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第2章 激情、戦闘、インモラル
アルテミスはどこに行ってしまったのかしら?
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わたくしはその頃、すっかり修道女としての生活が板に付いていました。
毎朝四時に起床し、部屋を整頓、それからお祈り、お世辞にも美味しいとは言えない朝ご飯を食べた後、畑や裁縫仕事、時たまおつかいなんかをこなしました。こういう規則正しい生活をしているのは、学園と変わりありませんわ。そうそう、ここでも友達ができました。わたくしと同じ歳くらいの女の子たちも数人いて、よくおしゃべりをするのです。
「ねえ、チェチーリア。やっぱりグレイとは恋人同士なんでしょう?」
食事中、思わず飲んでいた水を噴出し、目の前の子にかかってしまいました。
余計なおしゃべりはご法度。キッと修道院長に睨まれてしまったため、その会話はそこで終わったのですが……。
どうしてか、度々、こんなことを聞かれるのです。
そのたびに否定しているのですが、中々彼女たちは納得してくれないのです。わたくしとグレイが恋人同士なんて、あるわけがないでしょう?
乙女ゲームLRでは、グレイはヒロインにぞっこんで……なんだか前にも同じ事を言いましたっけ? とにかく彼がわたくしを好きになることはありえません。だってそんなシナリオ、ないのですから。
「でもグレイはほとんど毎日ここへ来るでしょう? あなたに会いに」
畑仕事をしているとまたそんなことを言われます。にやにやしている友人に言い返しました。
「それは、わたくしを見張るためですわ!」
「あら~、照れちゃって」
のれんに腕押し。
娯楽の少ない修道院では、こんな小さなことでも愉悦なのです。それに皆さんは口にはしないものの、姉を失ったわたくしをお励まそうともしてくれているようです。まあ、お姉様が亡くなったとはもちろん信じていませんけれども。
「あら、ほらまたグレイよ!」
そう言って、修道女の一人が指差した門の先には、町からこちらに走ってくるグレイの姿が見えました。
「行ってらっしゃいよ、チェチーリア!」
「あ、ちょっと!」
背中を押されたわたくしは門の前に勢いよくつんのめりました。乱れた髪を整え咳払いをしてからグレイを待ちます。
と、いつもと彼の様子が違うことに気がつきました。手には汚れた絨毯のようなものを抱えています。近づくにつれ、それが何か分かりました。
「グレイ……! 一体、その子はどうしたんですの!?」
「森の中で倒れていたのを、猟師が見つけたんだ! さっき道で通りかかって……。放っておいたら死んでしまう。ここには手当てできる道具があるだろう!」
そう言って、グレイは抱えていた大型犬を差し出しました。元々白かったであろう毛並みは血と泥で汚れています。その子はぐったりとしていました。体には撃たれたような跡がいくつもあります。血は止まっているようですが、重傷です。
「すぐに準備しますわ!」
元々この修道院は野戦病院の跡地なのです。だから、いざというときの医療器具はありました。わたくしは他の皆さんにも声をかけて、その子の手当てをします。
こういうときの皆さんはすごいです。団結してその子を救おうと奮闘します。
その子は意識がないのか、傷口を洗う時も、体に残った銃弾を取り出す時も、そして傷口を縫い合わせる時も、始終静かに目を閉じていました。
一番酷かったのは、右の前足でした。銃弾が骨に達していって、足が取れかかっていたので、壊死してしまう前に切断するしかありませんでした。消毒したのこぎりで切り落とすのですが、流石にその時はその子も酷く暴れました。数人がかりで押さえて、噛まれてもひっかかれても離しませんでした。
やがて全ての処置が終わったとき、もう夕方で、その子もわたくしたちもぐったりとしていました。
処置が終わって、その子の体はすごく冷たくなっていました。微かに動く胸によって生きているのだと分かりましたが、今まさに死に向かっているのかもしれません。
他の方たちは先にお休みを取りました。でもわたくしはどうしてもその子の側を離れたくありませんでした。言葉も通じず、たった一人で痛い目にあったこの子の不安を少しでも取り去ってあげたくて、近くにいたかったのです。自分と重ねてしまったのかもしれません。
壁に沿って設置された長椅子に、その子を横たえて、毛布をかけました。わたくしはその隣に座りました。ステンドグラスには神の御子と聖母様のお姿が写されています。それが夕陽を浴びて、わたくしの体に落ちました。
