ある冬の朝

結城りえる

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Episode 10 愛とは、二つの肉体に宿るひとつの魂で形作られる。

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 オレと優は名古屋駅に戻ると、食事をどうするか迷っていた。
「ねぇ、名古屋って何が有名なの?なんか名古屋めしってよくメディアで特集組んでるじゃん?」
「ああ、まぁ、名古屋の料理にハマる人とそうでない人がいるからなぁ…。慎太郎はどちらかというと洋食派だろ?」
「うーん、別にそんなに好き嫌いはないから大丈夫だよ」
 優はちょっと悩みながら、わりと外さない範囲でパスタを食べよう、と言った。
「え?パスタ?東京でも食べられそうだけど?」
 オレは優のチョイスに首をかしげる。
「名古屋のは、“あんかけパスタ”っていうのさ。しかも麺が太い。きっと慎太郎も満足するよ。本来ならベタな路線でひつまぶし…とかにしようかと思ったけど」
 オレは聞いたことのない名前にまた首をかしげた。
「“ひつまぶし”って…何?」
ellうなぎだよ」
「げ?マジ?やっぱりあんなもの食べたりするの?」
 優はオレの反応に驚いたように尋ねた。
「慎太郎はうなぎ、食べたことないの?」
「…ったり前だろ?あんなもん、悪魔の魚って言われてんじゃん」
 後で知ることになるのだけれど、日本ではうなぎは超ぜいたく品で無茶苦茶美味しいものだという常識だってこと、帰国子女故にオレは知らずにいたのだった。
名古屋駅に隣接する某タワー内にレストランフロアーがあり、その中にあるあんかけパスタ専門店に入った。
「要は上に載ってるものが違ってくる…かんじ?」
 あんかけトマトソースがベースになっていて、それにコーンやウィンナーや野菜か…と選べるようになっている、と優は教えてくれた。オレはもともと優と同じものを頼もうと思っていた。
「同じでいいの?慎太郎はわりとチャレンジャーかと思った」
「洋食はわりと変化球好きだけど、よく知ってる優のチョイスにはかなわないじゃん」
「ははは、じゃ、これだな」
 優が選んだものはとてもベーショックなものだった。さっき言ったようにコーン、ウインナー、玉ねぎ、ピーマン、が入ったもの。
「名古屋だから変わったものがあるんでしょ?」
「どうなんだろう?もともと名古屋出身だから世の中でいうところの変わったもの、の基準がわからないよ」
 しばらく優とそんなふうに話をしていた。そしてふと気付いたんだけれどここの客層、女子と子供が多いような…。オレがきょろきょろしてこの状況になんとなく気付いたのを察したのか、優はオレの手の甲をちょんちょん、と指で突いた。
「オレたち浮いてると思って気になってる?」
「そんなこと…。いや、ちょっと思ったけど、優と一緒だから」
「これが平日だったら、意外にサラリーマンが多い店なんだよ?」
「へぇ…そうなのか」
 そしてやっと頼んだものが運ばれてきた。パスタにサラダの小鉢もついている。
「「いただきます」」
