勇者に恋した魔王の配下

ヒムネ

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魔王降臨

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 ――ツオーゴの灰色の雲が、紅い紫色と変化して、湖や草木は叫びのような靡く音。自然に影響をあたえる者は不気味な異次元の穴から姿を現した。


「――馬鹿な女神であった、フラデーアは……」


「クレマ、あ、あいつは……」

「あのかたは、魔王……シャンイレール、様……」


 この死を覚悟しなければいけないほどの感覚、魔王ルモールと同じだ。でも、魔王シャンイレールのあのルモールより若い顔から発する威圧感は底知れない。

「魔王様!」

「……デルニエール、そうか」

「あっ……あっ……魔王……さま」

 恐怖するクレマに一瞬向いたが、すぐ別の2人組に目を合わす。

「シャッ、シャンイレール様ぁっ!」

「クレマがすいませんっ、でもあの、クレマが悪いんですっ、はっ、はやく処刑をっ、シャンイレール様っ!」

 あいつら、今度は自分達は何もしてないくせに失敗をクレマ1人に擦り付けるつもりだ。とことん最低な奴等。


「……見苦しい」


「シャッ、シャンイレール様っ!」
「ひぃっ、あんたっ!」

「沈黙の闇」

「うがぁぁぁっ」
「あぁぁぁっ」

 あたいとクレマの両親の真下から、ブラック・ホールのようなものが現れ、最初に皮膚、肉を吸取り骨があらわになって最後は塵となった。前髪をさらりとしたあと魔王シャンイレールは再びクレマに視線を合わす。

「こんな程度の事もできない下級魔族など……生きている意味がない」

「あ……あ……」

「貴様も負けたあげく、敵に手を差し伸べられるとは……死ぬがいい」

「クレマッ!」
「ああっ、ネモネア」

 下からまたブラック・ホールが現れた瞬間、クレマにダイビングしてその場から紙一重で逃がす。

「……貴様は」
「あたいは、ネモネアだ……」


「――はぁっ」

「ぐあっ」
「エメールッ!」

 モントとエメールが魔王シャンイレールに驚いている間にデルニエールが攻撃を仕掛けてきた。

「……もう貴様等に勝機はない!」

「「うわぁぁぁっ!」」

「エメールッ、モントォッ!」

「……貴様か、私の邪魔をする魔族というのは」

「シャン、イレール……」


「不快だな」


「なに」

「髪も肌も眼も爪も、態度も存在も……何もかも全てが汚く醜い。女とは女神のように美しい存在でなくてはならない、それが役目だというのに」

「汚くて悪かったねまともに育ってないからね……ルモールもそうだけど、やっぱり魔王はどいつも同じだ」

「ほう、魔王ルモールを知っているのか」
「あたいは、魔王ルモールの配下だった」

 そう伝えると魔王シャンイレールはそれを見上げ髪をなびかせる。

「魔王ルモール……私はいつも2番手だった。奴は私よりも弱く年をとっていた。なのに奴は魔王を手放したくないと横の繋がりで自分の立場を守っていた……実に年寄りくさい惨めな事よ」

 あたいはシャンイレール飛びかかった。魔界の事は魔性の森しか生きたことのないあたいには分からない、でも今わかることはある。


「シャンイレールッ、女神を殺したり命を何とも思わないあんたはっ、このツオーゴにいちゃいけないんだぁぁぁっ!」


 こいつを倒せば全てが解決する。

 あたいの爪であの世にいけ。


「魔炎」


「……うぎゃあぁぁぁっ!」

「ネッ、ネモネアァァァッ!」


「下級魔族の分際で、気安く私に飛びかかるな汚らしい。激痛の炎で泣き叫びながら死ぬがいい」


 シャンイレールに竜爪が当たる寸前、小さな小声のように唱えた魔炎はあたいを今まで見たことのない紫の炎が纏わりつく。


 竜魔法ドラゴン・マジックで竜の耐性が付いた筈なのに魔炎という炎に激痛を感じる。痛みなんて今まで耐えてきたはずなのに、身体のあらゆる箇所からナイフで思いっきり刺されているよう。

「うあぁぁぁっ、かはっ、うあぁぁぁああ……」
「ネモネア、ネモネアッ……どうすれば……」

「はっはっはっ、いいぞ、いい余興だ。せいぜい死ぬまで我を楽しませてみせろ。その苦痛の踊りでな」

 涙も出る、苦しくて吐き気もする。こんな苦しみ、そういえばあたいが目覚めたあの時もそうだった。

 一つ目邪獣に殺されたあたいは、ジュリの家で目覚めた。ジュリやシスター・カルタがあたいに喜んでくれたけど、一つ目邪獣の最後の攻撃を思い出すと激痛や嘔吐をしてしまった。

 その後も思い出すたびに身体は反応するように激痛と嘔吐を繰り返す日々。そんなあたいをジュリやシスター・カルタ、そして子どもたちまであたいに気遣ってくれたっけ……。


「ネモネア……落ちついた?」

「クレマ……ありがとう、あんたがやってくれたんだね」

「……そうじゃないけど」

「そうだ、魔王は……」

「シャンイレール様が、じっとして何か考えているみたいなの……それとネモネア」

 さっきまで人の苦しみをあざ笑っていたのに、今度は一転、自然と一体化しているように落ち着いている。

「……妙だ、勇者どもが魔界に向かったと同時に魔獣を開放した。ならもう少し血の匂いと恐怖の叫びでこの世界は満たされているはず……なのに、人間共が魔獣を倒している?」
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