と、椅子の反対側にすとんと誰かが座りました。見るとグレイでした。とっくに帰っていたと思っていたので驚きです。
「あなたもいたんですの?」
「心配だったから」
見知らぬ犬を心配するなんて、グレイは責任感が強いですね。
その子を挟んで左右にわたくしたちはいました。わたくしは、その子の白い頭をなでながら、思ったことを言いました。
「この子は、一体どんな目に遭ったんでしょう?」
「さあな。猟師の中には、不要になった猟犬を山に捨て、戻ってこないように撃つと聞いたことがある。もしかしたら、そういった一匹だったのかもしれない」
「そんな……」
その子は傍から見てもとても美しい犬でした。捨てるなんて、考えられません。
そういえば、昔お姉様と一緒に迷子の子犬を保護したことがあります。飼いたかったのですけれど、お父様が認めてくれませんでした。
「いらなくなったら捨てるなんて、どこの場所にも酷い人はいるものですね。はじめは必要だから、側に置いたはずなのに……」
くやしいですわ。
グレイがこちらを見つめているのは気がつきましたが、知らない振りをしました。わたくしの目から出た液体が、白い毛皮に落ちました。
いいえ、泣いてなんていませんわ。だって、この子は生きていますもの。
わたくしの立場を重ねたのではないか? いいえ、小さい頃から覚悟していたことですもの。
いつか、わたくしは追放されて、家族はばらばらになって。「悪役は退治され、そして二人は幸せになりました」なんて、当たり前のシナリオです。だから、悲しくなって泣くことなんてあり得ません。
下を向くわたくしの耳に、遠慮がちな声が聞こえまいた。
「オレは後悔している。あなたがレオン様とミーア嬢に詰め寄られたとき、本当はあなたに罪はないと分かっていた。あなたのことは、いつだって見ていたから。レオン様の命に従い、あなたを捕らえたことは間違っていた。オレがあの時、はっきりと言えばよかったんだ。あなたがミーア嬢に悪さをするなんてある訳がないと」
「どうして……」
どうして、レオン様の口から一番聞きたかったことをあなたが言うんですの?
幼い頃からずっと一緒だったレオン様には信じて欲しかった。お互い手を取り合って、無邪気に笑った日々は真実だったと思いたかった。
でも、でも。シナリオなんですから、しかたがないのです。レオン様がわたくしを信じてくれなかったことも、ミーア嬢を愛してしまうことも、初めから決まっていたこと、しかたがないことなのです。彼に罪はありません。
好きになっていけないと分かっていつつ、レオン様を好きになってしまったことも、きっとシナリオのせいなんですわ。しかたがないこと。わたくしに罪はありません。
目の前にハンカチが差し出されました。わたくしの顔はすでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃでした。
「ありがとうございますわ、グレイ。なにもお礼なんてできませんけれど、そう言ってくださったことで救われましたわ」
グレイがくれたハンカチでチーンと鼻をかみました。彼が少しだけ笑ったような気がします。
「礼なんていらない。ただあなたが元気であればそれでいい」
ああ、彼はなんて良い隣人なのでしょう。
翌日、翌々日とその白いわんちゃんは元気を取り戻していきました。体を洗って綺麗にしてあげると、それはそれは見事な美しい子になりました。
わたくしは犬を飼ったら付けたかった名前である、「ポチ」と名付けました。でもあまり気に入っていないみたいで反応は馨しくありません。「ハチ」の方がよかったでしょうか。そんなことをグレイに言うと「そういうことじゃないんじゃないのか」と言われました。
……もしかして、元の名前が気に入っているのでしょうか? でもそれを知るよしはありません。
毎朝四時に起床し、部屋を整頓、それからお祈り、お世辞にも美味しいとは言えない朝ご飯を食べた後、畑や裁縫仕事、時たまおつかいなんかをこなしました。こういう規則正しい生活をしているのは、学園と変わりありませんわ。そうそう、ここでも友達ができました。わたくしと同じ歳くらいの女の子たちも数人いて、よくおしゃべりをするのです。
「ねえ、チェチーリア。やっぱりグレイとは恋人同士なんでしょう?」
食事中、思わず飲んでいた水を噴出し、目の前の子にかかってしまいました。
余計なおしゃべりはご法度。キッと修道院長に睨まれてしまったため、その会話はそこで終わったのですが……。
どうしてか、度々、こんなことを聞かれるのです。
そのたびに否定しているのですが、中々彼女たちは納得してくれないのです。わたくしとグレイが恋人同士なんて、あるわけがないでしょう?
