュエル達は先程迄居た屋上の丁度二階下にある部屋の前に辿り着いた。どうやら此処が目的地の部屋らしい。一同に緊張が走る。
 ヨゼフが静かに戸の鍵へと手を掛けた。
 手応えが無い。

「……?」

 珍しくヨゼフの顔に疑問の表情が浮かんだ。

「どうしました?」

「……おかしい。中に人の気配がありません」

「……何だって!?」

 サミュエルがその部屋の戸を開けてみると、ヨゼフの言う通り、中には誰も居なかった。誰かが部屋を使用していたという痕跡はあるが、気配が無い。

「アーリー……!!」

 サミュエルは呼び掛けるが無論返答は無い。部屋の中を手分けして探したが、姿を見付けることは出来なかった。

 窓が開け放たれ、吹き込んでくる風でカーテンが激しく巻き上げられている音がバサバサと虚しく鳴り響いている。拳を握り締めたまま茫然自失としているサミュエル。彼の傍に居たエドワードはやや苛立ち気味にヨゼフを問いただした。

「ヨゼフさん。場所は本当に此処なのですか? 間違っていないのですか? 何か聞いていませんか?」

「いいえ。私は何も。場所は此処としか伺っておりません。恐らくエレボス様もこの異変は御存知ないと思われます」

 予想外の自体に流石のヨゼフも珍しく動揺している。言葉の裏から察するに、ヨゼフはおろかエレボスでさえも知らない内に誰かが無断でアシュリンを連れ去った可能性が高い。

「アーリー……? 何処に居る……?」

 そこでウィリアムがぴくりと何かを察知し、苛立ちと焦りが交互に見え隠れしている友の肩を軽く叩いた。

「気を落とすなサム。アシュリン殿にこっそり忍ばせておいた子火龍からの知らせによると、どうやら奴等は主家の方に場所移動しているようだ」

 サミュエルは目を僅かに見開く。
 ザッカリーの頭に疑問符が浮かぶ。

「エリウに誘い込んでおきながら今度はベレヌスか……? 何故にそんな回りくどいことを……? しかもアシュリン殿を攫ったのは一体誰だ?」

「アシュリン殿がまた連れ去られたことを、本当にエレボスは知らなかったのだろうか?」

「エレボスは命に忠実に従う性格だ。知らぬやもしれぬな」

「……ということは……エレボスに命を出したハーデース・ラスマンか!?」

 一同が嘆息をつく中、ザッカリーは一冊の本が床に落ちているのを見つける。そして、その付近に口を開けている箱を凝視した。

「……これは……ひょっとしてアトロポスから持ち出された本では? この箱は正しく石碑の下に保管されていた箱!」

 珍しく興奮気味な表情を見せたザッカリーにエドワードは驚く。

「この箱と本を前に見たことがあるのですかザック?」

「本自身は初めてだが、この箱は幼い頃に一度だけ見たことがあった。昔用事で父と共にアトロポスの泉の近くを通りかかった時に、父から聞いたのだ。昔起きた戦争で多くの命が奪われてしまった。その当時のことが記載されている本を保管し、風化せぬようにせねばならぬと父は言っていた。中は開けられぬが箱を覚えておくようにと石碑の封印を解き、一度だけこの箱を見せてもらったのだ。龍の文様が書いてある、頑丈な箱だった」

「ただの無駄足ではなかったようだな。此処で得られる情報は他にはなさそうだ。では、ベレヌスにある主家へ向かおうか」

「この箱と本は石碑に戻そう。先ずは兵に預けておこう」

「一旦エウロスに戻って体制を整える……にしては時間が惜しいな。サムの手当てもした方が良いし、ひと休憩したら直ぐに本拠地に向かおう」

「ああ!」

 重く垂れ込めた夕焼けの雲が西の空からじんわりと広がり、厳かに見える深さで次から次へと薔薇色に染め上げられてゆく。浮雲が美しく燃えている。空気が全て凍り付いてしまったかの様な静けさだけが、息を潜めて辺りに漂っていた。
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