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第1章 追放、逃走、サバイバル
案外生きてるかもですわ!
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ヴェロニカは体をなんとか動かしロスが落ちた滝まで這っていく。
「嘘でしょう……?」
体中が痛かったが、大きな怪我はしていない。骨も折れていないようだ。服がクッションになったらしい。それでも、這って動くのがやっとだった。
滝の手前までやってきて、下を覗く。
遙か下では数日前の雨で水かさを増した川が轟音を立てながら流れていく。ロスの姿も、ヒグマの姿も、見つけられない。
「ロス、ああ、ロス、なんてこと……」
死んでしまった。
彼は落ちる瞬間、ヴェロニカを見た。
まるで無事を確認するかのように……。
「クーン」という声が聞こえて振り返る。
アルテミスが立っていた。ふらふらと寄ってくる。怪我をして、血が滲んでいたが、彼女の傷は幸いにして浅い。気を失っていただけらしかった。
アルテミスを抱きしめた。ヴェロニカの頭から流れた血が、白い毛を赤く染める。
「アルテミス、あなたが無事で、本当によかった」
犬はただ悲しげに鳴き、ヴェロニカの血を舐めた。
*
日は落ち、夜になった。ヴェロニカはその場を動かなかった。
放り出されたロスの荷から水を取り出すと、アルテミスの傷を洗う。それから、自分の顔も洗った。
ひりひりと痛かった。鏡がないので、自分の顔にどんな傷跡があるのかわからない。
「でもいいわ。だって、見せる相手もいないもの」
そう言って、アルテミスを撫でる。彼女も不安なのか体をぴっとりとくっつけてきた。
夜が深まっても、眠らずにその場に留まっていた。
(ヒグマがまた戻ってくるかしら? でも……)
もしかしたら、ロスがひょっこり戻ってくるかと期待もしていた。夜の森は何の光もない。ただざわめきと、うっすらと黒い木々の陰が見えるだけだった。
やがて太陽が昇っても、ヒグマもロスも現れなかった。
ヴェロニカはのろのろと立ち上がり、ロスの銃を拾う。荷物を持とうとしたが重すぎたので、いくつか捨てる。必要だと思われるものだけ持って、荷を背負った。
片手には、銃。もう片手には、地図を握りしめた。
そして不思議そうに見つめるアルテミスに向かって言った。
「行きましょう、アルテミス。ロスは戻らないわ」
エリザおばの家は近いはずだ。重い足取りで歩き始めた。歩くヴェロニカを、アルテミスは動かず見つめていた。
「来ないなら、それでもいいわ。わたしは行くから」
一度だけ振り返り、声をかけてまた前を向いた。しばらく行くと、やがて後をついてくる頼りない足音が聞こえた。
「これは栗の実ね、アルテミス?」
落ちた栗の実を拾いながら傍らの犬に声をかける。ロスがいつもしていたように、足でとげ踏み、中から実を取り出す。取り出した実は水を張った器に浮かべた。
「いい? アルテミス、浮かんできたのは虫食いだから食べちゃダメ」
それもロスが言っていたことだ。
アルテミスは興味深そうに水を見ていた。
「水が飲みたい? 喉が渇いたのかしら」
ふと、ロスももしかしたら、孤独な山の中でアルテミスにこうして話しかけていたのかもしれないと思った。白い犬は良い聞き手だった。
マッチで火をおこし、鍋をかけた。ロスが行っていたのをいつも見ていたので、要領は知っている。
「わたしって、見たら大抵のことはできるのよ。サバイバルの才能もあるのかしら?」
だれに話しかけるでもなく、呟いた。
と、視界の端で何かが動くのに気がついた。
(――野うさぎだ)
とっさに銃を構え、迷うことなく撃つ。
ターン、と大きな音が響き、うさぎはガサガサと逃げていった。
「残念。外したわ。ふふ、わたしがうさぎを撃とうとするなんてね」
自分でも驚いていた。外してなければ殺していた。
思わず苦笑いする。
「ロスの亡霊がわたしに乗り移ったみたいだわ」
――もしこの場にロスの幽霊がいたら、下手くそだなってこの前のように笑ったかしら?
