34 / 108
第2章 激情、戦闘、インモラル
ヒューの憂鬱ですわ!
しおりを挟む「何者かが、おそらくは相当な権力者が暗部を意のままに操っています。しかし……」
もう一つの動き。だがこれは全く謎だ。一つ目の動きを知りつつ、裏をかこうとしている者がいる。
「しかし、一方で暗部の一人を動かすことのできる人間もまた存在しているのです」
レオンは黙っているから、ヒューは続けた。
「我々のあずかり知らぬところで、大きな何かが始まろうとしているのでは」
「……何か、とは」
「わかりませんが、クオーレツィオーネ家の排除でしょうか」
「誰が暗部を動かした」
「わかりません」
「誰がその男に、ヴェロニカを助けるように命じた」
「わかりません」
暗がりでレオンは、ふ、と笑ったように見えた。
「では何もわからないではないか。考えすぎだ、ヒュー。お前の思い過ごしだよ」
下の方の動きは、時に高みにいる人間には見えないことがある。しかし穏やかな水面に投じられた一石が、やがて大きな波になり全て飲み込んでしまうことがあるとレオンは知らないのだ。ヒューが次の言葉を考えていると、ひどく甘ったるい声が聞こえた。
「……それでは、その背信したという暗部の一人を捕まえて連れてくれば、自ずと全てわかりましょう?」
驚いて暗がりを見ると、寝室の方から寝間着姿のミーアが現れた。薄明かりの中微かな微笑みを携えた彼女はまたひどく楽しげだ。
「ミーア嬢!? なぜここに!」
ヒューは絶望を覚えた。今までの話全てこの娘に聞かれていたのだ。それをレオンはよしとしていた。二人だけで話したいと確かに伝えていた筈なのに。
ミーアは穏やかに微笑む。
「なぜって、私はレオン様の婚約者ですもの。毎晩ここにいますわ。うふふ」
(婚約者だって? まだ違うだろう)
ヒューはこの少女が苦手であった。
以前「ヒュー様、そんなに熱いアプローチをされては困ります。私は心に決めた方がいるのです」としくしく泣かれて以来、どうにも話す気になれなかった。ミーアにアプローチをした覚えもましてや恋した覚えもない。完全なる彼女の勘違いであるが、否定すればするほどなぜか自分が悪者になってしまった苦い過去がある。そしてそれがレオンがヒューをどこか遠ざける一因になってしまった。
ミーアはレオンの腕に自分の手を絡めると、上目遣いでヒューを見る。
「ヒュー様のお話は、誰かの陰謀が渦巻いているということ? 私、なんだか、怖いです……」
「大丈夫さミーア。君のことは、私が守る」
「まあ、嬉しい!」
ミーアのことになると、レオンは途端に盲目になる。ヒューは気づかれないように内心ため息を吐くと立ち上がった。
「どうかお気をつけくださいレオン様。何かが、おかしいのです」
*
「くそ、グレイの奴がいたらまだましだった」
レオンの部屋を後にして、ヒューは毒づいた。
「理性的なあいつの話なら、レオン様も聞いたかな」
完全に自分のせいではあるが、女好きのレッテルを貼られているヒューはどこか軽薄な印象を持たれるらしくレオンはあまり重く受け止めない。実際付き合った女性は多いし、そのうち泣かせた数も多い。
(だいたい、グレイの奴は抜け駆けだ。チェチーリアちゃんの心を癒やすのはオレだったはずなのに)
学園では、皆同級生であった。
レオンとチェチーリアの関係は上手くいっていたし、そこに自分が入る余地はないと知っていた。知っていたが心惹かれていたのも事実だ。恋とまではいかないが、もっとお近づきになれたらとは思っていた。しかしそこにずけずけど土足で入り込んだのはヒューでなくミーアだった。
彼女は見事なまでの手際の良さでレオンの心を射止めると、あっという間にかっさらっていってしまったのだ。
チェチーリアが婚約破棄を言い渡されたあの日、ヒューは別の場所にいた。騒ぎを聞きつけて駆けつけた時には、すでに一段落ついていた後だった。
顔面蒼白なチェチーリアは姉だというヴェロニカに肩を抱えられてなんとか立っていた。グレイは傍目からでも分かるほど落ち込んでいたし、レオンは泣くミーアを慰めていた。人々はそれを取り囲むように立っていて、それら全てに対してヴェロニカはギロリと睨みをきかせていた。
(それにしても、ヴェロニカさん。いい女だったな)
きつい印象であったが、見たこともないほど美人であった。彼女ともっと早く知り合っていたら、デートに誘っていたかもしれない。
(しかし、あのアルベルト様の婚約者か。流石にまずいな)
アルベルトはレオンの従兄弟であり、公爵家の嫡男の品行方正な青年だ。その彼が未だヴェロニカとの婚約を破棄していないところを見ると、その愛の深さは計り知れない。