 二人でお行儀よく手を合わせる。まわりは子供連れだからこれはこれで礼儀正しい良い大人の見本に……にはならないっか。
「え?なんか……食べたことのない味?」
「ふふふ、タバスコ振っとく?」
「うん、たっぷりヨロシク」
 フォークで麺をくるくると絡めとる。なんか、麺が太いよなぁ…。
「わー、久しぶりに食べた。これは東京では食べられない味だな」
「うん……オレ、こういうの好き」
 二人でしばらく食べるのに夢中になって会話が止まった。うん、でもこれがいいんだ。美味しいものを二人で食べてる時間が心をくすぐってくれる。
 オレはなるべく皿に残るあんかけソースを残さないように頑張って食べた。
優はコーン一粒でさえ残さず上手く食べ終わっていた。さすが地元民。
 ランチにドリンクが付いていたので、二人でコーヒーをオーダーした。名古屋めし、まずは一品制覇した気分。
「このあとゆっくり豊橋に戻ろうか?」
「うん、とりあえずラッシュにかからない時間帯には移動出来るだろうしね」
 小旅行の目的は…特にないけれどなんだか二人でもっとお互いのなかを覗くことが出来るような、そんな気がした。
  かなり時間をロスすることになってしまったが、オレたちが豊橋に再び降り立ったのは2:30近くになっていた。わりと急いだつもりだったけれど名古屋駅で色々お土産を物色してしまったのが響いたようだ。
「軽いものの方が帰るとき楽だし」
 ということで、職場には「小倉トーストラングドシャ」にした。営業部は意外に甘いものが好きな人が多いから、こういうのがあって本当に助かったと思う。お店のプレートにも★5の評価が出ていたから、なんとか外さない感じだといいんだけれど。
 ちなみに優は技術事業部に何を買ったかというと「名古屋ふらんす」というダックワーズサンドらしい。オレにはよく分からないけど、林部長から頼まれたものらしいからコレは絶対に外れることはないのだそう。
 この時間、豊橋行きの列車は空いていて、オレたちは座席に座ることが出来た。少し揺れると眠気が襲ってくる。普段からの疲れと、今朝からのトラブルがなんとか解決してホッとしたせいだと思う。
「慎太郎、眠い?」
「うん……ホント、寝ちゃいそう」
「豊橋に着いたらまたバスで移動になるから、今のうちでもいいけれど、バスの中でもゆっくり休めると思うよ」
「ああ、でも…」
「?」
「優の肩、ちょっと貸して」
「…いいよ。凭れて」
 優の肩に自分の頭を預けると、距離が一層近くなった。これなら、オレがちょっと甘えたくなった…と思っていることがばれずに済むよな。
 優の肩に揺られてしばらくして、オレは慌てて飛び起きた。
「ゆ、優!いつの間にか寝ちゃってたけど、豊橋着いたみたい」
「ん……?あ、ヤバい、降りなきゃ!」
 オレたちは慌てて荷物を持って降りた。そして今朝来たばかりの駅に再びやってきたのだ。
「今何時?」
「3時27分。どうする?このあと?」
「4時過ぎぐらいに西口から無料送迎バスが出てるって。待つのに30分以上あるけど…」
 優はホテルのサイトを見ながらアクセスの所要時間を比べていた。送迎バスなら70分、自分たちで公共交通機関を使うと1時間40分もかかる。

