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Episode 3 伝えたいこと
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ねぇ、慎太郎、話を聞いてくれる?
オレの名前はもう知ってるけど、誕生日は2月10日、30歳になった。今ので気付いたかな?実は言わなかったけど、一緒に飲みに行った日、オレの誕生日だった。だから嬉しくて勝手に一人で浮かれていたんだ。
慎太郎には、まず誤解させたことを謝らなければならない。あの夜、慎太郎の家に泊まったけれど、オレは慎太郎に性的な行為をしてないよ。確かに、疑わしい匂わせた言い方をしたのは、オレが君を好きだって気付いて欲しかったから。
でもゴメン。キスはした。慎太郎の寝顔が可愛かったから。
オレは女性が苦手で、恋愛感情も男性にしか抱けない。黒猫を捕まえようとしていた君に、すぐに親近感を覚えた。それからは、雪玉が転がるように、あっという間に想いは膨らんで真っ逆さまに恋に落ちた。
慎太郎が学生時代に住んでいたアメリカで、オレも研究と研鑽の毎日だった。白衣を着たまま研究室でうたた寝をしたこともある。そして気付いてしまった。オレは男性が好きなのだと。
ろくに恋もしたことがなかったから、自分と同性の人間に初めて好意をもった時、感情がひどくざわついて自分自身で驚かずにはいられなかった。
日本に帰って来て、待っていたのは現実だった。就職をして、それから自分は何を為して生きるべきか。青芝で仕事に没頭しながら、月日は流れ、慎太郎に会った。
君という存在はオレに生きる目的を与えてくれたような気がした。
だから、ちゃんと伝えたいんだ。オレという人間のこと。何を考え、何を思っているのか。
君が目覚めるのを、こうして待っていたのだ、と。
*********
「…ということなので、高山君。浅野君の両親はアメリカからすぐには来られないということなので、申し訳ないが暫く病院で様子を見ていて欲しいんだ。リモートワークで構わないから」
手術がまだ長引いていることもあり、武岡さんと笹本課長は帰っていった。優は会社に連絡をしてくれたり、警察と状況説明のやりとりをしたり、とオレの為に随分と動いてくれていた。
スマホで会社との連絡がひと段落すると、既に手術開始から6時間以上経過していた。
「…慎太郎、頑張ってくれ。必ず生きてくれ」
今は祈るしかなかった。こんな思いをするくらいなら、もっと早く慎太郎に打ち明けるべきだった。
優は男性しか愛せない自分をオレが認めてくれない気がして怖かったのだという。
それからさらに1時間以上経過して手術室のランプが消え、執刀医の先生が出てきた。
「先生!慎太郎は?!」
我を忘れて優は駆け寄ると、執刀医が疲労の表情を見せながらも、サージカルマスクの片方の紐を外し、ハッキリとした声で応えてくれた。
「手などに粉砕骨折があったり、肋骨が何ヶ所か折れ、内臓の一部に損傷が見られましたが、手術は成功しました。頭部を打撲していたので心配していましたが、麻酔が切れたら痛みで目覚めると思います。念のため、一晩付き添って頂ける方がいたら良いのですが」
「じゃあ、大丈夫なんですね!良かった。ホントに良かった。先生、ありがとうございます。今夜は私が付き添っています」
「わかりました。念のため、頭を打撲してるので、吐いたり異変が見られたら知らせて下さい」
執刀医が立ち去ったあと、点滴スタンドとストレッチャーを押すオペ看に囲まれて慎太郎が手術室から出てきた。
「慎太郎」
そっと優が呼びかけると、看護師たちは会釈してストレッチャーをICU に運んだ。万が一のことを考え、一晩だけここに運ばれたのだ。
