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最終章 嗚呼、素晴らしき哉、サバイバル

クリスマスですわ!

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 クオーレツィオーネ家では、再び雇い入れた使用人と家人全てを総動員して飾り付けが行われていた。
 なぜなら今日は――

「くそ。だまし討ちじゃねえか」

 日が暮れた頃、屋敷に訪れたロスは玄関にあった聖母と赤ん坊、そして天使の飾りを見るなり今日が何の日か気づいたらしく眉を顰めた。

「快気祝いじゃなかったのか」

「一緒にやった方が、喜びもひとしおでしょう!」

「俺に賛美歌でも歌えって?」

「歌いたいなら止めはしないわ」

 ――今日は、待ちに待ったクリスマスだからだ。

 ヴェロニカは外気で冷え切ったロスの手を握ると家の中に招き入れる。一緒にいたアルテミスが再会を喜びヴェロニカに飛びついたので、もう片方の手で大いに応えた。

 ロスは飾り付けられた屋敷の中を興味深そうに見回し、それから感慨深そうに言った。

「生まれて初めてだ」

「クリスマスのお祝いが!?」

「俺には知らんおっさんを祝う趣味はないからな」

 と言いながら手土産に持ってきたらしいワインを差しだされる。

「とはいえ、祝いだ。飲もう」

 居間で待っていた面々に、二人で加わると、皆が一瞬、ロスを見た。
 カルロとチェチーリアはもちろんのこと、グレイとヒューもテーブルを囲むようにちゃっかり座っている。やはり線の細い貴族の若者たちの中に、なロスが混ざるとかなり目立つ。
 ロスが腰を下ろすと当然、その隣にヴェロニカが座った。
 
 口火を切ったのはロスだった。

「ミーア、と呼んでいいのか分からんが、あの少女が語ってくれた」

 そう言って、話し始めた。


 * * *


 なんとしてでも一命を取り留めろ、というのが上層部からの命令だった。重大な罪を犯した罪人を、その真相を全て吐かせるまで、生かしておかなければならない。国で最も優秀な医師たちが、必死で彼女をこの世に留まらせた。

 ロスが他の軍の幹部らと共に彼女の元を訪れたのは、見舞いではなく取り調べのためだ。
 意識を取り戻したと聞くや否や、まだ回復もままならない少女の病室に入る。

 ベッドの上で、彼女は横になっていた。そうしていると、儚げな深窓の令嬢のようで、とても恐ろしい計画を行った毒婦には見えない。

 彼女は今までの全てを訥々とつとつと語る。一同の予想に反して饒舌に。

「あたしとジョーお兄ちゃんは、孤児だった。救貧院で出会ったの。初めて会ったとき、なんて素敵な人だろうって思った。絵本に出てくる王子様みたいだったから」

「本当の名は、ジョーとジェシカか」

 裏は既に取れていたが、尋ねると微かに頷くのが分かった。

「あたしたちはずっと一緒だった。救貧院の暮らしが嫌で、街に出て、道で暮らしてたの。お兄ちゃんは、生きる知恵をいっぱい知ってた。酔っ払いから物を盗んで、川に放り込むの。そうしたら、酔っ払って溺死しただけだと思うでしょ?」
 
 ロスの隣の軍幹部の男が、顔をしかめるのが分かった。
 幼子による殺人だ。大人からすればおぞましいが、彼らにしたら罪の意識が芽生える前に、生きるため疑問なく行われた行為だ。

「たまに、馬車の前にあたしが飛び出したりもした。怖かったけど、お兄ちゃんがそうしろって言っていたから。その日も貴族の馬車の前に飛び出した。それがシドニア様の乗る馬車だった」

