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最終章 嗚呼、素晴らしき哉、サバイバル
神のような獣ですわ!
しおりを挟む「自分を投げ打ってまで守りたい誰かがいるって、とても幸せなことだわ」
ロスだって、いつもヴェロニカをその身をもって守ってくれていた。
彼がしてくれたことを、ヴェロニカもしただけだ。大切な人たちを守りたかった。たとえ自分を犠牲にしても、彼らを愛していたから。
それから、今度ははっきりと、彼の目を見て言った。
「わたし、あなたが大好き」
もう何度目かの告白を、またした。
ロスは黙っている。
――愛なんて、語れば語るほど陳腐になる。
それはヴェロニカがジョーに向けて言ったことだ。ならロスも、ヴェロニカが向ける一方的な愛の言葉を滑稽だと思っているだろうか。
自分で言った言葉に、今更自分で傷ついた。彼がまだ何も言わないまま、なんとも微妙な表情で固まってしまったから、意を決してヴェロニカが言った。
「自分でも変だって思うわ。だって出会って日は浅いし、全然好みのタイプじゃないもの。でも、困ったことに、あなたを愛してるの。もしあなたが、愛なんてくだらないと思っていても」
「待て。いつ俺が愛なんてくだらないと言ったんだ?」
遮るようにロスが口を開く。
意外だった。
確かに彼が言ったことではない。ヴェロニカがそう思っていただけだ。
「じゃあ、なんでそんな表情してるの?」
未だ固い表情のロスは、言葉を考えるように、ゆっくりと言った。
「……初めに関係は対等だと言ったのは俺だが、そうじゃないのはもちろん知っていた。
お前は何もかも持っている貴族のご令嬢で、俺は財産を犬しか持たない偏屈な軍人だ。周囲に愛されて育ったお前と、親の顔すら知らない俺。対等どころか、天国と地獄だ。それでどうして俺がお前に愛を語れる? 実のところ、愛など理解すらしていない」
やっと笑ったが、ひどく自嘲気味だった。
脳裏に浮かんだのは、彼が以前言ったことだ。
「あなたは、間違えるな、って言ったけど」
ヴェロニカに相応しいのは自分ではない、と彼は言っていた。それは本心だったのだろう。
「……わたし、人生において正解し続けることが、それほど正しいことだとは思えない」
その時の言葉に答えるように、言った。しかしロスは、それでも首を横に振る。
「俺は多分、いい恋人にはなれない。それからいい夫にも。どう見ても家庭向きの男じゃないだろ」
「あなたを確かに真人間とは思わないけど……別にわたしだって、たまたま貴族に生まれただけで、それほど崇高ではないわ。
人間って、誰だってそうじゃないかしら? 嫌なところも、いいところも一緒に混ざり合ってるものだわ。でも、友人でも、恋人でも家族でも、たった一人に出会ってしまったら、全部ひっくるめてその人が大切になってしまうのよ。あなたの汚れをあますところなく見たって、軽蔑したりしないわ」
「俺の何を知ってる? もうとうに分かってると思うが、語った故郷の話など、全部嘘だ」
もちろん当然分かってる。承知の上でヴェロニカはこうして食い下がっているのだ。
「今までのことが全部嘘だというのなら、これから本当のあなたを教えてくれればいいだけの話よ。また、今日から新しく二人を始めればいいじゃない」
しかしロスは沈黙する。
それが答えだと、ヴェロニカは絶望的にも悟ってしまった。
「恋人は作らない主義なの?」
ロスは困ったように少しだけ笑うと、ヴェロニカの頭をぽんと撫でた。
ヴェロニカの胸はずきりと痛む。互いを深く思い合っていても、一緒にいることを選ばないという事実が苦しかった。
「わたしを愛してるんじゃないの?」
ダメ押しとばかりに口にする。
「……いいや、愛していない」
ロスは、バサリと言い切った。ヴェロニカは泣くまいと思う。
自分で思っているよりも遙かに嘘が下手くそな、彼の望みは知っている。守るために、身を引く。いつだってそれが、彼という人間だった。
いい女なら、または人間として誇り高くいるなら、彼の考えを尊重するべきだ。それでも、悲しいことは事実だった。
今度はヴェロニカが黙った。伝えることは伝えきったし、切り札は全て使ってしまった。これ以上、彼をここに留まらせるカードを持っていない。
「じゃあ、そろそろ行く」というロスの声が聞こえても、何も言えなかった。
それからロスはやや遠慮気味に――さながら友人にそうするように――俯くヴェロニカの背を慰めるように軽く叩いた。
そして名残惜しそうなアルテミスを抱きかかえると、遂に去って行く。
黒い曇天の空から、白い氷の結晶がゆっくりと落ちてくる。初雪だ、とぼんやりと思った。
(行ってしまう、遂に彼は。もう二度と戻らない)
ただその大きな背を見守ることしかできない。
永遠の別れだ。
これから先の長い人生で、二人の道が交差することは、二度とない。
うっすらと積もった雪の上に残っていく彼のたった一人分の足跡が、言外にそれを物語る。
しかし、ロスは数歩歩いたところで、何かに思い至ったかのように振り返った。
「さっきの答えだが――」
聞こえた声に顔を上げる。
彼に投げかけた疑問は多い。どれのことだろうと考えあぐねていると言葉が続けられた。
「――どの道、殺すことはできなかったと思う。おかしな話だが、その大きな瞳に見つめられると、俺は途端一歩も動けなくなる。お前はまさに、神のような獣だった」
それから、微笑んだ。
「お前なら大丈夫だ。どんな男だって、お前を見たら好きになる。俺はずっと、人間なぞさして価値などないと思っていたが、お前に出会ってどうやら勘違いだったと知った。お前は幸せになるために生まれてきた人間だ。ヴェロニカ、必ず、そうなれ」
ヴェロニカの目はきっと赤いだろう。
(あなただって、幸せにならなきゃいけない人よ)
声を出そうとしたが、喉に詰まってなにも出てこない。
満足したのか、ヴェロニカの言葉を聞かないまま、彼は再び歩いて行く。
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――彼が行く?
男は英雄を夢見る。
全てを救い、一人いずこかへ去る……女を一人残して。残された女は、この先誰を愛そうとも、永遠に彼を思い続ける。切なく美しい物語。
――――――ありえない!!
またしても、心に闘争の炎が宿る。
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