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第1章 追放、逃走、サバイバル
お姉様の初体験ですわ!
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(アルテミス!!)
アルテミスがいない。
逃げてしまったのか?
気が変わってロスのいなくなった場所に戻ったのか?
「アルテミス!! 嫌よ! 一人にしないで!」
急に不安になった。ロスを失い、アルテミスまでいなくなってしまったら、本当にひとりぼっちだ。
森はざわめきで返事をする。それが余計に孤独を感じさせた。
(たった一人で、どうしろというの? 無理よ……。置いていかないで……)
母が亡くなっても、学園で辛いことがあっても、いつだって誰にも泣き言を言わずに耐えてきた。でも、今は耐えきれない。
うずくまり、子供のように泣き出した。
「うわあああん! ひどいわ! 神様がこんな過酷な試練を与えるなんて、だって、わたしはお嬢様なのよ? 温かい場所しか知らない。乗り切れっこないのに! どうしてわたしがこんな森にいなきゃいけないの? おかしいわ……。お父様、チェチーリア、どこにいるの……? 会いたいわ、会いに来て……お母様……」
抱えていた胸の内の思いをすべて吐き出すかのようにヴェロニカは泣きわめいた。だってここには本当に誰もおらず、聞かれる心配もない。だから、思い切り泣いた。
と、遠くで犬の吠える声が聞こえる。
「アルテミス!!」
慌てて、声のする方へと走った。
犬の居場所はすぐにわかった。大きな岩の隙間に向かって激しく吠えている。ヴェロニカに気がつくと、アルテミスは尾を振った。
「そこに何があるって言うの?」
岩の隙間をのぞき込むと黒い目が見えた。じっとこちらの様子を窺っている。緊張しているのかその動物の呼吸は荒く、体全体が小刻みに震えていた。
それは先ほど捕らえ損ねたうさぎだった。それより奥に逃げ道はないのか、または恐怖からか、うさぎはその場を動かない。
アルテミスを見ると、得意げな顔をしている。
「あなたが追い立てたの? わたしのために……?」
アルテミスは「わん」と鳴いた後、ヴェロニカの顔を舐めた。ヴェロニカは涙をぬぐい、笑った。
「ありがとう」
礼を言ってから、うさぎに向けて銃を構えた。うさぎの呼吸はさらに荒くなる。我が身に何が起こるのか、知っているようだった。黒い目が、怯えたように見つめていた。
(……ああ、この子は、ヒグマに出会ったわたしだわ)
そう思い、うさぎに声をかけた。
「ごめんね」
森に銃声が響いた後、うさぎの息づかいは聞こえなくなった。
ロスがいつもやっているように、まっさきに頸動脈を切った。とどめを刺す意味もあるが、死んでいても血を早くより多く抜くことで肉が臭くならないのだとロスが言っていた。
しかし、思ったよりも血は出ず、やり方があっているのか心配になる。ひとまず逆さに木に吊してみる。
「まず、皮を剥ぐのよ」
言葉に出すと、これから行う行為にも少し気分が落ち着いた。
思い切って腹に切り込みを入れる。入れすぎたのか、内蔵がどっと地面に落ちた。むわっと辺りに匂いが広がった。アルテミスがしきりに内臓の匂いをかぐ。
彼女を止めてから、心臓を探す。
「これかしら?」
それらしいものは、思ったよりずっと小さかった。こんな小さなものがうさぎの命を動かしていたと思うと、命というものはいかに繊細で奇跡的なバランスで成り立っていることだろうかと改めて思う。
心臓に十字に切り込みを入れると血があふれ出てきた。それを手の届く一番高い枝の上に置いた。そして、掌を組んで祈った。
(神様、うさぎさん。命の恵みに感謝いたします)
それが正しい祈りか不明だったが、思うことに意味があると感じて、とにかく感謝の気持ちを伝えた。
皮は思ったよりも簡単に剥ぐことができた。引っ張ると、するすると脱げるのだ。手足、そして頭も丁寧に皮を剥いだ。
腹を更に開いたところで、頸動脈を切っても血が出なかった理由が分かった。血が銃弾を浴びた胸のあたりに大量に溜まっていたのだ。ロス曰く、銃弾を浴びせると肉の味が落ちるから、腹は狙わない方がいいらしい。しかしヴェロニカには場所を正確に打ち抜くほどの腕はなかった。
汗をかきながら、うさぎを解体していった。不器用ながら、なんとか食べられる肉を取り出す。
解体は、不思議にも残酷とも、気持ちが悪いとも思わなかった。奪った命に対する、責任とさえ感じられた。
肉を焼いて、アルテミスにも半分食べさせた後で、地図を広げる。
「ここはなだらかで、さっき川があったから、今はこの辺りかしら」
ヴェロニカの考えが正しければ、ハイガルドにあるおばの家までは、道を下っていくだけでよかった。あと少し、と思えば気が楽だ。
「エリザおばさまが、アルテミスを気に入ってくれるといいけど」
アルテミスの頭を撫でると目をくるくると嬉しそうにさせていた。
食事を済ませてから、また歩き始めた。
アルテミスがいない。
逃げてしまったのか?
