上 下
1 / 108
第1章 追放、逃走、サバイバル

追放はシナリオ通りですわ!

しおりを挟む
「私と貴様チェチーリア・クオーレツィオーネとの婚約は、ここに破棄する!」

 大勢の前で声高々にそう宣言したのは王子レオンだ。品の良さそうな服をきっちりと着込み、対面する相手を厳しく見つめる。

「ドッキリか」

「何かの余興か」

 会場はざわざわと騒ぎ出す。

「……一応、理由を伺ってもよろしくて?」

 対する可憐なるご令嬢チェチーリアはひどく冷静だった。その様子にうろたえたのはむしろレオンの方だった。

 今日は伝統ある本学園のホームカミングデーで、広場の真ん中でなにか寸劇が始まったらしいと、生徒も訪れた卒業生も皆注目している。

 しかし実際のところ、これは寸劇ではなかった。

 レオンは本当にチェチーリアとの婚約を破棄するつもりだ。
 王子の後ろには、背中に隠れるようにしておどおどしているかわいらしい少女がいる。彼女こそが騒動の原因であるミーア・グルーニャ男爵令嬢だった。

 レオンはミーアの手を、まるで壊れものであるかのように大事そうにそっと取る。

「とぼけるな、ミーアにした数々の嫌がらせは全て彼女から報告を受けている!
 本当に酷い真似をしてくれていたらしいな、それで私の婚約者にふさわしいとでも思ったのか? 国の繁栄のためだと自分の気持ちを我慢していたが、私は本当に大切な人が誰だか気がついたのだ!」

 演技がかった口調でレオンは更に続ける。

「おい、逃げないように捕まえろ!」

 傍らにいた黒髪の男子生徒に命じる。命じられた彼は一瞬ためらったような表情を浮かべたが、主君には逆らえなかったのか、結局はチェチーリアに近づくと彼女の両手を後ろに回し、その場に跪かせた。

 ミーアという少女が不安そうな表情を浮かべつつも、その目が瞬間、勝ち誇ったかのような色を浮かべたことに、は気がついた。
 一方で、気づかないレオンはさらに言う。

「私は、このミーア・グルーニャ男爵令嬢と婚約をする! 異議のある者はいまい!」

 聞いた瞬間、騒々しさはさらに増す。
 異議をとなえるものはいない。――たった一人を除いては。


!!」


 手を高々と天に向けて伸ばすその麗しき令嬢は、チェチーリアによく似ていた。
 しかし異なるのは幾分手を挙げている少女の方が大人びていて、そして整った顔立ちではあるが……はっきりとした顔立ちにも、周囲を睨みつける眼光の鋭さにも果てしのない気の強さが表れていたことだ。

 彼女はここにいる全員に聞こえるように再び叫ぶ。

「異議、あり!」

 目を丸くしたレオンが言う。

「ヴェ、!? なぜここに!?」

 手を高く伸ばすヴェロニカと言われた少女と、驚いたような表情を浮かべるレオンに道を作るように、人々は割れた。

「なぜですって?
 殿下、今日はホームカミングデーですもの。卒業生がいてもおかしくないでしょう? さっきから黙って聞いていたら、あまりにも酷い言い草に、いてもたってもいられなくなったのよ!」

 割れた人だかりを、ヴェロニカは当然だと言うように真っ直ぐに進んでいく。長い髪を揺らし、悠然と歩く様は、この場にいる誰よりも堂々としていた。

 それからチェチーリアを捕らえている生徒をギロリと睨み、蔑むような視線を向ける。

「そちらの方、手を離しなさい! 無抵抗な淑女を捕まえることが紳士なのかしら? 我が母校も堕ちたものだわ。一体学園でなにを教わっているの?」

 言われた生徒は、びくりとした後、すぐに手を離した。チェチーリアは解放されたというのにぽかんと口を開けて地面に膝をついたたままだ。
 レオンはヴェロニカと目を合わせないようにして言う。

「あなたには関係のないことだ」

「いいえ? が生徒の目前で無実の罪で辱められているのに、関係がないことはありません」

「無実ではない! 有罪だ」

「では証拠があるのでしょうか?」

「それは、このミーアの証言が」

「証言だけで信じたのですか? ではチェチーリアがやっていないと言えば、殿下は信じるのですね?」

「う。そ、それは……」

 毅然とした態度のヴェロニカに、レオンはついに黙った。

「……見切り発車で突っ走って、行き詰まる性格は昔から変わらないようね。そこがかわいくもあったけど、今は憎たらしいわ」

「ヴェ、ヴェロニカ……!」

「あらごめんあそばし。心の声が漏れてしまったようですわ」

 うふふ、と言いつつも、口は止まらない。

「しばらく会わないうちに随分生意気になったこと。お小さいとき、お父上に叱られて泣く殿下を慰めてあげたのはどこの誰だったかお忘れでしょうか?」

「そ、それは今関係ないだろう……!」

 レオンはどもりながらなんとか言う。そんな王子を無視して、ヴェロニカは今度は妹に向けて言った。

「チェチーリア、では、わたしから尋ねるわ。あなたは本当に、こちらのお嬢様をいじめたのかしら?」

 チェチーリアははっとした顔になる。わずかな光明を逃すまいとするように首をぶんぶんと横に振った。

「いいえ、お姉様! わたくしは、いじめどころか、ミーアさんとほとんどお話ししたことすらありません!」
 
 目を丸くし、静かになるレオンとミーア嬢。
 一方で会場はざわめく。突然現れた第三者により、事態は思わぬ方向へと進んでしまった。

 そしてざわつきのまま収拾がつかなくなってしまったので、ひとまずヴェロニカとチェチーリアは家に帰されることになった。

 ――だがここで大人しく帰ったのが間違いだったとすぐに二人は知ることになる。

 その後、一体どんな事の運びになったかというと……結局、チェチーリアがミーア嬢をいじめていて、正義のレオン王子がそれを解決した、ということになってしまったらしい。

 それだけではない。状況はもっと悪かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。 いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。 どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。 婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。 これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。 面倒な家族から解放されて、私幸せになります!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...