都市伝説ガ ウマレマシタ

鞠目

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聞いた人

ホームルーム

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 翌日、直美はえりこが登校するのを待っていた。昨日数学の宿題の範囲を教えてくれる約束だったのに全く連絡がなかったからだ。彼女を嫌な予感が襲う。
 えりこは頼まれたことを忘れるような子じゃない。早く来て欲しい。直美の中で不安からくる焦りはだんだん苛立ちに変わっていった。

 予鈴が鳴り、担任の山下がゆっくり教室に入ってきた。顔が暗い。えりこはまだ来ない。遅刻なんてしたことのないえりこがまだ来ていない。直美を襲う不安が一層濃いものになる。
 山下は何も言わずに教卓の前に立つと生徒たちを見渡してゆっくりと話し出した。

「おはようございます。今日はみんなに残念な話がある。……富田が昨日亡くなった。交通事故だったそうだ」

 直美は自分の頭の中が真っ白になるのを感じた。そしてその直後大量の疑問が彼女の頭を埋め尽くす。
 えりこが事故? 昨日も一緒にいたのに? メッセージもくれたのに? 嘘だ。だってえりこが事故にあう訳がない。信じられない。なんで? なんで? なんで?

「おい、どうした佐々木? 大丈夫か?」
 山下に声をかけられた直美はいつの間にか席から立ちあがり、どこを見るでもなく呆然としていた。
「佐々木?」
 山下は不安になりもう一度声をかけるが直美は反応しない。それどころか直美は立ったまま震え出し、頭を抱え込んだ。
 クラス中が騒つく。異変を感じた山下は教室の真ん中にある直美の席に向かって歩き出す。山下があと二、三歩の距離まで来た時、急に直美は天井をがばっと見上げた。
「私だ。私のせいだ。私がえりこに話したからだ。私がえりこを殺した。私が! 私が! 私だ! 私だ! 私だ!」
 叫びながら自分の頭を掻きむしる直美を止めようと山下が手を伸ばすが力強く弾かれる。
「落ち着け佐々木! どうした。何があった? 危ないから落ち着け!」
 なんとか落ち着かせようとする山下の声が廊下まで響く。異変を感じた先生が何人も教室に集まってくる。そして山下と集まってきた先生たちは暴れる直美の腕を掴みそのまま保健室に運んで行った。

 嫌な空気が沈黙と共に教室を満たす。
 10分後、顔に引っ掻き傷をつけた山下が戻ってきた。直美には保健室の先生が付いているから問題ないと説明した後、朝の話の続きを始めた。

「富田の件は本当に残念だ。担任のおれがもう何もしてやれない事がすごく腹立たしいし悔しい。富田はスマホを見ながら赤信号を渡ろうとしたらしい。それで事故にあったそうだ。それから昨日富田のご両親もお亡くなりになった。お二人とも別の場所で交通事故にあったそうだ。その原因は聞いてない。でも、みんな頼む、頼むから歩きスマホは危ないからやめてくれ。もうおれは教え子を失いたくない」

 教室に満ちた空気は重く、生徒たちの心を強く握りしめる。春の晴天に似つかわしくない暗い雰囲気を嘲笑うかのように空を飛ぶカラスの鳴き声が聞こえる。

「今日のホームルームは以上だ。暗い話をした後でなんだが、今日も一日頑張るように」
 山下は逃げるように教室を出た。山下に何か聞きたげな生徒が何人もいたが見なかった事にした。
 彼は話さなかった。富田一家の事故があまりにも不自然な事ばかりだったことを。彼は判断した。不可解な事に悩むのは今は自分一人でいいと。
 事故に不自然な点がある事はいずれ生徒たちの耳にも入るだろう。しかし、今は、今この瞬間だけはこれ以上生徒たちを苦しめたくないと山下は考えた。

 事故の目撃者曰く、富田えりこは事故直前、信号をちゃんと待っていたそうだ。スマホも見ていなかったらしい。また、富田がぶつかったトラックの運転手も彼女は後ろから突き飛ばされたように見えたと言っているらしい。
 しかし、衝突したトラックのドライブレコーダーにはスマホを見ながら赤信号の横断歩道に侵入する彼女が映っていた。

 彼女の母は娘が事故にあったほぼ同時刻に家から遠く離れた横断歩道で事故にあっていた。手にはスマホが握られており衝突した車のドライブレコーダーには歩きスマホをしている様子が映っていた。
 しかし、娘の事故と同じくぶつかった車の運転手は、ぶつかった女性はスマホなんか見ておらず後ろから突き飛ばされたように見えたと証言している。
 そして富田の父もその頃事故にあっていた。家の最寄駅で通過する電車が迫る中、ホームから線路に落ちたのだ。ホームの防犯カメラには歩きスマホをしながら線路に落ちる姿が映っていた。
 しかし、この件についても目撃者たちは口を揃えて言ったそうだ。「スマホなんて見ていなかった。誰かに突き飛ばされたように見えた」と。

 ほぼ同時刻に家族全員が別の場所で事故にあう。目撃者は皆スマホを見ていなかったと言っているが、ドライブレコーダーや防犯カメラには三人ともスマホを見ながら歩いている姿が映っている。
 こんなこと生徒たちに伝えられるはずがない。ただでさえクラスメイトを失うのはショッキングな事だ。そして詳しくはわからないが佐々木があんな状況だ。これ以上情報を伝えると心が保てない生徒が多く出かねない。そう山下は判断した。
 でも、山下は自信がなかった。生徒たちに自身が聞いた理解不能な話を隠し切る自信が。この時山下は生徒たちに何かを勘づかれる前に教室から逃げることしか出来なかった。

 廊下を歩く山下の顔が苦悶に満ちていたことは最早言うまでもない。
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