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第二章 襲い掛かる魔の手

第二十九話 二つの影

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 境内の丁度裏道に当たる場所で、ルフスとロセウスは睨み合っていた。
 生えている椎や椨の木々がざわざわと葉を鳴らしている。
 静寂を先に壊したのはルフスの方だった。
 
「本当はここは神聖なる場所。俺達のような闇の者が立ち入れる場所ではないと思うのだが」
 
「主は今お留守のようだし、俺の“闇結界”があれば大したことはないな。ただ時間制限付きだが……」
 
 そう言うやいなやロセウスは突然間合いへと入り込み、左腕をルフスの首の後ろに回し引きつけ、彼の左腕を上から右手でグイと掴んだ。数秒の出来事だった。
 
「!!」
 
 そして右腕で彼の左腕を内側から跳ね上げて、その隙に首に回している左手でルフスの頭を引きつける。
 それから左足を後に下げ、頭を一旦左脇まで下げた後、胸のあたりで反りながらグイと締め上げた。
 
「かはっ……あっ……!!」
 
 ルフスの細い首元からギシギシと摩擦のような嫌な音が響く。
 
「ルフス!!」
 
 茉莉達は言葉が出ない。
 いつも完全必勝の彼が相手にかけられた技で身動きが取れないだなんて、想像すら出来ないからだ。
 彼女達の真っ青な表情をちらりと見たロセウスは、不敵な笑みを浮かべながら腕に更にじわりと力を込める。
 上腕二頭筋に血管がぷくりと盛り上がった。
 
「う……っ……く……っ!!」
 
 ルフスは震えながらも汗の滴る顎をゆっくりと引き、頸動脈と気管を確保することに集中した。すると上から畳み掛けるように野太い声が降ってくる。  
 
「……ほらどうした。久し振り過ぎて勘が鈍ったか? お前はこれ位でへたばるようなヤツではないだろうが?」
 
 その瞬間、ルフスは目を見開いた。
 相手の腰を両腕でがしりと掴んで抱え、一気に後方へと反り投げる。
 
「うお……っっ!?」
 
 うねりのあるアッシュブロンドが宙を舞った。
 大柄な身体は数メートル先へと矢のように飛ばされてゆく。
 それは地面に叩きつけられる前に一回転し、ズドーンッと地響きを立てて着地した。
 
 風圧で辺りの玉砂利が弾き飛ばされ、もうもうと土埃が立ち込めている。
 周囲の地面が大きく円形に抉れており、大きなクレーターが出来上がった。
 
「……はぁっ……はぁっ……!!」
 
 開放された気管を通り、一気に酸素がルフスの肺に送り込まれた。急激過ぎて身体中に痛みが駆け抜けてゆく。
 銀髪の少年はゲホゲホと咳き込みながら抗議した。首に青痣が浮き上がっている。
 
「……危ねぇ!! てめぇ俺の首を本気で折ろうとするんじゃねぇ!!」
 
 喉を潰されかけた為か、声がややハスキーヴォイス気味だ。
 
「失敬! 本気でヤリかけた。お前と手合わせだなんて何百年振りで、嬉しい気分の方が理性を上回ったからな。はっはっはっ! お陰でタガが外れそうになったぜ」
 
 飛ばされた巨漢はけろりとした顔で、どこまで本気なのか不明な返答をした。のんきにぼりぼりと無精髭の生えた顎をかいている。やることは派手だが妙に憎めない。
 
「はああああっっ!!」
 
 ルフスの瞳が紅色に燃え上がり、身体が赤い光芒に包まれた。その瞬間、周りにある石灯籠やら狛犬やらがロセウス目掛けて光速で飛んできた。
 
「ふんっ!!」
 
 自分に向かってきた弾丸達を右の裏拳で一気に跳ね飛ばす。
 ルフスは戻って来たそれらを地面に身を伏せることでかわしつつ、両手を前に突き出した。
 
 ザザザザザザザザッッッ!!!!!!
 
