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第3章 望郷、邂逅、アセンブル

反撃開始、なのかしら?

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 ――ああ、神様!!

 思わず叫んでいました。今までの人生でこれほど嬉しかったことはありません!

「お姉様ー!」

 その姿を見るなり、思いっきり飛びつきました。ポチが散歩する時よりも、わたくしは跳ねていたでしょう。

「お姉様! お姉様!」

 ああ、本当に、こんなことってあるのでしょうか?
 何度も何度もその無事を祈った方です。

「その服! その髪、どうされたんですの!?」

 彼女の体は汚れていて、髪は短くなっているし、男性のような服を着ていましたが、それは確かにわたくしの大切なお姉様、ヴェロニカ・クオーレツィオーネだったのです。

 伝えたいことが山ほどありました。

 神様にお姉様の無事をお祈りしたこと。
 グレイと仲良くなったこと。
 お友達ができたこと。
 念願の犬を飼えたこと。
 はしゃぎすぎて修道院長に怒られたこと。
 お父様のこと。
 後悔していること。
 ……わたくしが、どんなにあなたに会いたいと思っていたか、ということ。

 だけど、なにも言葉になりませんでした。口からはただただ嗚咽が漏れて……。

「うう、ひっく、おねえさまぁ……」

「チェチーリア、今まで、本当にごめんなさい……ごめんね……」

 わたくしの頭を優しく撫でるお姉様の声も、震えていました。その顔は涙で濡れていました。それで分かりました。わたくしたちは、きっとずうっとおんなじ思いを抱えていたのですね。



 修道院長の計らいで、今日はわたくしのお仕事はお終い、お姉様と話すことが許されました。
 お姉様はとても疲れたご様子でしたが、体を洗って、服を着替えて温かいお茶を飲むと、少し落ち着いたようでした。質素な服ですが、お姉様は見事に着こなしています。うーん、美人は得ですわ!

「チェチーリア、改めて本当にごめんなさい。あなたの話を信じるべきだった。ううん、その前から……わたしはもっと、家族に向き合わなきゃいけなかったのよ」

 何度も謝るお姉様にわたくしは慌てて言いました。

「いいえ、いいえ、お姉様!」

 ちゃんと向き合わなければ。今、その時が来たのです。

「謝るのはわたくしの方ですわ! わたくし、自分のことばかり考えていました。自分がどうやったら追放されずに済むか……追放されても生きていけるかって、そればかり。お父様のこと、お姉様のこと、どうなってしまうかなんて考えていませんでしたもの。本当は、もっと真剣に訴えなければならなかったのに。こうなってから後悔するなんて大馬鹿野郎です……」

「そんなことないわ。わたしの方が」

「いいえ、わたくしの方が」

 またお互いに謝り合って、そして情けなくなって思い切り笑いました。ああ、お姉様の笑顔です。本当に、何年ぶりでしょうか。幼い頃のお姉様が重なります。本来はこうやって屈託なく笑う人なのでした。

 それから、わたくしはここに来てからの生活を話しました。と言っても単調で、朝起きて仕事をして夜眠るだけなのですが。
 グレイの話をすると、「なるほどねぇ」と意味ありげに頷きました。

 次にお姉様がここに来るまでの長い旅路のお話を聞くことになりました。そのお話の驚愕すること! 奇跡の旅路です。
 なんとお姉様は馬車が襲われた後、森をさまよい、エリザおばさまのお屋敷にたどり着いたらしいのです。

「たった一人で、すごいですわ!」

 感嘆の声を上げると、お姉様の笑顔に陰りが差しました。なんでだか、それ以上聞いてはいけない気がしたので、話題を変えます。 

「でも、おばさまのことは悲しいですわ。裏切っていたなんて」

「信じられるのは自分だけなのよチェチーリア」

 渋いおじさんみたいなことをお姉様は言います。

 そしてお姉様は、おばさまの屋敷から兵士たちに追われてB国に行ったらしいのです。B国では病院で働いて、隙を見てA国に戻ってきたらしいのです。

「まるで冒険小説ですわね」

 お姉様、とてもかっこいいですわ。
 でも、と疑問に思ったことを尋ねました。

「ご飯はどうしていたんですの?」

 お姉様は、ああ、といって、ずっと持っていた布に覆われた長い棒を持ち上げました。はらり、と布が取れます。思わず悲鳴を上げました。

「きゃあ! 銃ですわ!」

「森で拾ったのよ。これで動物を撃つの」

 ごく普通のことのように平然とお姉様は言いました。わたくしはまじまじと彼女を見つめます。

 お姉様のお美しさは相変わらずですが、その中に、より一層の強さが混じったように思います。それが何かは分かりませんが、お姉様をさらに輝かせていました。外見の美しさばかりではありません。中からあふれ出る光のように見えました。森での生活が、何かを変えたのでしょうか。

 だけど、わたくしは目をそらしてしまいました。お姉様がどこか遠い人になってしまったように思えて、少しだけ寂しかったのです。

「……ねえ。チェチーリア」

 お姉様が話しかけたので、わたくしは顔を上げました。とても真剣な目が見えます。

「わたし、分かったと思う。誰がわたしたち家族を引き裂いたのか」

「誰が……って」

 あえて犯人をあげるとしたら、それは乙女ゲームロスト・ロマンのシナリオ制作者でしょう。まったく憎たらしいですけれど、今は神のような存在。手出しはできませんわ。

「このままだとお父様は裁判で有罪になってしまうわ。そしたらあなただって危ないのよ」

「でも、それがシナリオなんですわ。どうしようもないことなのです」

 わたくしがまた下を向こうとしたところ、ガッと強い力で肩を捕まれました。お姉様は怒っているみたいです。

「いいえ!」

 決意を秘めたような強い瞳がそこにありました。お姉様は続けます。

「どうしようもなくなんてない! シナリオがあるとするなら、それは誰かにとって、都合がいいように歪められたものよ! そんなもの、ばきばきに崩してやりましょう! お父様を救いに行くのよ!」

 ――お父様を救うですって!?