優はアルコール消毒剤を塗布をしたあと入室を許された。ICUは塩ビ製の透明なカーテンで仕切られていた。
優は痛み止めと生成食塩水の管に繋がれた慎太郎の手を、看護師たちの目を気にすることなく重ねて握っていた。
ちょうどその頃かもしれない。オレは奇妙な夢をみた。何もない真っ白な世界に迷いこんだオレは途方にくれていた。すると何処からか、猫の鳴き声が聞こえてくる。オレはその鳴き声が聞こえる方へと向かう。
「ニャー」
そこにはジャックと頭の毛に特徴がある猫がいた。
「おかっぱプゥ太郎!?林部長が抱っこしてた猫だ」
すると2匹の猫が足下にすり寄ってきてニャーと鳴いた。そしてオレの足を押しやるように何度も何度もすり寄ってくる。
「なんだよ。こっちに行けってこと?」
猫たちがニャーニャーと押しやる方へと歩いて行くと、ふわふわとした綿のベッドに誰かが横たわっている。
「え?どうして優が?」
すると2匹の猫がそこにちょこんと座り、あろうことか、人の言葉で話し始めた。
「優が可哀想ニャ」
「優はずっとビクビクしてたニャ」
「慎太郎に知られたくないってニャ」
「秘密、秘密だニャ」
「優、このままだと消えてなくなるニャ」
「可哀想ニャ」
「可哀想ニャ」
「可哀想ニャ」
*********
「いっ……痛っ痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!」
オレが夢から覚めると同時に、現実は痛みとなって襲ってきた。
酸素マスクをしたまま、声がくぐもって聞こえたが、それは優が心待ちにしていた声だった。術後から数時間が経過し、オレの目覚めは意外に早かった。
心待ちにしていたとはいえ、突然の大声に優も腰掛けていた椅子から転がり落ちそうになった。
「……慎太郎?」
信じられないものでも見るように、優はオレを覗きこんできた。
「ねぇ!なんでオレ、こんなに痛いの?此処は何処なの?病院?イテーッ」
「慎太郎?何も覚えてないのか?君は交通事故に遭ったんだ。傷が痛むなら看護師さんを呼ぶよ」
優がナースコールのボタンを押すと、すぐに看護師さんが来てくれた。
「意識が戻られたんですね、よかったわ。鎮痛剤、どうします?坐薬とかありますが」
「えっ?坐薬っ?お尻に入れるやつ?無理無理無理」
オレは断固拒否した。優の前で坐薬とか無理に決まってるよ!!!
「ああ、一応頂いても良いですか?本人が出来なかったら私が対処します」
「承知しました。だったら一応持ってきますね。処置用の薄い手袋も持ってきますので、お使いください」
えええええええええッ!?看護師さぁーん!そんなぁ…
「よかったな、慎太郎。痛いのがちょっと治まるといいな」
優はひとの気も知らないでオレの意識が戻ったことにすっかり気をよくしているようで、しれっとしている。坐薬…出来れば自分でなんとかしたいけど、
本当に動けない。片方の手は骨折しているのだろう。がっちりグルグル巻きの包帯を見たらため息が出そうだ。片手だとバランス取れなさそう。オレはあらゆる方法を考える。出来れば看護師さんにお願いしてもいいかもしれないけど、恥かしい。さらに優がやってくれると言ってるけれど、それだけは絶対にイヤダ。
いやいや、ちょっと待って!?
それにオレは今自分が置かれている状況にもっと早く気付くべきだった。やけに下半身が寒々しく感じると思ったら、いつもガードしてくれるアレを穿いていないことに気付く。そう、パンツを穿いてない!
そう、大きな手術を経験した人なら解ると思うが、T字帯という本当にたよりないものが下半身を隠してくれている程度で、自分で排泄が出来ないため、某所に管が挿管されており、なんとなく視線をベッドの下に移すと自分のオシッコが管を通して容器に溜められているのだ。
うわぁぁぁぁ///////////恥かしいっ!優、頼むからコレに気付くなよっ!?
