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完結編
第三十四章 思い出の雪
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「……痛!」
エリウの居城にある一室にて。
アシュリンは持っていた本を足元に落としてしまった。一瞬左胸から腹の辺りにずきりとした痛みが走ったが、一体何なのかはよく分からない。
――この月白珠は、ただの守護石ではなかったのね。あんなに切なく悲しい伝説を持っていたとは思わなかったわ。
アシュリンは左脇腹を擦りながらしゃがんで落とした本を拾い、四百年前の世界へと思いを馳せた。
人間と龍族がどちらも王族で、他種族間の恋愛も婚姻も認められていなかった時代。今があまりにも平和過ぎて、想像が出来ない。
胸元にぶら下がる月白珠をひと撫でし、アシュリンは一人考え込んだ。今日の月白珠はどこか涙に濡れた色をしている。
――四百年前のことを記録してあるこの本こそ月白珠の「発動」に関係している事項が書かれているものかと思っていたけど、イマイチよく分からなかったな。ただ、ラウファー家とセヴィニー家の特徴って、何処かで見たことがあるわね。ラウファー家はガウリア家の祖先にあたるのかな。セヴィニー家ってひょっとしてラスマン家と関係しているのだろうか? どちらも銀髪だし、アイカラーは灰色だし、身体的特徴が似ている気がする。同じ血族関係かもしれない。セヴィニー家は歴史上無くなった元王族だけど、血族者が生きていても別におかしくないわね。純血の龍族なら戦争か何らかの理由で命を落としていなければ、この世界の何処かで生きているだろうし。
アシュリンは思考しながらふと机の上に置いてある紅茶の器に手を伸ばした。
使用人に淹れてもらっていた紅茶がすっかり冷めてしまっている。いつもの癖で、ついつい本に没頭し時間を忘れていた。
アシュリンはそれをぐいっと一気に飲み干した。良い香りが鼻からゆっくりと抜けてゆく。香り高く良い茶葉を使ってあるのは分かるのだが、妙に寂しさを感じる。
――こういう寒い日は身体を温める効能のあるギム入りのファミル茶が一番よね。ファミル茶が飲みたいな。いつかエウロスに帰ったらファミル茶でお茶しよう。
エレボス・ラスマンによってエリウに連れ去られてまだ二・三日。思っている以上に時が経つのを遅く感じる。
――サム……。早く貴方に会いたい。貴方の声を聴きたい。あのゆっくりと落ち着きのある低い声を、聴かせて欲しい。でも私は此処から出られないから、貴方が迎えに来てくれるのを此処でじっと待っているしかない。何も出来ずただ待っているだけだなんて、何か癪だなぁ。
時折吹く風で窓がカタカタと音を立てた。
アシュリンは寒気を感じて身震いし、羽織っている黒い外套の襟元を引き寄せる。
窓の外を見ると、闇の中でふわふわと舞う白雪。時々風で巻き上げられては屋敷の壁に叩きつけられている。窓は開かない為、直に雪に触ることは出来ない。
――道理で冷え込むと思ったら、雪か……。今日の夜はやけに静かだと思っていたけど雪が降る知らせだったのかしら。
雪を見ると、八年前にまだ小さな龍だったサミュエルと初めて出会った日を思い出す。あの日も雪で酷く凍て付いた日だった。
――僕の国の街、エウロスは隣だし……きっとまた会えるよ。良く分からないけどそんな気がする。君のこと、絶対に忘れないよ――
――君にこれをあげる。助けてくれたお礼。きっと君の助けになると思う。他の人には見せないで、どんな時にも肌身はなさず持っていて欲しい――
――とっても綺麗! どうもありがとうサム。これ本当に私が貰もらっても良いの? 絶対なくさない。大切にするわ――
あの頃はまさか数年後に自分がエウロスに住むことになるとは全く予想も出来なかったなと、ふと感慨深くなる。
背伸びをし、ふあぁと欠伸をしたアシュリンは寝台に倒れ込んだ。自分は今監禁されている筈だが、外に出られないこと以外は至って普通に過ごせている。緊迫感が全く無いと言えば嘘になるが、こんな時でも体内リズムが殆んど狂っていないことに我ながら驚いている。ベレヌスに来てから色々あって肝が少し座ってきたかもしれないと、アシュリンは可笑しくなった。
――今日はもう遅いし、寒いから眠ってしまおう。続きは明日にでも。時間はまだありそうだし。ラスマン家に関係する書物を読めば、何かまた新しいことが分かるかもしれない。サムが来てくれるまで、出来る限り調べてみよう。今私に出来ることはそれだから。
アシュリンは置いてあった着替えに腕を通し、寝台へ横になると布団を肩まで引き上げ、静かに目を閉じた。
