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第4章 陰謀、逆襲、リバイバル

彼の正体ですわ!

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 アルベルトは眉を顰める。

「何を言っているんだい。嵌めたのは父だ。僕はそれを止めようとしたんだよ、知ってるだろう」

 まだ彼は言い逃れをする。ヴェロニカは、首を横に振る。想定の範囲内だ。逃がすものか。 
 
「わたし、森で気がついたの。誰がわたしたちをこんな状況に追い込んだのかって。今回の騒動、チェチーリアが、自分を悪役令嬢だって、思い込んでいることが重要だった」

 何度も繰り返し頭の中で検証した推論だ。間違いないはず。
 国を滅ぼすには王家を盲信する権力者、クオーレツィオーネ家を排斥する必要がある。敵にとっては幸運なことに、家が没落すると信じ込んでいるチェリーリアがいた。だから彼女の妄想通り、シナリオを用意して行動を導いた。

「だからわたしたちを陥れた人はチェチーリアをよく知っている人物に限られるはずよ。学園の友達はあり得ない。今あの子はその話をほぼしないから、レオン殿下すら知らないはずよ。だから必然的にあの子がその話をよくしていた幼い頃、屋敷に出入りしていた人物になる」

 妹は父に、その話をするなと固く禁じられていた。

「シドニア様? いいえ。彼は直接知らないはずよ。だってほとんどチェチーリアと話していないもの。二人が話しているのって、見たこと無いわ」

 シドニアはほとんど父と会話し、息子の婚約者であるヴェロニカとも話したが、妹には興味を示さなかった。

「あの頃、あの子と話していたのは、あなたよ。廊下の隅で、二人でこっそりと……。チェチーリアは優しく話を聞いてくれるあなたに、いつも話していたじゃない」

「確かに、チェチーリアちゃんの話は面白いから、その頃父に伝えたかもしれないよ。だけどそれがどうして僕が嵌めたことになるの?」

 アルベルトは余裕を取り戻しつつある。その声は安堵が含まれている。言い逃れの隙は、まだあるからだ。

「証拠なんてないわ」

 ふふ、とアルベルトは笑みをこぼした。しかしその笑みが消えないうちに、ヴェロニカはまた言った。

「シドニア様のやったことはこうね……。
 あなたからあの子の妄想を聞いて、きっと思い付いたのね。ミーアさんのお家はアルフォルト家とずぶずぶでしょうから、彼女を利用して、レオン殿下に言い寄らせたのでしょう。レオン殿下は……まあ、よく言えば純粋だもの、陥落するのはたやすいはずよ。
 それでチェチーリアの妄想通り……本当に前世があったとしても、それは関係ないわ。少なくとも、チェチーリアの言うシナリオ通りに事が進むように、言いがかりをつけさせた。チェチーリアは必ず自分がミーアさんをに嫌がらせをしたと認めるわ。だってあの子の中では、シナリオこそが正しい世界だったから。
 結果、クオーレツィオーネ家は散々な目に合った。当主は逮捕。もう政界への復帰も難しい。上手くことは運んだ。シドニア様が実質的にこの国を動かす下地は手に入った」

 それが妹の言う、ゲームの世界の話だ。ゲームにおける黒幕は、おそらくシドニア。しかし、ゲームと現実は違うということは、嫌と言うほど知っている。
 この世界における黒幕は――。

「だけどあなたはシドニア様を裏切った。なぜ? わたしのため? いいえ、それは違うわ。
 それはあなただけが、権力を得るためよ。シドニア様とあなたは、意見がたびたび食い違っていたでしょう。邪魔に思っていたんだわ。あなたこそが、この国を手に入れようとしていたんだわ」

「全部君の思い込みさ」

「いいえ」

 アルベルトの言葉を即座に否定する。

「それに、婚約式が終わるのを待つって話も変だわ。さっさと国王陛下に言って、中止させればいいじゃない。中止の言い訳なんて、後でいくらでも立つことでしょう?
 あなたは上手くやったわ。証拠を残さずに、やったことは全部シドニア様になすりつけて、自分は哀れな善人を演じたんだわ。だけど誤算があったわね」

「誤算?」

 アルベルトの眉が、ピクリと動く。誤算があるなら聞かせてみろ、と挑むような瞳だ。彼の本性を垣間見た気がした。

「物的証拠なんてひとつもない。でも、心理的証拠なら、たくさんあるわ。わたしはあなたのことを、本当によく知っているもの。清廉潔白、頭脳明晰な公爵家のアルベルト。
 第一に、シドニア様が昔チェリーリアの妄想をあなたから聞いたとして、それがまだ続いてるとどうやって知るの? 成長したら幼い頃の空想話なんて消えてしまうと思うのが普通よ。でもあなたは別。わたしから度々あの子の愚痴を聞かされていたから。でも、大の大人が婚約者の妹の妄想なんて、わざわざ父親に言うのかしら? そんな身内のいる奴との結婚なんて止めてしまえと言われるのが関の山だわ。だけどシドニア様は知っていて、そうしなかった。あなたと二人、なにか目的があって、我が家の近くにいたんでしょう。
 第二に、もし共犯でなかったとして。頭のいいあなたが、シドニア様の企みにぎりぎりまで気がつかないなんてことあり得ない。シドニア様はあなたにも事業のいくつかを任せていたわよね。ずっと側にいて、裏帳簿に気づかないなんてことある? 
 第三に、もしあなたが本当に誠実なアルベルトなら、こんな事態になる前に、わたしたちを助けてくれたはずだわ。もしシドニア様を疑い、察知していたなら、その時点で少なくともわたしには言ったはずよ」

「そんな訳ない。全て父がやったことだ」

 だがアルベルトの表情は凍り付いていた。言葉を発する度に、彼の口元が引きつる。
 そして遂に――ヴェロニカは最大の疑問とも言えることを口にした。

「父、ですって? 父じゃ、無いでしょう?」

 アルベルトは驚いたような顔になる。
 ヴェロニカは、予感を確信へと変える。

「あなたの家でお墓を見たわ。刻まれていたのは――」

 冬だった。
 あの寒い日、彼の屋敷の庭に、隠れるようにして佇む墓を見つけた。さほど古くは無い。丁寧に手入れされていた。享年を見ると幼くして亡くなった子供のようだ。
 刻まれた文字を不思議に思い、彼に尋ねた。その時は、思いもよらなかった。
 あの墓が、本当は誰のものか。

「刻まれていたのは、“アルベルト・アルフォルト”」

 ――アルベルト、同じ名前の子ね。

 そう尋ねたのだ。

 ――ずっと前に亡くなった子のさ。幼くして病に倒れたと、聞いたことがある。

 彼は嘘を付かなかった。だけど、真実も言わなかった。言えるはずがない。自身の存在を揺るがしかねないのだから。

 ヴェロニカは最大の問いを、彼に投げる。  

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