 足元からバッタのように無数の玉砂利が巨漢を目掛けて襲いかかった。
 
「ぬうん!!」
 
 インペリアル・トパーズの瞳が一閃した瞬間、爆発音が辺りに響き渡った。ロセウスの周囲を包むグレーの光芒が周囲を覆ってゆく。
 
「うわっッ!?」
 
 織田達は自分の身を守る為に地面へと身を挺した。藍色を除く六色と桃色の光が彼等の身を優しく包んでいる。各々の水晶の力でかろうじて飛来物から身は守れているようだが、びりびりと痺れが全身に走り回る。
 
「何だ!? 今のは一体……!?」
 
 もうもうと白く立ち上がる土煙の中、数メートル先では二人の吸血鬼達が再び対峙していた。
 大柄なロセウスと華奢なルフス。
 体格差が著しいにも関わらず、力量が素人目には不思議とほぼ同格に見える。
 
 神聖な場所での乱闘騒ぎであるが、自分たち以外誰も気が付かない、聞こえていないとは実に奇妙である。これがロセウスが言う“闇結界”の為せる技なのだろうか。
 
 彼の言うことが本当であれば、今この神社の主である神は不在ということだ。言い方は悪いが偶然今いないだけなのか、それとも本当に中身が空なのか。現時点は判別不可能だ。
 
 しかし、これでもし後者であれば、この場に居合わせている自分達はルフスが斃れたら確実にもう一人の吸血鬼の餌食となる。そう思うと、季節は真夏の筈なのに背筋が薄ら寒くなった。掌と背中がじっとりと汗で濡れている。
 
「本当にこの神社、神様はいらっしゃるんだろうか?」
 
 ぽつりと零す右京にすかさず左京が突っ込む。
 
「さっきお参りしたのに疑うんじゃねぇよ右京。気持ちは分かるけどよ。しっかし、今のところはオレ達はこうして見守るだけしか出来ねぇのか……」
 
 左京がぼやくと、突然後ろから聞き覚えのないアルトヴォイスが響いてきた。
 
「筋肉馬鹿が好き勝手やってる間ヒマだろうから、あんた達は私が相手をしてあげる」
 
 振り向くと、真っ暗闇色のスタンドカラースーツに身を包んだ黒いショートボブヘアの女が三メートル程先に佇んでいた。周囲に異様なオーラを醸し出している為か、妙に鳥肌が立ってくる。
 
 紫色のルージュ。
 同色のアイシャドウを引いたややたれ気味の目。
 青白く滑らかな肌。
 すっきりと目鼻立ちの整った顔。
 輝くアメジストの瞳。
 細身の身体にすらりと長く伸びた手足。
 
 その女はゆっくりと舐めるように織田達七人へ視線を動かした。じっとりと見つめられた者は背筋がゾクリとくる。
 茉莉のところで視線の動きは止まった。口角が上がり、口元が三日月に歪む。
 
「……あなたね。坊やの“金雷刀”が効かなかった唯一の人間とやら」
 
 突然自分への視線が固定化された為、茉莉はびくっとなった。親友がすかさずその手を握る。その温もりで少し勇気が湧いてくるのを感じた。
 
「……あなた……誰?」
 
 茉莉の声が震えている。
 最近ニュースで聞く吸血鬼事件の女と特徴があまりにも似通っている為、内心ヒヤヒヤものなのだ。
 
「私? 私は依頼されたことを実行しに来た者よ。ある人に、あなたを連れてくるようにと頼まれているの」
   
「!」
 
 織田と左京、右京は女子生徒四人をすかさず自分達の背中の後に庇った。紗英と優美と愛梨は茉莉をその背に庇った。
 
 そんな七人を女は舌舐めずりをしつつ、どこかうっとりとした眼差しで眺めている。その口元から真珠色をした二本の牙がぎらりと覗いていた。
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