暖炉ではパチパチと炭火が爆ぜる音を立てていた。
エリウの居城にある一室にて。
アシュリンは持っていた本を足元に落としてしまった。一瞬左胸から腹の辺りにずきりとした痛みが走ったが、一体何なのかはよく分からない。
――この月白珠は、ただの守護石ではなかったのね。あんなに切なく悲しい伝説を持っていたとは思わなかったわ。
アシュリンは左脇腹を擦りながらしゃがんで落とした本を拾い、四百年前の世界へと思いを馳せた。
人間と龍族がどちらも王族で、他種族間の恋愛も婚姻も認められていなかった時代。今があまりにも平和過ぎて、想像が出来ない。
胸元にぶら下がる月白珠をひと撫でし、アシュリンは一人考え込んだ。今日の月白珠はどこか涙に濡れた色をしている。
――四百年前のことを記録してあるこの本こそ月白珠の「発動」に関係している事項が書かれているものかと思っていたけど、イマイチよく分からなかったな。ただ、ラウファー家とセヴィニー家の特徴って、何処かで見たことがあるわね。ラウファー家はガウリア家の祖先にあたるのかな。セヴィニー家ってひょっとしてラスマン家と関係しているのだろうか? どちらも銀髪だし、アイカラーは灰色だし、身体的特徴が似ている気がする。同じ血族関係かもしれない。セヴィニー家は歴史上無くなった元王族だけど、血族者が生きていても別におかしくないわね。純血の龍族なら戦争か何らかの理由で命を落としていなければ、この世界の何処かで生きているだろうし。
アシュリンは思考しながらふと机の上に置いてある紅茶の器に手を伸ばした。
使用人に淹れてもらっていた紅茶がすっかり冷めてしまっている。いつもの癖で、ついつい本に没頭し時間を忘れていた。
アシュリンはそれをぐいっと一気に飲み干した。良い香りが鼻からゆっくりと抜けてゆく。香り高く良い茶葉を使ってあるのは分かるのだが、妙に寂しさを感じる。
――こういう寒い日は身体を温める効能のあるギム入りのファミル茶が一番よね。ファミル茶が飲みたいな。いつかエウロスに帰ったらファミル茶でお茶しよう。
エレボス・ラスマンによってエリウに連れ去られてまだ二・三日。思っている以上に時が経つのを遅く感じる。
――サム……。早く貴方に会いたい。貴方の声を聴きたい。あのゆっくりと落ち着きのある低い声を、聴かせて欲しい。でも私は此処から出られないから、貴方が迎えに来てくれるのを此処でじっと待っているしかない。何も出来ずただ待っているだけだなんて、何か癪だなぁ。
時折吹く風で窓がカタカタと音を立てた。
アシュリンは寒気を感じて身震いし、羽織っている黒い外套の襟元を引き寄せる。
窓の外を見ると、闇の中でふわふわと舞う白雪。時々風で巻き上げられては屋敷の壁に叩きつけられている。窓は開かない為、直に雪に触ることは出来ない。
――道理で冷え込むと思ったら、雪か……。今日の夜はやけに静かだと思っていたけど雪が降る知らせだったのかしら。
雪を見ると、八年前にまだ小さな龍だったサミュエルと初めて出会った日を思い出す。あの日も雪で酷く凍て付いた日だった。
――僕の国の街、エウロスは隣だし……きっとまた会えるよ。良く分からないけどそんな気がする。君のこと、絶対に忘れないよ――
――君にこれをあげる。助けてくれたお礼。きっと君の助けになると思う。他の人には見せないで、どんな時にも肌身はなさず持っていて欲しい――
――とっても綺麗! どうもありがとうサム。これ本当に私が貰もらっても良いの? 絶対なくさない。大切にするわ――
あの頃はまさか数年後に自分がエウロスに住むことになるとは全く予想も出来なかったなと、ふと感慨深くなる。
背伸びをし、ふあぁと欠伸をしたアシュリンは寝台に倒れ込んだ。自分は今監禁されている筈だが、外に出られないこと以外は至って普通に過ごせている。緊迫感が全く無いと言えば嘘になるが、こんな時でも体内リズムが殆んど狂っていないことに我ながら驚いている。ベレヌスに来てから色々あって肝が少し座ってきたかもしれないと、アシュリンは可笑しくなった。
――今日はもう遅いし、寒いから眠ってしまおう。続きは明日にでも。時間はまだありそうだし。ラスマン家に関係する書物を読めば、何かまた新しいことが分かるかもしれない。サムが来てくれるまで、出来る限り調べてみよう。今私に出来ることはそれだから。
アシュリンは置いてあった着替えに腕を通し、寝台へ横になると布団を肩まで引き上げ、静かに目を閉じた。
暖炉ではパチパチと炭火が爆ぜる音を立てていた。
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