 ジェシカは、懐かしむように目を細めた。ロスの隣の男が周囲に共有するように言う。

「シドニアがアルベルトを亡くして数日も経っていない頃だろう。王に息子の死を報告する間際、葬儀の手配のことで急ぎ屋敷に帰らねばならなかった」

 かつて屋敷にいたという使用人をなんとか探しだし、重い口から証言を聞き出した。
 本物のアルベルトは十歳で亡くなっているという事実。しかしシドニアがそれを王に告げる前に、運命のいたずらか――息子に面影の似たジョーと出会った。

 初めは、そんなつもりはなかったのかも知れない。哀れな孤児に息子の面影を重ね、境遇に同情しただけなのかも知れない。
 だがシドニアは結果として、ジョーをアルベルトとして迎え入れた。そしてジェシカは、ミーアという新たな名を与えて公爵家と懇意であったグルーニャ男爵家の養子に入れた。愛情ではない。全ては復讐のためだった。

「利用されてたって分かってたけど、あたしはシドニア様に感謝してた。だって、すべて与えてくれた神様みたいな人だったから。でもお兄ちゃんは違ったの。『義父とは意見が合わない』ってあたしだけにはよく愚痴をこぼしていたもの」

「家が離れても交流はあったのか」

「あったよ。だってお兄ちゃんとあたしは愛で繋がっているんだから。誰にも気づかれないように、アルフォルト家のお屋敷にこっそり行ってた。だけど……」

 その時、彼女の顔が初めて曇った。

「だけど、お兄ちゃん、たまに怖かった。一度、猫を殺そうとしていたのを見たの。『黙ってろ』って言われたからそうしたけど、それからしばらくの間、ちょっとだけ疎遠になっちゃった」 

 彼のその病理は、幼い頃から既に始まっていたらしい。
 でもね、と彼女は言う。

「やっぱり、お兄ちゃんにはあたしが必要だった。レオンに近づいて上手く誘惑して婚約したら、あの女じゃなくて、これからはあたしだけを守って、愛してくれるって約束してくれた。
 チェチーリアの仕業に見せかけるようにって言ったのは、シドニア様だった。シドニア様は、A国に復讐しようとしていたから。あたしも同感だった。ぱぱもままも、貧乏で死んだの。貴族が少しでも贅沢を我慢して分け与えてくれればいい話なのに、なにもしてくれなかった。
 この国は嫌いだったし、貴族が皆死んじゃえばいいって思ってた。滅んだって、ざまあみろって感じよ」

 静かな彼女の瞳に、にわかに熱が宿る。家族を奪われた憎しみと怒り。あるいは復讐心だけでいえば、シドニアにも負けないものがあるらしい。

「計画は単純だった。シドニア様は軍事情報の見返りに、B国からたくさんのお金を受け取っていて、それでいくつかの貴族を味方につけたり、私兵を持ったりしていたの。
 馬鹿なチェチーリアがやってもいない自分の罪を認めれば、クオーレツィオーネ伯爵家に隙ができる。すごく簡単だった。シドニア様は当主が国家転覆をもくろんでいると王に進言して、逮捕させた。裁判なんて形だけで、すぐ死罪になるって言ってた。娘は適当な頃合いを見て殺せばいいって。
 伯爵家がいなくなれば、もう敵はいない。レオンがいずれ王になり、あたしは王妃になる。シドニア様が実権を握るの。そしたら、飢えもない、苦しみもない世界を作るって言ってくれた」

「だがジョーは違った?」

「そう……」

 彼女は頷く。

「ジョーお兄ちゃんは、自分こそが王になるって言ったの。あたしはね、お兄ちゃんが望むなら、なんでも叶えてあげたかった。それで……シドニア様を殺せって言われたけど、やっぱり恩があるからできなかった。代わりに、逃げてって言った。でも……」

 彼女の親切により生き延びたシドニアは逃げずに留まり、王に銃を向けた。

「なぜジョーの命令を無視したんだ?」

「だって、先に裏切ったのはお兄ちゃんだったから。やり返したつもりだったの」

「裏切り?」

 ロスが問うと、彼女は突如低い声になる。

「あんたよ、腐れ軍人」
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