「「送迎バスだな!」」
 
   二人共異議なしで決定。
「路面電車とか走ってる…」
「ああ、そうだね」
「東京と違って時間がゆっくりしてる」
「慎太郎もそう思った?」
「うん……こういう流れのほうが、オレには合ってる」
 二人でなんとなくボーっとしながら過ごすこと30分。そろそろ迎えのバスが来るかな?
 駅前の駐車場の向こう側にマイクロバスが見えた。ホテルの名前が入ってるし、アレだ。
 オレたちはホテルの送迎のバスに乗り込む。そして出発!バスにはオレたち以外に何人か宿泊客が乗っていたけれど、比較的空いていて快適だった。これがきっと夏休み真っ盛りだったら、もっとにぎやかだったんだろうな。
 オレは優の隣に座ることには当たり前のように思っていたんだけれど、ふとこの空き状況を見て気になった。
「あのさ、優」
「何?」
「これだけ空いてたら、オレ、違う席に移ろうか?」
 オレからの提案を優は意味がわからない、と言いたげな顔で“どうして?”と聞き返してきた。
「……だって、こんなに空いているのに、二人で詰めて座っていたら、優が狭く感じるんじゃないかって…。だってさ、優、体が大きいじゃん?」
「えー?慎太郎、そんなこと気にしてるの?はははは…ないない。そんなわけないだろう?だったら、一緒に旅行する意味がない。一緒に行動するから、旅行は楽しいんだよ。オレは、慎太郎にそばにいて欲しいの。たしかに…今朝は酷いことをしたと思ってる…」
 優はオレに何か言おうとしたが、そこでオレの頭をあの“真っ赤なキャップ帽”の上からグシャグシャ撫でた。
「慎太郎、今朝のこと、ちょっと自分のなかで整理するから、明日、ちゃんと話をするよ」
「優……」
 オレはもう、どっちでも良かった。優が傷ついているのにあんな外人ヤロウのことなんてオレにはどうでも良かったんだ。
「 Love is composed of a single soul inhabiting two bodies.」
 突然優が哲学的なことを言うものだから、オレはびっくりしてつい、瞬きをしてしまった。
「愛とは、二つの肉体に宿る一つの魂で形作られる……って?何のこと?」
「慎太郎は知らない?アリストテレス」
「急に難しいこと言うんだから…。まぁ。名前しか知らないけれどギリシャの哲学者?みたいな」
「そう。それだけ知ってればいいよ。愛っていうのは、自分ひとりの願望だけじゃどうにもならないってこと」
 優はそう説明すると、オレの左手と手をつなぎ、ぎゅっと握りしめた。通路を挟んだ隣の席が空席で良かったと思う。優は時々バレないように…なんて言いながら、言うこととはうらはらにオレの心臓を握りしめるような行動に出たりするから。
「慎太郎がオレのことを好きでいてくれるのなら、それは奇跡なんだよ。それを当たり前みたいに思うのって大馬鹿なんだな…って、今日一日で本当に感じたんだよ」
 優はオレの頬に触れるように唇を寄せた。柔らかな優しい感触が頬に触れるといつも以上に恥ずかしくなった。バスに揺られながら、オレはこのままずっと時間が止まっても良いなんて…ふと思ってしまったのだった。
 なんとなく他愛もないことを二人で車窓から見える風景を見ながら喋っていたんだけれど、そのあとの記憶がほとんどないのはきっといつの間にかバスに揺られているうちに眠ってしまっていたからだろう。
「慎太郎…ほら、慎太郎…起きて」
 耳元で優の声がしてびっくりして飛び起きた。
「うわっ……何!?」
「そんなにびっくりしなくてもいいのに…。ホテルに着いたよ」
 オレがあまりにも変な声を出して飛び起きたのを見て、ほかにバスに乗っていた宿泊客たちがバスの通路を通りながらクスクスと笑った。
「うそー。オレ、超恥ずかしい。寝言とか変なこと言ってなかった?」
 心配になって優に尋ねると、優は困った顔をする。
「それがさぁ……すごく色っぽい声で“もっと…もっとして…”って」

 マジかよ…!?オレって夢のなかで欲情してたってこと!?

 顔面蒼白になりながら熱くない汗を背中にサーッとかいていると、優がおかしそうに爆笑しはじめた。
「おいっ…優…?」
「はは…ごめん、ごめん。慎太郎は疲れていたんだろうね。寝言なんて言ってないよ。ぐっすり眠っていたから」