そうとなったら意地でも坐薬は我慢しなくてはならない。絶対に優にも看護師にも処置してもらってはダメだとオレは悟った。
しばらくして看護師さんが坐薬と手袋を金属のトレーに入れて持ってきた。
「大丈夫ですか?私が処置しましょうか?」
白衣の天使のありがたいお言葉だけどその優しい言葉に甘んじることが出来ないのだ。
「あ…いえ…まだ…我慢出来るみたいだから……はは」
ひきつる顔でリアクションすると優はニコニコ笑って“慎太郎は我慢強いな”と、ほめてくれた。優、それ、あまり嬉しくない。
「仕事……大丈夫?ここにずっといてくれたんでしょ?」
優には申し訳ないけど、今はここにいて欲しくないと思った。優に対しては感謝しかないのだけれど、今のオレは泣きたいくらい情けなくて、かっこ悪くて、優にこれ以上醜態を見られたくなかったのだ。
「実はさ、慎太郎。オレは君に黙っていたことがあるんだ。こんな状況でなんだけど」
優は一応ICUの内部を気にしながら、誰もいないのを確認すると、オレにそっと耳打ちをした。
「オレ……前に女性が苦手って言ったよね。つまり、恋愛対象に出来ないってことなんだ」
「……解るよ、そういう…つもりで言って…たんでしょ」
酸素マスク越しにしゃべるのはなかなかしんどい。でも優がオレにとても大事なことを伝えようとしているのはなんとなく判ったから、それに応えようと思った。
「オレ……男にしか、恋愛感情が持てないって…アメリカ時代に気付いて、それがバレるのが怖くて、ずっと隠して生きてきたんだ」
うん……それも……なんとなく判ってた。武岡さんに対する自分の恋愛感情を知ったときに、やけに臆病になった自分を思い出した。優もやっぱりそうだったんだ。
「……慎太郎、君はオレが恐い?君はもしかして同性を好きになるやつをきもち悪いって思ってるんじゃないかって…」
「………思わない」
「ホントか?」
「うん………だって……オレも……ある人を好きになって……失恋したことあるから」
優は納得したような顔で頷いた。
「そうだったんだ……もしかして、相手は武岡さんじゃない?」
うわぁ…どうしてそんなことがわかるんだろう?優は鈍そうで鋭い。
「うん……どうして…わかるの?」
「はは…。なんていうのかな。そういうの、自然と判っちゃうんだ。それに武岡さんが君を見守っているように見えたから」
ああ、もちろん、笹本さんを見ているときの武岡さんは恋してる目だけどね。
優はサラッと詩人みたいなことを言った。
取りあえずオレは危険な状態から脱したということで、ICUから一般の病室に移された。あれだけ痛かった痛みも、優の話を聞くことで気持ちがまぎれ、ちょっとの間忘れてしまっていた。
優は相変わらずオレにずっと付いていてくれた。これは追いかけたオレに気付けなかったという責任感からなのだろうか?だとしたらオレは傷よりも胸が痛い。
「優……ちょっと疲れたから眠っていい?」
これはオレの本音だ。本当に今は余裕がないみたい。
「うん…わかった。じゃあ、席を外そうか。もう夜遅いから無理だけど明日はオレ、一応会社に行くから。何かあったらメールして。ノートパソコンも持ってきてあげるよ」
ドアから出ていく優が無意識にため息をついたのが聞こえた。優はまだ、何か心に抱えているものがあるのだと思った。
オレの名前はもう知ってるけど、誕生日は2月10日、30歳になった。今ので気付いたかな?実は言わなかったけど、一緒に飲みに行った日、オレの誕生日だった。だから嬉しくて勝手に一人で浮かれていたんだ。
慎太郎には、まず誤解させたことを謝らなければならない。あの夜、慎太郎の家に泊まったけれど、オレは慎太郎に性的な行為をしてないよ。確かに、疑わしい匂わせた言い方をしたのは、オレが君を好きだって気付いて欲しかったから。
でもゴメン。キスはした。慎太郎の寝顔が可愛かったから。
オレは女性が苦手で、恋愛感情も男性にしか抱けない。黒猫を捕まえようとしていた君に、すぐに親近感を覚えた。それからは、雪玉が転がるように、あっという間に想いは膨らんで真っ逆さまに恋に落ちた。
慎太郎が学生時代に住んでいたアメリカで、オレも研究と研鑽の毎日だった。白衣を着たまま研究室でうたた寝をしたこともある。そして気付いてしまった。オレは男性が好きなのだと。
ろくに恋もしたことがなかったから、自分と同性の人間に初めて好意をもった時、感情がひどくざわついて自分自身で驚かずにはいられなかった。
日本に帰って来て、待っていたのは現実だった。就職をして、それから自分は何を為して生きるべきか。青芝で仕事に没頭しながら、月日は流れ、慎太郎に会った。
君という存在はオレに生きる目的を与えてくれたような気がした。
だから、ちゃんと伝えたいんだ。オレという人間のこと。何を考え、何を思っているのか。
君が目覚めるのを、こうして待っていたのだ、と。
*********
「…ということなので、高山君。浅野君の両親はアメリカからすぐには来られないということなので、申し訳ないが暫く病院で様子を見ていて欲しいんだ。リモートワークで構わないから」