さっさと別の女に乗り換えたレオンとはまるで正反対だな、と口にはしないものの誰もが思っていた。
しかしそんなレオンであるが、ヒューにとっては大事な主君である。実のところ、人間としては気が弱くとも、純粋で魅力のある人なのだ。放ってはおけない。
(オレがしっかりしなくては)
冷たく暗い城内を歩きながら、ヒューは思った。
必要以上に警戒するのには理由がある。
先ほどクオーレツィオーネ家を排除しようとする者と言ったが、実のところ、もうひとつ更に大きな事があるのではないかと疑っていた。
だが、口に出すのも憚られるほどあまりにも馬鹿げている上に、強固な守りのあるこのA国で起こりようがないことだ。それでも、不穏な不吉な予感は拭い去れなかった。
何者かの狙いが、単なるクオーレツィオーネ家の没落ではなく、それを足がかりとした国家転覆なのだとしたら。
――このままでは、A国にとってよくない事が起こる。
ヒューはレオンのいる部屋を振り返ると、また大きなため息をついたのだった。
1
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!幼女篇
愚者 (フール)
恋愛
プリムローズは、筆頭公爵の末娘。
上の姉と兄とは歳が離れていて、両親は上の子供達が手がかからなくなる。
すると父は仕事で母は社交に忙しく、末娘を放置。
そんな末娘に変化が起きる。
ある時、王宮で王妃様の第2子懐妊を祝うパーティーが行われる。
領地で隠居していた、祖父母が出席のためにやって来た。
パーティー後に悲劇が、プリムローズのたった一言で運命が変わる。
彼女は5年後に父からの催促で戻るが、家族との関係はどうなるのか?
かなり普通のご令嬢とは違う育て方をされ、ズレた感覚の持ち主に。
個性的な周りの人物と出会いつつ、笑いありシリアスありの物語。
ゆっくり進行ですが、まったり読んで下さい。
★初めての投稿小説になります。
お読み頂けたら、嬉しく思います。
全91話 完結作品
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
私の可愛い悪役令嬢様
雨野
恋愛
私の名前はアシュリィ。どうやら異世界転生をしたらしい。
私の記憶が蘇ったきっかけである侯爵令嬢リリーナラリス・アミエル。彼女は私の記憶にある悪役令嬢その人だった。
どうやらゲームの世界に転生したみたいだけど、アシュリィなんて名前は聞いたことがないのでモブなんでしょうね。その割にステータスえらいことになってるけど気にしない!
家族の誰にも愛されず、味方がただの一人もいなかったせいで悪堕ちしたリリーナラリス。
それならば、私が彼女の味方になる。侯爵家なんてこっちから捨ててやりましょう。貴女には溢れる才能と、無限の可能性があるのだから!!
それに美少女のリリーをいつも見ていられて眼福ですわー。私の特権よねー。
え、私?リリーや友人達は気遣って美人だって言ってくれるけど…絶世の美女だった母や麗しいリリー、愛くるしい女主人公に比べるとねえ?所詮モブですからー。
第一部の幼少期はファンタジーメイン、第二部の学園編は恋愛メインの予定です。
たまにシリアスっぽくなりますが…基本的にはコメディです。
第一部完結でございます。二部はわりとタイトル詐欺。
見切り発車・設定めちゃくちゃな所があるかもしれませんが、お付き合いいただければ嬉しいです。
ご都合展開って便利ですよね!
マナーやら常識があやふやで、オリジナルになってると思うのでお気をつけてください。
のんびり更新
カクヨムさんにも投稿始めました。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。
ぽっちゃりおっさん
恋愛
公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。
しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。
屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。
【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。
差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。
そこでサラが取った決断は?
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる