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第3章 望郷、邂逅、アセンブル

黒幕の名前ですわ!

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 ロスの手からは血が流れる。拷問の末、爪もいくつか剥がされているが、流血の主たる理由は鎖を外す際、皮を削いで無理矢理引き抜いたからだ。だが骨は無事で、銃を扱うのに支障は無い。

 まだ地面に尻餅をついたままのカルロを見る。
 牢屋暮らしのためか白髪混じりの頭はぼさぼさで、髭は伸び放題だ。質の良さそうな服はくたびれ、体はやつれていた。
 それでもロスを見て感心したような表情を浮かべる。

「わあ! すごいな君は。はは、強いじゃないか。なんだか上手くいく気がしてきたぞ!」

 そう言って彼は笑う。恐ろしく楽観的な上、希望的観測が過ぎる。ロスは顔をしかめて舌打ちをした。

「これだからラテン系は嫌いなんだ」

「お、おい、それは人種差別だ! 聞き捨てならんぞ!」

 疲れた様子のカルロだが言い返す気力はあるようだ。立てぬほど憔悴していたら抱えて逃げることも覚悟していたが、この調子であれば杞憂に終わりそうだ。
 カルロは立ち上がると、自分よりも背の高いロスを見上げるような形で尋ねる。

「君をなんと呼べばよいかね?」

「ああ、ロスでいいぜ、おっさん」

「お、おっさん……」

 改めて、カルロはロスをまじまじと見た。はてこの男は誰だとでも思っているのだろう。
 
 ――見たこともない男だ。思いがけず、若い。傷だらけだ。なぜ自分を助ける? 異国人のようだが、様子からして軍人か。ロス……。聞いたことがある。

 そして、何かに気がついたようにはっとなる。

「ま、まさか、暗部の」

「説明は後だ。援軍が来る前に、この場所からなるべく離れるぞ」

 疑問を遮るようにロスは言った。成り行きを丁寧に話してやってる時間はない。横たわる兵士たちから武器を抜き取り、拳銃を一丁カルロに渡した。そして牢から脱出すべく、出口へと向かう。

 このくだらぬ争いから彼を逃がし、そして自分もどこかへ行方をくらまそう、とロスは思っていた。
 当面暮らせるだけの金なら隠してある。
 どこか離れた地で、また兵士として働いてもいい。案外B国でもいいかもしれない。A国の機密をたっぷり抱えたロスなど、さぞや重宝されるだろう。

 元々、此度の仕事が無事に終われば、アルテミスと隠居生活でもしようと思っていた。だが彼女はいなくなってしまった。夢見た平穏な暮らしは露と消え、予定は全て狂った。
 
 だから、もはや誰の命令にも従う気はない。好きなように生きる。あの夢にいわれなくとも、やりたいようにやるだけだ。

 告白すれば、散々自分をこき使ってきたA国へ復讐の気持ちがほんのわずかあった。
 命じられる仕事は徐々に危険を増し、一方成功の報酬は期待したほどではないことが多かった。忠犬ならともかく、誰がそんな仕事を進んでやるのか。ならば犬でもくれと皮肉交じりに言ったら本当に犬がきた。この国は阿呆しかいないらしい。
 彼らがロスを頼りにしつつも、内心で蔑んでいたのは知っていた。冗談じゃねえよ、なら金を奪うだけ奪ってA国内をかき乱して去ってやろう、と思って面白半分に、もう半分は金目当てに受けた最後の仕事でくだらないいざこざに巻き込まれ、最も大切にしていたその犬さえ奪われた。
 古  女  房時代遅れの帝国主義にはほとほと愛想が尽きた。ロスがA国に見限られたのではない。真実はその逆である。
 
 だから、反逆者を逃す。
 最後にちょっとしたサプライズだ。

 あるいは、また別の理由があったが、ロスはそれに気づかぬふりをした。脳裏に浮かんだ時点で手遅れであるが、形になる前に打ち消した。

「しかし、分からないのは、一体誰が私たちを嵌めたのかということだ」

 逃げながら口にしたカルロの疑問にロスは驚いた。誰がなど、考える間もなく明白で、当然知っていると思っていたからだ。

「嘘だろ、とんだ間抜けだな。知らずに牢にぶち込まれてたっていうのかよ」

「き、君はそれを知っているというのかね?」

 底抜けのお人好し野郎を横目で見ながら、この陰謀の首謀者を教えてやる。
 
「――シドニア・アルフォルト。そいつ以外に、誰だと思ってたんだ?」

 忌々しい、俺の腹を蹴りやがった。
 娘の婚約者の父親、その名を聞くと、カルロは愕然とした表情になった。
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