気が変わってロスのいなくなった場所に戻ったのか?
「アルテミス!! 嫌よ! 一人にしないで!」
急に不安になった。ロスを失い、アルテミスまでいなくなってしまったら、本当にひとりぼっちだ。
森はざわめきで返事をする。それが余計に孤独を感じさせた。
(たった一人で、どうしろというの? 無理よ……。置いていかないで……)
母が亡くなっても、学園で辛いことがあっても、いつだって誰にも泣き言を言わずに耐えてきた。でも、今は耐えきれない。
うずくまり、子供のように泣き出した。
「うわあああん! ひどいわ! 神様がこんな過酷な試練を与えるなんて、だって、わたしはお嬢様なのよ? 温かい場所しか知らない。乗り切れっこないのに! どうしてわたしがこんな森にいなきゃいけないの? おかしいわ……。お父様、チェチーリア、どこにいるの……? 会いたいわ、会いに来て……お母様……」
抱えていた胸の内の思いをすべて吐き出すかのようにヴェロニカは泣きわめいた。だってここには本当に誰もおらず、聞かれる心配もない。だから、思い切り泣いた。
と、遠くで犬の吠える声が聞こえる。
「アルテミス!!」
慌てて、声のする方へと走った。
犬の居場所はすぐにわかった。大きな岩の隙間に向かって激しく吠えている。ヴェロニカに気がつくと、アルテミスは尾を振った。
「そこに何があるって言うの?」
岩の隙間をのぞき込むと黒い目が見えた。じっとこちらの様子を窺っている。緊張しているのかその動物の呼吸は荒く、体全体が小刻みに震えていた。
それは先ほど捕らえ損ねたうさぎだった。それより奥に逃げ道はないのか、または恐怖からか、うさぎはその場を動かない。
アルテミスを見ると、得意げな顔をしている。
「あなたが追い立てたの? わたしのために……?」
アルテミスは「わん」と鳴いた後、ヴェロニカの顔を舐めた。ヴェロニカは涙をぬぐい、笑った。
「ありがとう」
礼を言ってから、うさぎに向けて銃を構えた。うさぎの呼吸はさらに荒くなる。我が身に何が起こるのか、知っているようだった。黒い目が、怯えたように見つめていた。
(……ああ、この子は、ヒグマに出会ったわたしだわ)
そう思い、うさぎに声をかけた。
「ごめんね」
森に銃声が響いた後、うさぎの息づかいは聞こえなくなった。
ロスがいつもやっているように、まっさきに頸動脈を切った。とどめを刺す意味もあるが、死んでいても血を早くより多く抜くことで肉が臭くならないのだとロスが言っていた。
しかし、思ったよりも血は出ず、やり方があっているのか心配になる。ひとまず逆さに木に吊してみる。
「まず、皮を剥ぐのよ」
言葉に出すと、これから行う行為にも少し気分が落ち着いた。
思い切って腹に切り込みを入れる。入れすぎたのか、内蔵がどっと地面に落ちた。むわっと辺りに匂いが広がった。アルテミスがしきりに内臓の匂いをかぐ。
彼女を止めてから、心臓を探す。
「これかしら?」
それらしいものは、思ったよりずっと小さかった。こんな小さなものがうさぎの命を動かしていたと思うと、命というものはいかに繊細で奇跡的なバランスで成り立っていることだろうかと改めて思う。
心臓に十字に切り込みを入れると血があふれ出てきた。それを手の届く一番高い枝の上に置いた。そして、掌を組んで祈った。
(神様、うさぎさん。命の恵みに感謝いたします)
それが正しい祈りか不明だったが、思うことに意味があると感じて、とにかく感謝の気持ちを伝えた。
皮は思ったよりも簡単に剥ぐことができた。引っ張ると、するすると脱げるのだ。手足、そして頭も丁寧に皮を剥いだ。
腹を更に開いたところで、頸動脈を切っても血が出なかった理由が分かった。血が銃弾を浴びた胸のあたりに大量に溜まっていたのだ。ロス曰く、銃弾を浴びせると肉の味が落ちるから、腹は狙わない方がいいらしい。しかしヴェロニカには場所を正確に打ち抜くほどの腕はなかった。
汗をかきながら、うさぎを解体していった。不器用ながら、なんとか食べられる肉を取り出す。
解体は、不思議にも残酷とも、気持ちが悪いとも思わなかった。奪った命に対する、責任とさえ感じられた。
肉を焼いて、アルテミスにも半分食べさせた後で、地図を広げる。
「ここはなだらかで、さっき川があったから、今はこの辺りかしら」
ヴェロニカの考えが正しければ、ハイガルドにあるおばの家までは、道を下っていくだけでよかった。あと少し、と思えば気が楽だ。
「エリザおばさまが、アルテミスを気に入ってくれるといいけど」
アルテミスの頭を撫でると目をくるくると嬉しそうにさせていた。
食事を済ませてから、また歩き始めた。
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