乙女ゲームLRでは、グレイはヒロインにぞっこんで……なんだか前にも同じ事を言いましたっけ? とにかく彼がわたくしを好きになることはありえません。だってそんなシナリオ、ないのですから。
「でもグレイはほとんど毎日ここへ来るでしょう? あなたに会いに」
畑仕事をしているとまたそんなことを言われます。にやにやしている友人に言い返しました。
「それは、わたくしを見張るためですわ!」
「あら~、照れちゃって」
のれんに腕押し。
娯楽の少ない修道院では、こんな小さなことでも愉悦なのです。それに皆さんは口にはしないものの、姉を失ったわたくしをお励まそうともしてくれているようです。まあ、お姉様が亡くなったとはもちろん信じていませんけれども。
「あら、ほらまたグレイよ!」
そう言って、修道女の一人が指差した門の先には、町からこちらに走ってくるグレイの姿が見えました。
「行ってらっしゃいよ、チェチーリア!」
「あ、ちょっと!」
背中を押されたわたくしは門の前に勢いよくつんのめりました。乱れた髪を整え咳払いをしてからグレイを待ちます。
と、いつもと彼の様子が違うことに気がつきました。手には汚れた絨毯のようなものを抱えています。近づくにつれ、それが何か分かりました。
「グレイ……! 一体、その子はどうしたんですの!?」
「森の中で倒れていたのを、猟師が見つけたんだ! さっき道で通りかかって……。放っておいたら死んでしまう。ここには手当てできる道具があるだろう!」
そう言って、グレイは抱えていた大型犬を差し出しました。元々白かったであろう毛並みは血と泥で汚れています。その子はぐったりとしていました。体には撃たれたような跡がいくつもあります。血は止まっているようですが、重傷です。
「すぐに準備しますわ!」
元々この修道院は野戦病院の跡地なのです。だから、いざというときの医療器具はありました。わたくしは他の皆さんにも声をかけて、その子の手当てをします。
こういうときの皆さんはすごいです。団結してその子を救おうと奮闘します。
その子は意識がないのか、傷口を洗う時も、体に残った銃弾を取り出す時も、そして傷口を縫い合わせる時も、始終静かに目を閉じていました。
一番酷かったのは、右の前足でした。銃弾が骨に達していって、足が取れかかっていたので、壊死してしまう前に切断するしかありませんでした。消毒したのこぎりで切り落とすのですが、流石にその時はその子も酷く暴れました。数人がかりで押さえて、噛まれてもひっかかれても離しませんでした。
やがて全ての処置が終わったとき、もう夕方で、その子もわたくしたちもぐったりとしていました。
処置が終わって、その子の体はすごく冷たくなっていました。微かに動く胸によって生きているのだと分かりましたが、今まさに死に向かっているのかもしれません。
他の方たちは先にお休みを取りました。でもわたくしはどうしてもその子の側を離れたくありませんでした。言葉も通じず、たった一人で痛い目にあったこの子の不安を少しでも取り去ってあげたくて、近くにいたかったのです。自分と重ねてしまったのかもしれません。
壁に沿って設置された長椅子に、その子を横たえて、毛布をかけました。わたくしはその隣に座りました。ステンドグラスには神の御子と聖母様のお姿が写されています。それが夕陽を浴びて、わたくしの体に落ちました。
と、椅子の反対側にすとんと誰かが座りました。見るとグレイでした。とっくに帰っていたと思っていたので驚きです。
「あなたもいたんですの?」
「心配だったから」
見知らぬ犬を心配するなんて、グレイは責任感が強いですね。
その子を挟んで左右にわたくしたちはいました。わたくしは、その子の白い頭をなでながら、思ったことを言いました。