 くそっ…騙された。優のやつ、いつか絶対仕返ししてやるんだ。

 オレはからかった優の頬を思いっきり引っ張って痛い制裁をした。
 天井が三角になったロビーラウンジをキョロキョロしながら、優とオレはチェックインを済ませる。部屋は少し狭くてもいいけどオーシャンビューがいいから、ということでスタンダードのツインにしてもらった。部屋の号数を頼りに客室到着。
「あーーーーーーーーーーっ!疲れた」
 オレは荷物を部屋の入口近くにほったらかしにしてバーンとベッドに飛び込んで大の字になった。
「さすがに自分の車で来たりしたら融通がきくんだろうけれど、公共交通機関を使うと大変だな…。それにオレのせいで名古屋まで行かせちゃったし」
 優はその辺りは本当に申し訳なく思っているらしく、苦笑い。
「いいよ、そんなこと。どうしてもあそこに行かなきゃならない訳があったのなら、ついでじゃん」
「うん…。そう言ってくれるならオレも救われる」
 優はそう言って屈みこみ、ベッドで大の字になっていたオレの頬に唇を寄せた。
「ねぇ、窓を見てごらんよ?海がすごい!」
 優はオレの手を引っ張って起こす。
「海岸線までくっきり!空と海が同じ色!」
 オレは窓辺の優の隣りに移動し、外を眺める。日本にもこんなに綺麗な海があるんだなぁ…。
「外、歩いてみる?」
「夕食、何時だっけ?」
「6時かな」
「オレ、風呂入りたい」
「うん、じゃあそうしよう」
 オレたちは部屋のテーブルにあったリーフレットを見て、貸し切り露天風呂に行くことにした。いきなりは無理だろうから、フロントに予約する。タイミングよくどうやら空いているとか?ラッキー。
 洋風の貸し切り露天風呂があるということで、オレたちはかなり期待してその場所に向かった。
「今の時間だと、伊勢湾に傾きかけた夕日はまだ見えないのが残念だけど」
「内海側ってこと?」
「そう。でもこのホテルって高台にあるから眺めは最高だと思うんだ」
 「入浴中」に札をひっくり返して、優とオレは浴室へと入っていく。わりとコンパクトな造りだけれど、開放感があって、ちゃんと伊勢湾がきれいに見えた。
「ヤバいなぁ…海って見てるとなんとも言えない気持ちになるんだよね」
 オレはなんとなくセンチメンタルな気持ちになった。仕事のこと、要領の悪さ、対人関係、ああすればよかった、こうすればよかった、そんな後悔が素直に浮かんでくる気がした。
「慎太郎、体洗ってあげるよ」
 優はオレの真後ろに座り、タオルを泡立てながら背中をごしごしと洗ってくれた。仕事で遅いときはシャワーで済ませちゃう派だったりするから、ゆっくり風呂に入って、しかも優と一緒だなんて夢みたいだと思う。
 背中を洗ってくれたのは良いんだけれど、ときどきがわざとらしく主張して腰に当たるのは…気づいてボケてみようか?それとも気づかないふりをする?
 色々考えていたらなんだか恥ずかしくなった。そもそも男二人で貸し切り風呂を借りるなんて、絶対ホテルの人間に変に思われているんじゃないのか?いや、意識しなきゃいいんだ。平常心、平常心。
 オレは段々無口になった。優の洗う手つきがとても優しいのもあるけれど、お互い裸で貸し切り風呂で海を見てるなんて…カップルそのものじゃないか!
 あ、いや、恋人だけど……さ。
 湯桶にお湯を汲み、優がオレの背中を流し終えた時点で、オレはタオルをボディソープで泡立てると、今度は自分が優の背中を洗ってあげる、と宣言した。
「わぁー感激。慎太郎がオレの体洗ってくれるなんて」
「……優は大袈裟なんだよ」
「だって……普段だってそんなに一緒に風呂に入ることもないだろ?ユニットバスだからお互いマンションに行き来していても、狭くてそんな余韻に浸ってられない」
 優はまるで日ごろから不満を持つようにそう言った。
「だったら……今度、銭湯か健康ランドとか行ってみる?」
 オレは優がてっきり喜ぶかと思いきや、意外にもため息交じりで返された。
「……慎太郎、ガッカリしないで聞いて欲しいんだけれど」
「何?」
「健康ランドはいわゆる“ハッテン場”と言われていて、ゲイの人とか男性しか興味がない人たちがたくさんいるから、慎太郎は一人で行っちゃだめだよ?」

 えー?何それ?聞いたことなかった。マジか…。

「知らなかった…。っていうか、なんで優がそんなこと知ってんの?」
にたくさん遭遇しすぎて、逃げかえってきたことがあるから」
 慎太郎は可愛いし、男性しか愛せない人たちの嗅覚って嘘みたいに鋭いから、慎太郎も同じ世界の人間だって判ったらグイグイ来るから…と優は笑えないような事実を淡々と教えてくれたのだった。
 それにしても……優の背中って、こんなに広かったっけ?