手術がまだ長引いていることもあり、武岡さんと笹本課長は帰っていった。優は会社に連絡をしてくれたり、警察と状況説明のやりとりをしたり、とオレの為に随分と動いてくれていた。
スマホで会社との連絡がひと段落すると、既に手術開始から6時間以上経過していた。
「…慎太郎、頑張ってくれ。必ず生きてくれ」
今は祈るしかなかった。こんな思いをするくらいなら、もっと早く慎太郎に打ち明けるべきだった。
優は男性しか愛せない自分をオレが認めてくれない気がして怖かったのだという。
それからさらに1時間以上経過して手術室のランプが消え、執刀医の先生が出てきた。
「先生!慎太郎は?!」
我を忘れて優は駆け寄ると、執刀医が疲労の表情を見せながらも、サージカルマスクの片方の紐を外し、ハッキリとした声で応えてくれた。
「手などに粉砕骨折があったり、肋骨が何ヶ所か折れ、内臓の一部に損傷が見られましたが、手術は成功しました。頭部を打撲していたので心配していましたが、麻酔が切れたら痛みで目覚めると思います。念のため、一晩付き添って頂ける方がいたら良いのですが」
「じゃあ、大丈夫なんですね!良かった。ホントに良かった。先生、ありがとうございます。今夜は私が付き添っています」
「わかりました。念のため、頭を打撲してるので、吐いたり異変が見られたら知らせて下さい」
執刀医が立ち去ったあと、点滴スタンドとストレッチャーを押すオペ看に囲まれて慎太郎が手術室から出てきた。
「慎太郎」
そっと優が呼びかけると、看護師たちは会釈してストレッチャーをICU に運んだ。万が一のことを考え、一晩だけここに運ばれたのだ。
優はアルコール消毒剤を塗布をしたあと入室を許された。ICUは塩ビ製の透明なカーテンで仕切られていた。
優は痛み止めと生成食塩水の管に繋がれた慎太郎の手を、看護師たちの目を気にすることなく重ねて握っていた。
ちょうどその頃かもしれない。オレは奇妙な夢をみた。何もない真っ白な世界に迷いこんだオレは途方にくれていた。すると何処からか、猫の鳴き声が聞こえてくる。オレはその鳴き声が聞こえる方へと向かう。
「ニャー」
そこにはジャックと頭の毛に特徴がある猫がいた。
「おかっぱプゥ太郎!?林部長が抱っこしてた猫だ」
すると2匹の猫が足下にすり寄ってきてニャーと鳴いた。そしてオレの足を押しやるように何度も何度もすり寄ってくる。
「なんだよ。こっちに行けってこと?」
猫たちがニャーニャーと押しやる方へと歩いて行くと、ふわふわとした綿のベッドに誰かが横たわっている。
「え?どうして優が?」
すると2匹の猫がそこにちょこんと座り、あろうことか、人の言葉で話し始めた。
「優が可哀想ニャ」
「優はずっとビクビクしてたニャ」
「慎太郎に知られたくないってニャ」
「秘密、秘密だニャ」
「優、このままだと消えてなくなるニャ」
「可哀想ニャ」
「可哀想ニャ」
「可哀想ニャ」
*********
「いっ……痛っ痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!!」
オレが夢から覚めると同時に、現実は痛みとなって襲ってきた。
酸素マスクをしたまま、声がくぐもって聞こえたが、それは優が心待ちにしていた声だった。術後から数時間が経過し、オレの目覚めは意外に早かった。
心待ちにしていたとはいえ、突然の大声に優も腰掛けていた椅子から転がり落ちそうになった。
「……慎太郎?」
信じられないものでも見るように、優はオレを覗きこんできた。
「ねぇ!なんでオレ、こんなに痛いの?此処は何処なの?病院?イテーッ」
「慎太郎?何も覚えてないのか?君は交通事故に遭ったんだ。傷が痛むなら看護師さんを呼ぶよ」
優がナースコールのボタンを押すと、すぐに看護師さんが来てくれた。
「意識が戻られたんですね、よかったわ。鎮痛剤、どうします?坐薬とかありますが」
「えっ?坐薬っ?お尻に入れるやつ?無理無理無理」
オレは断固拒否した。優の前で坐薬とか無理に決まってるよ!!!
「ああ、一応頂いても良いですか?本人が出来なかったら私が対処します」
「承知しました。だったら一応持ってきますね。処置用の薄い手袋も持ってきますので、お使いください」
えええええええええッ!?看護師さぁーん!そんなぁ…
「よかったな、慎太郎。痛いのがちょっと治まるといいな」
優はひとの気も知らないでオレの意識が戻ったことにすっかり気をよくしているようで、しれっとしている。坐薬…出来れば自分でなんとかしたいけど、
本当に動けない。片方の手は骨折しているのだろう。がっちりグルグル巻きの包帯を見たらため息が出そうだ。片手だとバランス取れなさそう。オレはあらゆる方法を考える。出来れば看護師さんにお願いしてもいいかもしれないけど、恥かしい。さらに優がやってくれると言ってるけれど、それだけは絶対にイヤダ。
いやいや、ちょっと待って!?