 考えてもみなかったことでした。
 だって、既定路線でシナリオ通りで、わたくしは悪役令嬢で……。それを変える事なんてできっこない。運命には逆らえませんわ。
 お姉様はそれでも言います。

「あなたの人生は誰のものなの? ゲームの通り動くのが、あなたの人生なの? チェチーリア、違うでしょう?」

 だって今までどう頑張ってもゲームの通りになったのですよ? だけど……、肩を掴むお姉様の手はとても温かくて、本当に優しいのです。だから、わたくしは反論ができませんでした。 

「決まってる運命なんてないのよ。だって、もしシナリオの通りなら、あなたが追放されるとき、わたしは側にいないはずでしょう? 味方にだって、ならなかったんでしょう? でも、わたしはあなたの隣にいて、無実を信じたのよ。どうしてか分かる? あなたがとても優しくて、人を憎んだりしない子って知っているからよ。なんでかって? 今までのあなたの行動で、運命が変わったんだわ!」

 それは、とてつもなく衝撃的な話でした。
 確かに、ゲームのシナリオと違う点は多少ありました。

 運命が変わったんですの?
 そしたら、わたくしはもう、何にも縛られなくていいんですの?

「もう悪役令嬢である必要はないのよ。一人では変えられなくても、二人ならゲームのシナリオだって、陰謀だってぶち壊せるわ」

 お姉様の目はとても優しくて、わたくしの目の奥はつーんとしてきます。

 でも、お姉様。でも……。 
 わたくしの手は震えています。

「……わたくし、怖いんですの。だって、ここから先のことは、シナリオにはないんですもの。本当に死んでしまうかもしれないんですもの」

 せっかくお姉様がご無事でわたくしの所に来たのに、こうして再会できたのに、この安心を、また手放さなくてはならないの? 道筋のない運命の激流に身を委ねるのは怖いです。

 震える手を、お姉様の温かな手が包みました。柔らかく白かった手は、今は少しだけ日焼けしたように見えました。仕事もたくさんして、荒れた手です。握られるわたくしの手も、荒れ放題です。この手を誰かに見られるのは恥ずかしいです。でも、お姉様は少しも自分の手を恥じていませんでした。

 追放されてから、全てが変わってしまいました。でもお姉様の強さは変わりません。
 
「ねえ、チェチーリア。人生に、シナリオなんてないのよ。運命は誰かに与えられて、一方的に翻弄されるものじゃない、自分のこの手で切り開いていくものよ。それに、大丈夫よ、何があってもわたしが守るもの」

「だけど」

「わたしが嘘を吐いたこと、ある?」

 少しだけ考えてから、答えました。

「いいえ。一度として」

 いつもお姉様は真実をはっきりと口にされます。時々怖いほどだったそれが、今は心強く感じました。

 わたくしたちは、しっかりとうなずき合いました。お父様を助けに、王都へ行く。それが今、決まったのです。

 と、お姉様が窓の外に目をやりました。

「犬がいるの?」

 庭ではポチが大声で吠える声が聞こえました。

「そうなのですわ! ポチですの。おかしいですわね、いつもは無駄吠えなどしない、とてもいい子なのですけど」

 お姉様にポチを紹介しようと思って、庭に案内しました。ポチはとても人なつっこい子なので、仲良くなれるでしょう。
 でも、その喜び方は異常でした。しっぽがちぎれてしまうのではないかと思うほどぶん回し、そして悲鳴に近い声を上げて叫びます。さっきのわたくしみたいです。
 つまり、ずっと会いたくてたまらなかった人に、会った時のような……。

「アルテミス!」

 お姉様はそう言ってポチに抱きつきました。ポチは更に興奮します。お姉様のお顔をベロベロになめ回しました。

「アルテミス?」

「わたしの犬よ!」

「お、お姉様の!?」

 うひゃあ、びっくり仰天です。
 ポチはアルテミスという名前で、なんとお姉様の犬らしいのです。だからポチと呼ばれてもあまり反応しなかったのですね。なるほど、納得です。

 嬉しそうな二人の姿を見て、涙が出そうになりました。お姉様は微笑みます。

「幸先がいいわ。これから全てを取り戻す、一番初めがアルテミスね」

「だけど、どうやって出会ったんですの?」

 お姉様はおかしそうに笑いました。

「森で拾ったのよ」

「まあ!」

 森ってたくさんのものが落ちているものなのですね? ってそんな訳ないじゃあありませんか!

 ポチ、改めアルテミスがお姉様の銃を興味深げに嗅いだ後、誰かを探すようにきょろきょろと周りを見回して、そして見つけられずに不思議そうな顔をしました。

「本当は、森で何があったんですの?」

「フランケンシュタインの怪物に愛を教えていたのよ」

 冗談でしょうか? 
 お姉様は遠くに思いを馳せるように目を細めると、ほんの少しだけ寂しそうに、でも、とても優しく微笑みました。
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