 オレは優の背中をごしごしと洗いながら、なにげに逆三角形な優の背中を観察していた。優はどちらかというと、着やせするタイプかもしれない。オレが交通事故で入院していたとき、優がオレのためによく病院に来てくれていたんだけれど、黒いロングコートを着て、長めのストールとかを首にかけて歩いていたら、病棟のフロアー中の看護師さんたちが優を見てキャッキャ、ウフフと喜んでいたっけ…。
 正直、優は素材としてはモテる部類の人間なのに、女子が苦手なんて…ね。オレはつくづく優がもったいないヤツ…なんて思っていたんだけれど、もっとも、オレも優にべったりくっついてるのが要因でもあるのだから、自分のことを棚に上げて……なんてね。
「優……」
「何…?」
「女の子と……付き合って……結婚したいって思ったりする?」
 そんなこと聞いてどうするんだ…?と自分でも思ったりしたけど、オレはきっと不安なんだと思った。いつまでも優を独占していて良いのだろうか?だってオレは…優の過去の相手にでさえ、嫉妬と感情を高ぶらせてしまったから。
「……慎太郎は……女の子と結婚したいの?」
 優に逆質問されて、オレは首を振った。
「女の子は……たしかに可愛いと思ったり、頼りになることもあるけれど…ただ…」
「……ただ、何?」
 優に詰め寄られ、オレはしばらく考えてから答えた。
「……笑わないでよ?オレ…女の子のヌードとかセクシー雑誌見ても興味がなくなって来た…というか」
 オレが語尾を濁すと、優は振り返り、オレを抱きしめた。
「慎太郎が飽きるまで、ずっとと一緒にいて」
 そういって優はちょっと哀しくなるようなキスをした。オレが優に飽きる?そんなこと……あるわけないじゃん。
 キスの時間が長くなったら、あとはもう止まらなくなってしまった。優にされるがまま、壁に手を着き、優が背後からオレの半身を愛撫し始める。
「優……風呂だけじゃ…なかったのかよ?」
 低めのガラスの仕切りの向こう側には、眼下に広大に広がる海と自然の風景があって、オレは誰かに見られるような気がしてちょっとドキドキする。
「大丈夫だよ……誰も見てない。僕たちのことを見てるのは…空と海だけ」
 耳元で囁きながら、優がすんなりとオレのなかに入って来た。優を受け入れた分だけ、オレは優の形に変えられていくよう…。
「…動いていい?」
「うん……あんまり激しくしないでよ」
「……善処します」
 優は微笑を口元に浮かべ、壁に着いたオレの手を上から覆うように重ね、下半身を緩慢に動かしている。優が出入りするたび、オレは喘いで声が出てしまいそうで、ずっと我慢する。
「……慎太郎と……お風呂エッチ」
 優がふざけてまた耳元で囁く。
「バカっ!/////////恥ずい奴!!」
「何とでも言ってくれて構わないよ、慎太郎。は慎太郎に夢中だから。慎太郎を抱ける幸せだけで、溶けてしまいそうだよ」
優はオレの肩に唇を押し付けて触れたまま、“愛してる”と言った。
「……オレが……こんな状況で……あっ……ん……何も言えないから…って…優は……いつも……ああっ……だ……だめ……イク…」
「もっと……声を聴かせてよ、慎太郎。you can cry like a baby声を出してもいいんだよ?」
 囁くように促す優の言葉責めは本当にズルい。
「ああっ……もう……ばかァ…優…Fuckin'」
 我慢の限界に近くて品性サイテーなスラングで叫んでしまった…アメリカなら皆にドン引きされる一言。
「慎太郎……一人でイクとかダメじゃないか…僕も連れていって…夢をみるみたいにさ…」