「この子は、一体どんな目に遭ったんでしょう?」
「さあな。猟師の中には、不要になった猟犬を山に捨て、戻ってこないように撃つと聞いたことがある。もしかしたら、そういった一匹だったのかもしれない」
「そんな……」
その子は傍から見てもとても美しい犬でした。捨てるなんて、考えられません。
そういえば、昔お姉様と一緒に迷子の子犬を保護したことがあります。飼いたかったのですけれど、お父様が認めてくれませんでした。
「いらなくなったら捨てるなんて、どこの場所にも酷い人はいるものですね。はじめは必要だから、側に置いたはずなのに……」
くやしいですわ。
グレイがこちらを見つめているのは気がつきましたが、知らない振りをしました。わたくしの目から出た液体が、白い毛皮に落ちました。
いいえ、泣いてなんていませんわ。だって、この子は生きていますもの。
わたくしの立場を重ねたのではないか? いいえ、小さい頃から覚悟していたことですもの。
いつか、わたくしは追放されて、家族はばらばらになって。「悪役は退治され、そして二人は幸せになりました」なんて、当たり前のシナリオです。だから、悲しくなって泣くことなんてあり得ません。
下を向くわたくしの耳に、遠慮がちな声が聞こえまいた。
「オレは後悔している。あなたがレオン様とミーア嬢に詰め寄られたとき、本当はあなたに罪はないと分かっていた。あなたのことは、いつだって見ていたから。レオン様の命に従い、あなたを捕らえたことは間違っていた。オレがあの時、はっきりと言えばよかったんだ。あなたがミーア嬢に悪さをするなんてある訳がないと」
「どうして……」
どうして、レオン様の口から一番聞きたかったことをあなたが言うんですの?
幼い頃からずっと一緒だったレオン様には信じて欲しかった。お互い手を取り合って、無邪気に笑った日々は真実だったと思いたかった。
でも、でも。シナリオなんですから、しかたがないのです。レオン様がわたくしを信じてくれなかったことも、ミーア嬢を愛してしまうことも、初めから決まっていたこと、しかたがないことなのです。彼に罪はありません。
好きになっていけないと分かっていつつ、レオン様を好きになってしまったことも、きっとシナリオのせいなんですわ。しかたがないこと。わたくしに罪はありません。
目の前にハンカチが差し出されました。わたくしの顔はすでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃでした。
「ありがとうございますわ、グレイ。なにもお礼なんてできませんけれど、そう言ってくださったことで救われましたわ」
グレイがくれたハンカチでチーンと鼻をかみました。彼が少しだけ笑ったような気がします。
「礼なんていらない。ただあなたが元気であればそれでいい」
ああ、彼はなんて良い隣人なのでしょう。
翌日、翌々日とその白いわんちゃんは元気を取り戻していきました。体を洗って綺麗にしてあげると、それはそれは見事な美しい子になりました。
わたくしは犬を飼ったら付けたかった名前である、「ポチ」と名付けました。でもあまり気に入っていないみたいで反応は馨しくありません。「ハチ」の方がよかったでしょうか。そんなことをグレイに言うと「そういうことじゃないんじゃないのか」と言われました。
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★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
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