それにオレは今自分が置かれている状況にもっと早く気付くべきだった。やけに下半身が寒々しく感じると思ったら、いつもガードしてくれるアレを穿いていないことに気付く。そう、パンツを穿いてない!
そう、大きな手術を経験した人なら解ると思うが、T字帯という本当にたよりないものが下半身を隠してくれている程度で、自分で排泄が出来ないため、某所に管が挿管されており、なんとなく視線をベッドの下に移すと自分のオシッコが管を通して容器に溜められているのだ。
うわぁぁぁぁ///////////恥かしいっ!優、頼むからコレに気付くなよっ!?
そうとなったら意地でも坐薬は我慢しなくてはならない。絶対に優にも看護師にも処置してもらってはダメだとオレは悟った。
しばらくして看護師さんが坐薬と手袋を金属のトレーに入れて持ってきた。
「大丈夫ですか?私が処置しましょうか?」
白衣の天使のありがたいお言葉だけどその優しい言葉に甘んじることが出来ないのだ。
「あ…いえ…まだ…我慢出来るみたいだから……はは」
ひきつる顔でリアクションすると優はニコニコ笑って“慎太郎は我慢強いな”と、ほめてくれた。優、それ、あまり嬉しくない。
「仕事……大丈夫?ここにずっといてくれたんでしょ?」
優には申し訳ないけど、今はここにいて欲しくないと思った。優に対しては感謝しかないのだけれど、今のオレは泣きたいくらい情けなくて、かっこ悪くて、優にこれ以上醜態を見られたくなかったのだ。
「実はさ、慎太郎。オレは君に黙っていたことがあるんだ。こんな状況でなんだけど」
優は一応ICUの内部を気にしながら、誰もいないのを確認すると、オレにそっと耳打ちをした。
「オレ……前に女性が苦手って言ったよね。つまり、恋愛対象に出来ないってことなんだ」
「……解るよ、そういう…つもりで言って…たんでしょ」
酸素マスク越しにしゃべるのはなかなかしんどい。でも優がオレにとても大事なことを伝えようとしているのはなんとなく判ったから、それに応えようと思った。
「オレ……男にしか、恋愛感情が持てないって…アメリカ時代に気付いて、それがバレるのが怖くて、ずっと隠して生きてきたんだ」
うん……それも……なんとなく判ってた。武岡さんに対する自分の恋愛感情を知ったときに、やけに臆病になった自分を思い出した。優もやっぱりそうだったんだ。
「……慎太郎、君はオレが恐い?君はもしかして同性を好きになるやつをきもち悪いって思ってるんじゃないかって…」
「………思わない」
「ホントか?」
「うん………だって……オレも……ある人を好きになって……失恋したことあるから」
優は納得したような顔で頷いた。
「そうだったんだ……もしかして、相手は武岡さんじゃない?」
うわぁ…どうしてそんなことがわかるんだろう?優は鈍そうで鋭い。
「うん……どうして…わかるの?」
「はは…。なんていうのかな。そういうの、自然と判っちゃうんだ。それに武岡さんが君を見守っているように見えたから」
ああ、もちろん、笹本さんを見ているときの武岡さんは恋してる目だけどね。
優はサラッと詩人みたいなことを言った。
取りあえずオレは危険な状態から脱したということで、ICUから一般の病室に移された。あれだけ痛かった痛みも、優の話を聞くことで気持ちがまぎれ、ちょっとの間忘れてしまっていた。
優は相変わらずオレにずっと付いていてくれた。これは追いかけたオレに気付けなかったという責任感からなのだろうか?だとしたらオレは傷よりも胸が痛い。
「優……ちょっと疲れたから眠っていい?」
これはオレの本音だ。本当に今は余裕がないみたい。
「うん…わかった。じゃあ、席を外そうか。もう夜遅いから無理だけど明日はオレ、一応会社に行くから。何かあったらメールして。ノートパソコンも持ってきてあげるよ」
ドアから出ていく優が無意識にため息をついたのが聞こえた。優はまだ、何か心に抱えているものがあるのだと思った。
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