「なんてね。案外生きてるかもしれないわ」
そう言って、笑った。
そして、異変に気づく。
「嘘でしょう……?」
体中が痛かったが、大きな怪我はしていない。骨も折れていないようだ。服がクッションになったらしい。それでも、這って動くのがやっとだった。
滝の手前までやってきて、下を覗く。
遙か下では数日前の雨で水かさを増した川が轟音を立てながら流れていく。ロスの姿も、ヒグマの姿も、見つけられない。
「ロス、ああ、ロス、なんてこと……」
死んでしまった。
彼は落ちる瞬間、ヴェロニカを見た。
まるで無事を確認するかのように……。
「クーン」という声が聞こえて振り返る。
アルテミスが立っていた。ふらふらと寄ってくる。怪我をして、血が滲んでいたが、彼女の傷は幸いにして浅い。気を失っていただけらしかった。
アルテミスを抱きしめた。ヴェロニカの頭から流れた血が、白い毛を赤く染める。
「アルテミス、あなたが無事で、本当によかった」
犬はただ悲しげに鳴き、ヴェロニカの血を舐めた。
*
日は落ち、夜になった。ヴェロニカはその場を動かなかった。
放り出されたロスの荷から水を取り出すと、アルテミスの傷を洗う。それから、自分の顔も洗った。
ひりひりと痛かった。鏡がないので、自分の顔にどんな傷跡があるのかわからない。
「でもいいわ。だって、見せる相手もいないもの」
そう言って、アルテミスを撫でる。彼女も不安なのか体をぴっとりとくっつけてきた。
夜が深まっても、眠らずにその場に留まっていた。
(ヒグマがまた戻ってくるかしら? でも……)
もしかしたら、ロスがひょっこり戻ってくるかと期待もしていた。夜の森は何の光もない。ただざわめきと、うっすらと黒い木々の陰が見えるだけだった。
やがて太陽が昇っても、ヒグマもロスも現れなかった。
ヴェロニカはのろのろと立ち上がり、ロスの銃を拾う。荷物を持とうとしたが重すぎたので、いくつか捨てる。必要だと思われるものだけ持って、荷を背負った。
片手には、銃。もう片手には、地図を握りしめた。
そして不思議そうに見つめるアルテミスに向かって言った。
「行きましょう、アルテミス。ロスは戻らないわ」
エリザおばの家は近いはずだ。重い足取りで歩き始めた。歩くヴェロニカを、アルテミスは動かず見つめていた。
「来ないなら、それでもいいわ。わたしは行くから」
一度だけ振り返り、声をかけてまた前を向いた。しばらく行くと、やがて後をついてくる頼りない足音が聞こえた。
「これは栗の実ね、アルテミス?」
落ちた栗の実を拾いながら傍らの犬に声をかける。ロスがいつもしていたように、足でとげ踏み、中から実を取り出す。取り出した実は水を張った器に浮かべた。
「いい? アルテミス、浮かんできたのは虫食いだから食べちゃダメ」
それもロスが言っていたことだ。
アルテミスは興味深そうに水を見ていた。
「水が飲みたい? 喉が渇いたのかしら」
ふと、ロスももしかしたら、孤独な山の中でアルテミスにこうして話しかけていたのかもしれないと思った。白い犬は良い聞き手だった。
マッチで火をおこし、鍋をかけた。ロスが行っていたのをいつも見ていたので、要領は知っている。
「わたしって、見たら大抵のことはできるのよ。サバイバルの才能もあるのかしら?」
だれに話しかけるでもなく、呟いた。
と、視界の端で何かが動くのに気がついた。
(――野うさぎだ)
とっさに銃を構え、迷うことなく撃つ。
ターン、と大きな音が響き、うさぎはガサガサと逃げていった。
「残念。外したわ。ふふ、わたしがうさぎを撃とうとするなんてね」
自分でも驚いていた。外してなければ殺していた。
思わず苦笑いする。
「ロスの亡霊がわたしに乗り移ったみたいだわ」
――もしこの場にロスの幽霊がいたら、下手くそだなってこの前のように笑ったかしら?
「なんてね。案外生きてるかもしれないわ」
そう言って、笑った。
そして、異変に気づく。
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