 優はたぶん、最高に最低な彼氏だと思う。言い方が変だけど、いつもオレの気持ちを手の中で踊らせている。傍からみたらオレの方が優を振り回しているように見えるかもしれないけれど……でも……でも、優にがんじがらめにされているのは…オレなんだ。
「……………ッ!」
 腰をグラインドさせる優が動きを速めていく。
「……待って……ゆ…」
「……慎太郎……このまま時を止めたいね……」
「あっ…あッ……もう……優……イっちゃうから…」
「……うん、僕も…」
 ドクンと鈍く体内なかで脈打って触れる優の雄が感じられてオレは顔が熱くなる。幸せの瞬間だなんて絶対に思わない。こんな状況で直後はあまり優の顔とか見られないよ。
「……慎太郎は…元気だね。浴室の大理石に…」
「ゲッ……!こんなの見てないでさっさとシャワーで洗い流してよ」
 床に落ちた残滓があまりにも生々しい情事の証しのように思えて、オレは慌ててそれをお湯で流した。
 気まずくなったオレは誤魔化すように湯舟に移動し、柵のギリギリまで近づいて海を見ていた。確かに向こう側に見えるのは海だけだし、誰にも絶対に見られない場所ではあるけど、開放感がありすぎて逆に優とあんなに流されるままにエッチをしてしまったことに罪悪感を感じた。
 いつの間にか優も湯舟に入ってオレの隣に来ていた。
「……慎太郎、今更恥ずかしくて破廉恥だったなんて…思った?」
 優はオレの心のなかが手に取るように判るらしい。もっとも、あんなことをしておいて相手の気持ちが判らないようなタイプだったら、オレはきっと優の事を絶対に好きにはならないだろうけれど。
「……そりゃ、そうじゃん。コの字型になってるけど、ここはだからね、優!!」
「はぁい、反省してます。でも、慎太郎が大好きだから許してよ」
 コイツ、絶対調子に乗ってる…。
「それ、反省してない。ちゃんとごめんなさいをしないと、当分からなっ」
「えーーーーーっ?それは酷い。そんなにイヤだったの?」
「イヤとかじゃなく、の問題」
「……僕は嬉しかったんだ、優と堂々とこういう場所結ばれるの。他人に隠れるように付き合ってるけど、慎太郎とは、みんなに認められたいってそう思ってるから」
「…だって優…。いつも会社には内緒でバレないように…って」
「慎太郎を奇異な目で見られるようにしたくはないから。タケオカはそういう社風だし。だけど会社以外なら、たとえばこういう場所なら、誰も僕たちを知らないだろう?」
「……そうだね」
「それに、昨夜は一緒に寝たのに禁欲したからね。その反動かな、ははは」
 その笑い方は出会ったころと何ら変わりない優だった。
「さて、そろそろ出ないと夕食の時間は始まるし、貸切露天風呂ここの予約のタイムリミットだよ」
 優はオレの手を“恋人つなぎ”して風呂から出るように促した。
「さすがに腹減ったなぁ…。昼はパスタだったし…。夕食はビュッフェだったっけ?気合い入れて食うぞっ!」
「そうそう、頑張れ、慎太郎」
 
 ねぇ、慎太郎?君だけが僕の心に触ることが出来る唯一の存在なんだよ。

 優は言った。君が望むなら、誰よりも慎太郎だけを護って生涯生きていくことを心に誓うと。

「ご飯食べたらさ、砂浜に散歩に行かない?」
「そうだなー。静かに過ごせそうだし」

 幸せな時間をオレたちはここで過ごせる喜びを、この先きっと忘れないだろうな…と思った。


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